体育の授業内容は蝦蟇を使った悪魔の動きになれるという訓練だったのだが、勝呂くんと燐は相変わらずさっきの口論を引きずっていてまともな授業になりはしない。
その上椿講師が途中退場。待機を言い渡される中で勝呂くんが燐に喧嘩を売っている。
もっと慎重な子だと思ったけど、もしかしたら燐以上の直情型なのかもしれない。

「なんで戦わん・・・!!くやしくないんか!!!俺はやったる・・・!お前はそこで見とけ腰ぬけ!!」

三輪くんと志摩くんの制止を振り切って、勝呂くんは蝦蟇の方へと近づいていく。
私は蝦蟇が苦手だ。塾に入る前、訓練がてらにあれの前に立ったことがあるけど一瞬の隙で思考を奪われる。
あの時は赤い炎だった。今はきっと、獅郎さんの死に目を見ることになるだろうと思うと背筋が震えた。

「俺は、・・・・俺は!サタンを倒す」

力強く、はっきりと、響き渡る勝呂くんの低い声は私の心を強く波立たせた。

「勝呂く」
「ブッ、プハハハハハ!ちょ・・・サタンを倒すとか!あはは子供じゃあるまいし」

声がする方を見やる。
長くたゆたう黒髪を携えた少女の、子供特有の人を嘲るのに特化した無邪気で意地の悪い笑顔に内側が冷えていく感覚を覚えた。

「あなた」
「は?なに?」

未だ笑い続ける神木さんを立ち上がらせ、手加減しつつも思いっきりその頬をひっぱたく。
パン!と高く響いた音に隣の朴さんが息を飲んだ。
視線が集まるが構わなかった。

「ここにいる人間は誰しもが目標や考えを持って祓魔師を目指しているはずよ。あなたもその一人でしょう?それなのに勝呂くんの目標を笑うの?あなたにそんな資格があるの?」
「なにすんのよあんた!!」
「育ちが知れるわね」

胸ぐらを掴んでいた手を離すと同時に蝦蟇の咆哮が上がった。
はっと身を翻す。それよりも先に燐が飛び出していた。

「燐!!」

蝦蟇の歯のない口が燐に喰らいつく。だが危害がないわけではない。私は仕込んでいた銃の所在を確認しながら坂を飛び降りた。
青い炎を発現させてしまうかもしれない。
しかしその心配は杞憂に終わり、蝦蟇はゆっくりと口を開いて燐を離した。

「・・・なにやってんだ・・・バカかてめーは!!いいか?よーく聞け!サタンを倒すのはこの俺だ!!てめーはすっこんでろ!」
「は?」
「燐!」

ともかく放心している勝呂くんの隣を駆け抜け燐を捕まえる。
腕、首、胸、胴、をくまなくチェックして怪我がないことを確認する。
不安は溜息と一緒に吐き出されると、今度は酸素と一緒に怒りが体の中に満ちた。

「馬鹿!!危ないでしょ!!」
「いいじゃねーか怪我してねーし・・・」
「そういう問題じゃない!!勝呂くんも!!丸腰で悪魔に近づくなんて言語道断!!致死節も知らないなら大人しくしてなさい!」
「っ、蒼井さんには関係ないやろ!」
「関係なくない!!」

なんて、勝手な子供たちだ。人の気も知らないで。

「サタンを倒すのは私なの!!レディファーストも知らないの?ふたりこそひっこんでなさい!!」

そうだ。
私はサタンを倒したい。私たちから獅郎さんを奪ったあの悪魔の存在を抹消したい。
その全ての行いを後悔させてやりたい。
私の目的は獅郎さんの代わりに燐と雪男を守ること。
それでも、あの時の怒りと絶望は一生かかっても昇華できない。
だから、私は、やらなければならない。
この命の価値を、正しく活用するためにはきっと。

私の剣幕に押されて閉口するふたりに、私は苦笑まじりに溜息をついた。

「その前にまず、3人でお説教受けましょうね」


混ざり合う心象

20110924 tittle by 不在証明