「雪男と私は特進科なんだよ。燐は普通科だから、棟が離れてちょっと遠くなっちゃうね」 「あー」 「燐、勉強嫌いだからって授業さぼったりしちゃだめだよ?入学はあくまでファウスト理事の好意なんだから」 「あー」 「もう、ちゃんと聞いてるの?」 「あー」 入学式で雪男の挨拶を聞いて以来燐はなんだか上の空だ。 このまま祓魔塾に行くというのに大丈夫だろうか? 「あ、雪男!こっちこっち」 「すいません、用があるので・・・ごめんはなさん、待った?」 「ううん、全然。ほら燐・・・あれ?」 「兄さんも一緒だったの?」 「すぐそこにいたんだけど」 女子生徒たちと別れた雪男と合流するが逆に燐がいなくなってしまった。 正十字学園は広いし、探して容易く見つかるはずがない。 「どうしようケータイかける?」 「きっとフェレス卿が案内してるんだと思う。僕たちも行こう。初授業に遅れると印象が悪いからね」 「はい、先生」 数年前に獅郎さんに言ったように、茶化した風に声をかける。 雪男の穏やかな笑い方はあまり見なくなったものの、獅郎さんに似ていて私は好きだ。 背中に突き刺さるような女子生徒たちの視線を感じながら、私と雪男は祓魔塾へと向かうことにした。 祓魔塾に来るのはずいぶん久しい。 12歳から訓練生として、半ばには候補生になったが獅郎さんはあまり私を塾へ行かせたがらなかった。 悪魔の知識と銃のことは雪男が教えてくれて、実戦と詠唱、戦い方は獅郎さんが教えてくれた。 未だに肩書は候補生だけど、経験は下一級程だと二人に太鼓判を押されている。 「じゃあはなさんは先に教室へ、僕は必要なものを取ってくるから」 「分かった。ねぇ、燐になんていえばいいかな」 「後で説明するって言えばいいんじゃない?」 軽いなぁ、と笑いながら別れる。 雪男は真面目でいて、どこか獅郎さんを想わせる気楽さを魅せるアンバランスさがこそばゆい。 カビと埃の匂いが溜まる教室に入れば、数名の生徒がちらほら見えた。 (7人か・・・) とりあえず、雪男の雄姿がよく見れる様に一番前の席に座ろう。 私が席に着いてすぐ後に燐がやってくる。 ピンクの派手リボンをつけたヨークシャーテリア?を連れているがどこで拾って来たのやら。 「ってはな!?」 「燐遅いよー」 「え?え?お前なんでここにいるんだ!?」 「詳しい話は後で。先生来るから座って」 訳がわからないと混乱した様子で私の隣に座る燐。 犬もおとなしくそれに続く。 「つーか少なくねェ?」 「祓魔師は万年人員不足でしてね」 「うわ!しゃべった!?」 「これははなさん、数時間ぶりです」 「は?」 「私、メフィストですよ」 「フェレス卿の飼い犬じゃなくてですか?」 本人でっす☆と犬の癖に器用にウィンクして見せる。 悪魔とは聞いていたがまさか犬に変身で来る悪魔だったとは。 私ははぁ、と間抜けな相槌を打ちながらいつか燐も可愛い猫なんかに変身しえくれないかなと考えてみた。 「あ」 「はーい、静かに」 「おお、先生がいらしたようだ」 「席についてください、授業を始めます」 「!?!?!?!?」 「うわ、燐汚い!」 口と鼻からいろんなものを噴き出す燐から体を離す。 雪男は気にするそぶりもなく教室を見回してにっこりと営業スマイルをして見せた。 「はじめまして。対・悪魔薬学を教える奥村雪男です」 「ゆきお?????」 「はい、雪男です。どうしましたか?」 「や・・・どど、どうかしましたかじゃねーだろ!お前がどうしましたの!?」 「僕はどうもしてませんよ。授業中なので静かにしてくださいね」 開いた口がふさがらない燐はしばらく固まった後すごい勢いで私の方へ体を寄せた。 「おいどうなってんだよはな!」 「もうだから後で説明するって言ってるでしょ?今は授業中だから」 「メフィスト!どういうことだよ!」 「コラコラ、なに気安く呼び捨てにしてるんです」 燐とメフィストが揉めている間に雪男はサクサクと授業を進める。 私自身気がついた時にはすでに魔障を受けているのでこの授業は退屈なものになりそうだ。 小鬼の説明を続ける間、燐はとうとう我慢できなくなたのかその場を立ち上がる。 「燐!」 「おい!」 ああもう!と思わず目を覆う。雪男は手を止めることなくなんですか?と穏やかに燐に問い返す。 あんな火に油を注ぐような言い方をしなくても。止めに入ろうとしたが隣のメフィスト犬がスカートの裾に噛みついた。 「このままで」 「でも・・・」 「なんで俺に言わねーんだよ!!」 燐が勢いをつけて雪男に掴みかかる。 ガシャンと試験官が割れて腐った血の匂いが鼻につく。 生ゴミの比じゃあない。 「悪魔!」 「えっ、どこ!?」 黒髪を二つに結った少女が指をさす教室の真ん中のテーブルに小鬼が数対落ちてきている。 対処するべきか。ちらりと雪男を見れば雪男はすでに銃を抜き放っていた。 少女二人に襲いかかろうとしていた悪魔は雪男の銃弾に撃ち抜かれて少女たちに怪我はないようだ。 「教室の外に避難して!ザコだが数が多いうえに完全に凶暴化させてしまいました。すみません僕のミスです。まだ新任なもので」 「雪男、手伝う?」 「いや、はなさんは外に。奥村君も早く」 しかし燐は雪男と一緒に教室に入ると中から扉を足で締める。燐!と声をかけたが施錠されてドアは開かない。 「燐は少しくらい大人しくしてられないかなぁ・・・それにしても、雪男と燐、大丈夫かしら・・・」 私は獅郎さんからもらったグリモワの背表紙を撫でながら閉ざされた扉を見つめる。 雪男の戦闘能力は知っているが、獅郎さんの死後の確執はまだ残ったままだ。 発砲音の響く扉の前で、まともな会話が出来るだろうかと私はひとりまたため息を溢した。 まわるまわるネオテニー 20110906 tittle by ルナリア |