とうとう学園祭当日がやってきた。シュラが拡声器を片手に注意を読み上げている。結局最近の祓魔の相談が増えた原因は判明していないらしい。

「雪男、大丈夫?顔色悪いけど」
「はなねえさん…、すいません。大丈夫です」
「うん…、無理はしないでね?途中でちゃんと休憩とかしてよ?」
「わかってます」

柔らかく、でもすこしぎこちなく笑う雪男。相変わらず心配かけまいと何も言ってくれないのが心苦しいが、無理やり聞き出せるものでもないとわかっているのでそれ以上何も言えない。
お互い、お互いのことがわかっているからそれ以上なにもできない。
それが歯がゆくて、つらい。

「じゃあ僕はこちらですので」
「うん。あ、雪男。お昼、時間あったら燐のところに行ってあげて。1-Dおにぎり屋さんだって」
「おにぎり屋さん…?なんですかそれ」

ふっと吹き出した雪男の懐かしい笑顔が、先生方に引き連れられて遠くなっていくのが寂しい。
それでも自分も仕事をせねばと姿勢を正せば、白いマントが眼前ではためいた。

「メフィストさん…」
「うーん、もう少し驚いてもらえると嬉しのですが」

そう笑ってくるりと回転して踵を鳴らす。随分上機嫌らしい。

「楽しそうですね」
「もちろん!!人間の妄想力と想像力は悪魔の魔力に匹敵する可能性に満ちています。だからこそ、私は人間の営みを愛しているんですよ。それに私の学び舎で子どもたちが元気にはしゃいでいるのを見て楽しくないわけがないでしょう?」

目を細め、嬉しそうに学園を見下ろす。いくつも出店される模擬店のテントの色。旗やきぐるみ、そして生徒たちの姿。

「はなさん。これから私とデートなどいかがです?」
「一応スタッフとして見回りなんですか」
「では私と一緒に見回りましょう。それで問題はないでしょう!」

自然な流れで右手を攫われ、一歩踏み出したメフィストさんにつられて足を動かす。靴は地面ではなく空中を蹴り上げ、見えない階段をのぼるように空へ誘われる。

「わ、あ、あ、あ!」
「ショートカットです。さぁ行きますよ!」

迷彩貫頭衣でも使っているのか、先生方や他の祓魔師は誰もこちらに気づいていないらしい。

「め、めふぃ、メフィストさん!」
「安心してください。落としたりしませんよ。いえ実ははなさんに内密にお話しておきたいことがありましてね」
「話?ですか」

ふわりふわりと空中散歩をしているが見えないだけで確かに足場があるのだ。その安心感が徐々に精神を落ち着かせてくれる。

「以前はなさんの血に纏わる話をしたのは覚えておいでですか?」
「えぇ。もちろんです」
「正直に言います。これから少々戦況が入り組んでくることでしょう。その為にはなさんには前線から引いていただきたいと思っています」
「…どういう意味ですか?」
「作戦名は、いのちだいじに!です!」
「ちょっと意味がわからないです!」

いつの間にか低空飛行になっていたらしく、後数歩で足は地面に着地する。
革靴の踵を鳴らし、メフィストさんは紳士らしく優雅にシルクハットを被り直した。

「貴方に護衛を付けます。できる限り無茶は控えてください」

その目は鋭く、真剣で、拒否を許さなかった。そして質問も、説明も許さない。
指先が冷えていく感覚を覚えながら、ほとんど反射のように、私は首を縦に振っていた。


そしてゆめがほどけても

20170416 tittle by 徒野