獅郎さんの葬儀はつつがなく行われた。
主がその死を嘆くように一日中雨は止まず、悲しみを押し流すように雨は降り続けた。

「はなさん」

呼ばれ、顔を上げる。
眉を下げた雪男の姿に、私は力なく笑った。

「燐は?」
「・・・今はフェレス卿と」
「そう」
「はなさん・・・」
「なぁに?」
「無理して、笑おうとしなくていいよ」

笑えてなんていなかった。
中途半端に持ち上げられた口の端は随分滑稽だっただろう。
泣き腫らした目のおかげで頭が痛い。
雨は止まず、煩い、音が反響する。からっぽの胸の中に。

「わたしっ・・・ばかだから・・・!し、獅郎さんが・・・死ぬなんてっ・・・思ってなかった・・・!」
「・・・うん」
「し、獅郎さんなら・・・どんな、あ、悪魔にだって・・・勝てるって・・・私・・・馬鹿だか、ら・・・!」
「・・・うん」
「しろ、さ・・・死んじゃ、・・・た・・・」

そのあと私は、言葉にならない泣き声をあげて雪男を困らせた。
雪男はただ何も言わず、私が泣き止むのを待つようだった。
頭が痛い。そして、雪男の泣き声は聞こえない。
私は哀しかった。
雪男が獅郎さんの死を悼まないはずがないのに、自分ばかりが悲しんでいるようで。
みんなが悲しいのに、自分が一番不幸だと思っている。

「・・・僕は、覚悟してた。神父さんは、僕に希望を託していた。僕が兄さんを守るように、あらゆることを準備していた」
「・・・」
「僕も、神父さんを信じていた。でも、こうなることも覚悟していた」
「雪男・・・」
「だからこそ、僕は泣いている暇がない。兄さんのこと。はなさんのこと。これからは僕が神父さんの代わりに守るから。だから。・・・だから今は、はなさんがぼくの分まで泣いてね」
「・・・ばか、」

泣かない雪男の手を握り締めて、私は止みかけた涙の雨をまた降らす。
涙腺が枯渇するまで泣き続けてやる。
獅郎さんに後悔させてやる。
雪男にこんなことを言わせたことを、燐にあんな涙を流させたことを。私に、こんな痛い思いをさせたことを。

「ばかっ・・・!」

飛んで帰ってきて。
そんなに泣くなって、いつものように軽い口調で頭を撫でて。
悪かったって、困ったように苦笑して、私と燐と雪男を抱きしめて。
獅郎さん、獅郎さん。お願い、帰って来てよ。

その時私を抱きしめたのは雪男だった。
雪男は何も言わなかった。その染みるような優しさが雪男らしくて、私はその分声をあげて泣いた。

その夜、今後私たち三人の後見人は正十字学園理事長、ヨハン・ファウスト五世。正十字騎士団日本支部名誉騎士であるメフィスト・フェレス卿となることとなった。
雪男は祓魔師としてフェレス卿と親交がある。
私は獅郎さんに話を見聞きした程度なので、どんな人物かは知らなかったが、私たちの後見を名乗り出てくれる程度にはまともな人なのだろうと納得することにした。
燐も同様に正十字学園に入学することとなったらしく、私たちは予定を繰り上げ明日からの入寮となる。
この家で過ごすのも最後だと聞いて、私は子供のように獅郎さんのベッドで眠ろうと主人のいなくなった部屋に忍び入った。

「・・・これ」

部屋の机の上には、書きかけの手紙が残されていた。
はなへ、から始まる文字はまたも私の涙腺を刺激する。枯れ果てたと思った涙は、まだこうやって流れようとする。

―――はなへ。正十字学園入学おめでとう。直接口で言えるのに、文字にするとなんか気恥ずかしいな。これから雪男と燐にも手紙を書くつもりだ。お前たちが学園に入ればしばらく会えなくなっちまう。さみしいもんだ。はなが初めてうちに来た時のことを覚えているか?お前は7歳の体に17歳の心を宿していた。そんなお前に甘えちまってたことを謝るよ。はなだっていろいろ苦しくて大変だったのになぁ。本当にすまなかった。けど、お前がいてくれて本当によかった。俺だけじゃあきっと燐と雪男を、あんなふうに育てられなかったから。お前は、俺と、燐と、雪男の光だ。ありがとうな。
それと、朝話しただろう?入学祝を兼ねちまったけど誕生日プレゼント。ちょっと意味深なものになっちまうんだけどな、これは

文字はそこで終っていた。
途中で席を立ったのだろう。そしてあの悲劇に繋がった。
テーブルの上には藍色の小箱がある。
意味深なもの、そう呟いて小箱を取る。中には華奢な細身のリングが入っていた。

「指輪・・・」

黄金色の指輪はあまりにも意味深過ぎた。
ただの祝いの品にしては豪華すぎる。かといって今まで与えられた魔道書や銃とは毛色が違う。
そっと、ほんの出来心でその指輪を左手の薬指にはめる。

「獅郎さん・・・どうしよう・・・ピッタリだよ・・・」

心臓に直結する指に、指輪は綺麗に収まった。
計算されたかのように、寸分の狂いもなく。

「獅郎さん・・・獅郎さん・・・教えてよ。この指輪の意味、教えてよ・・・」

答えは二度と帰ってこない。
黄金の指輪の上に涙が一滴零れて伝った。


もう君にあげられる魔法はない

20110825 tittle by 発光