想像もしなかった事実を告げられ、放心していればあっという間に太陽が真上に上がっていた。
「学校」と呆けた声で呟けば「すでに休みと連絡しておきました」とメフィストさんが綺麗にウィンクと飛ばしてくる。

「今日も七不思議の任務がありますが、顔色がまだ優れませんね。今はゆっくり休みなさい」
「でも・・・」
「心配ありませんよ。なにも。ね?」

深く余韻を残すように意図された声。優しげに滲んだ目尻に何も言えず、私は大人しく従うしかない。
レースがふんだんに使われた天蓋付きのベッドの上で気だるげに溜息をつく。所用だと告げて出かけるメフィストさんに挨拶をしながら、やることもないので眠るしかない。
夢も見ないくらいぐっすり眠り、整理の付かない心と思考を体の内側に押し込んで蓋をした。混乱した気持ちが飛び出さないように重石を乗せて、鍵をかけて封をする。
わからないことを考えても仕方がない。なるようにしかならないのだから。



***



「今日の任務は七不思議の二番目、「真夜中に動くヨハン・ファウスト像です」

紹介されたメフィストさんの偶像を前に自己顕示欲の強さに呆れてしまう。

「これ終わったら「無人路面電車」ですよね。ハードスケジュールやわぁ」
「といってもどうせ志摩くんあんまり働いてないでしょ?」
「決め付けはよぉないと思いますよ!」
「なんもしてへんぞこいつ」
「やったことつったら俺らと一緒に女装したくらい?」
「女装!?なにそれ聞いてない!!」
「蒼井さんはお休みでしたからねぇ」

説明が終わって悪魔がやってくるまで駄弁って時間を潰していたのだが、思わぬ情報にいきり立ってしまった。

「女子寮のトイレのだからしえみと出雲がやったんだけど俺ら入れねーからよー。傍に控えててもおかしくないようにって雪男が」
「雪男発案なの!?マジ!?疲れすぎて壊れた!?」
「聞こえてますよはなさん。ほら悪魔も来たことですし、チームワークを活かして祓ってください」
「雪男〜女装の写真ないの?」
「ありません。ではみなさん、始めっ!」

燐たちは写真に残そうとしたがなにやら怖いお姉さん方にデータを消されたそうだ。誰だソレ。
なんて考えている間にも動き出した像に逃げ回るしえみちゃんと出雲ちゃん。
駄弁っていた私たちは雪男の合図でそれぞれ駆けだす。
しかし、私については誰も何も質問してこないということは普通に笑えているようで安心した。
無駄に精神年齢が高いおかげか、笑顔を繕うのはさしたる苦ではない。
燐が自分を悪魔だと知った時もこんな気持ちだったのだろうか。抱え込んでしまった事実の重さに、歯を食いしばって耐えるしかなかっただろうか。
それを受け入れて、認めて。抱えて歩いていくことの苦しみや辛さ。
私は燐を尊敬する。こんな気持を抱えて真っ直ぐ立っていられるその強さを。
燐は私の眩しい光だ。

「私、強くなりたい」

もっと、もっと。強くなってふたりを守りたい。
だから、こんな所で立ち止まるわけにはいかないんだ。

低級悪魔が憑依したメフィストさんの像が走り回る。
その右足に狙いを定め、散弾銃を打ち込んだ。
標的を違わず捉えた弾丸が右足部分を破壊する。ぐらりとバランスを崩した像の頭部を燐が見事に切断した。逃げようとする悪魔は勝呂くんの詠唱に祓われ、任務は滞り無く完了する。

「十分、強いと思いますよ?」

銃を構えてからの動作と弾数。撃ちぬいた部位を総合しての雪男の評価に思わず笑みが浮かべる。

「まだまだ、もっと強くなっちゃうんだからね!」
「追い抜かれないように、僕も精進しないとですね」

柔らかく微笑む雪男。疲れた顔色を笑顔と眼鏡で押し隠すのがバレバレだった。
水のように掴み所のない雪男。取り繕われた上辺の態度。人肌の温度で誤魔化して、本当の気持を隠している。
きっと、私が弱いから。自分の弱さを打ち明けるべきではないと思っていんだろう。
雪男。
私は燐だけじゃない。雪男のことも守りたいんだから。


それが君の優しさだと知っていた

20160605 tittle by まほら