「はなさん、準備できた?」
「ん、ねぇ顔ひどくない?」
「腫れも引いてるし、大丈夫だよ」

泣き腫らした顔は全快とは言えないがまぁ酷くない程度だろう。
修道院の傍にピンクのベンツが付けられる。
うわぁ、と声を上げると雪男が荷物を持ってドアを開いた。

「フェレス卿が到着したみたいだね。行こうか、はなさん」
「うん。あれは噂のフェレス卿?ド派手だねぇ・・・」
「すぐに慣れるよ」

小さく苦笑した雪男は私の手を引いて外へ出る。
燐とフェレス卿の方へと雪男が声をかけた。


「おはよう!」
「おはよう燐」

外に出れば燐がフェレス卿と何か言い合いをしているようだが内容はわからない。

「雪男!?はな!?」
「どう?似合う?」
「え?あ?お、おおおおおう・・・・てうおおおーい!!」

少し頬を赤らめた燐だが、そのあとすぐにフェレス卿に掴みかかり小声で言い合いをしている。やっぱり内容は聞こえない。
それよりも、雪男の対応はどういうことだろう。
自分が祓魔師だということを明かさない方向なのか、フェレス卿ではなくファウストさんとして話しかけている風だ。
雪男はいつも自分の中で完結させて物事を進めてしまうのは良くない癖だ。今度から注意しよう。

「さて、当学園は全寮制です。一度入ったら許可のない外出は禁止しています。当分修道院には戻って来られませんよ。生まれ育った我が家に別れの挨拶は済みましたか?」

フェレス卿の言葉に、燐と雪男は無言のままピンクのベンツに乗り込んだ。
私は一度修道院を振りかえる。
優しくて、暖かくて、いろんな思い出が詰まった修道院。
でも今は悲しみの墓標だ。
私は前に進む。

「獅郎さん、行ってきます・・・」

首に下げた指輪を撫でる。行って来い、と獅郎さんの晴れやかな声が聞こえた気がした。

***

「当学園はあらゆる学習施設が集約されている正十字学園町の中心です。ようこそ、正十字学園へ」

そびえる洋城の様な学園を見上げながらフェレス卿が情緒たっぷりに腕を広げる。
私は初めて獅郎さんとあの学園を見上げて、某魔法使いの城と某魔法使いの学校を思い浮かべたことを思い出した。
8年という歳月だが、それは案外簡単に思い出せる。

「すぐに入学式が始まります。人について大講堂へ向かってください」
「ありがとうございました」
「ありがとうございますファウスト理事長」

礼を述べれば目尻を下げたファウスト理事がパチンとウィンクを飛ばす。

「いやはや、あの藤本の元で育ったは思えないほど礼儀の正しい子たちだ」
「はぁ」
「これからが楽しみです」
「え?」
「おっと奥村君は制服を忘れていました。車内で着替えてください」
「どわっ!?」

燐が引っ張り込まれて再びピンクのベンツのドアが閉じられる。
私と雪男は人が溢れかえる学園を見つめながらベンツに背を向けた。

「あの人、日本支部のフェレス卿だよね?燐を、どうする気なのかな・・・」
「兄さんは神父さんの葬儀の日に、フェレス卿に祓魔師になると宣言したらしいよ」
「え?!」
「フェレス卿もそれを承認した。兄さんも今日から塾に通うことになると思う」

複雑だ。
獅郎さんは燐を悪魔の世界から遠ざけようとしていた。
悪魔の力が覚醒してしまった以上、燐は悪魔とは切っても切れない縁になってしまった訳だが。
それなのにさらに自分がら悪魔関係に近づくだなんて。

「止める?」
「止めたって聞かないでしょ?」

漏れた溜息は雪男と重なる。

「苦労しそうね、奥村先生」
「サポートお願いしますよ、はなさん」
「おーお待たせー」

丁度その時学園の制服を着たりんが車内から降りてきた。
ド派手なベンツは颯爽と走り去る。

「わー燐かっこいいよ!よく似合ってる!」
「へ?そ、そうか?」
「うん、馬子にも衣装だよ兄さん」
「んだよそんなに褒めるなよ〜」
「・・・ごめん、褒めてないんだ」
「ふたりとも制服姿だと男前が上がって勇ましいよ。きっと周りの女子がほっとかないんだから。さ、そろそろ大講堂に行きましょう」

雪男なんか特に周りの熱視線がすごい。
ピンクのド派手なベンツ効果も相まって、私たちはちらちらと向けられる人目に晒されながら大講堂へと向かった。

***

「蒼井はな・・・ふふふ、藤本。サタンの落胤以外にあんなものを隠し持っていたとは。それも友人の私にも内密にしていただなんて、いただけませんね」

背もたれに背を預け、ふんぞり返るようにしてメフィスト・フェレスは喉を鳴らす。

「いや、これもすべてあなたの計算だったかな?彼女をここへ寄越した。あなたの最後のサプライズ、十分楽しませていただきますよ」

彼の静かな笑みは、車内の中にひそやかに響くのみであった。


ミルトンの箱庭

20110830 tittle by ルナリア