「告解を」

聞いて欲しいんです。
狭い箱のような懺悔室で私は両手を組んで呟いた。
あの高熱は一週間続き、病院でもらった薬は一向に効かず。しかし7日を過ぎれば嘘のように体調は回復した。

私は7日間同じ夢を見た。
ひとつの夢が、次第に鮮明になる7日間だった。

「私は、私の母をもっとも酷い言葉で殺しました」

夢の炎が焼いたのは、私だけじゃなかった。
同じ部屋には、母親がいた。
本当の、母親が。

私の家は母子家庭で、母は女手ひとつで私を17歳まで育ててくれました。
母はとある会社に勤めていて、時期社長であった父と恋に落ちた。
否、遊び相手に選ばれたんです。
母のお腹に私が宿った頃、父は有力会社の女性と結婚しました。
母は捨てられた。
会社にもいられなくなった。
それでも母は私を生んでくれました。

「はなはね、お母さんとお父さんの愛の証なのよ」

そう言って。
今思えば、母はこの頃からすでに精神を病んでいたのかもしれません。
あるはずのない父の愛に縋り、いつか迎えに来てくれると信じて。
まるでガラスの靴を残したシンデレラのよう。
さしづめ私は、母のガラスの靴だったんです。

数年後、父は結婚相手と子供を儲けたそうですが、ひとりは流産、ひとりは死産、最後のひとりは5歳で亡くしたそうです。
自分の子はもう望めないのかと考え、私に白羽の矢を立てられました。
自分の血を継ぐ、子供として。

母は手放しで喜びました。
再び父の愛を得るときが来たのだと。
父は私を会社の後継者にすべく、跡取りとしての教育を施そうとしました。
マナー、教養、知性。
17年間の遅れを取り戻すように、父は私に湯水のようにお金を使い、大学の入試を控えた頃、父は私を迎え入れると言いました。

私だけを、迎え入れると。

父は私たちの知らないところで、多少強引な手で法的に私の親権を獲得し、あまつさえ正妻の子として書類を通していました。

父は王子様ではなく商人でした。
愛よりも、ガラスの靴を選んだんです。

母の心は壊れてしまった。
17年。守り育て続けた父への愛が、ついにぐしゃりと折れてしまったんです。

「はな、お母さんと一緒に死のう?」

父が迎えにいくと言ったその日、母は私に包丁を突きつけました。

私には、父の後継者として裕福な人生が定められたのに。
新しい生活が用意されていたのに。
私は、死にたくなかった。母の様にはなりたくなかった。

「いや・・・!死ぬならお母さんひとりで死んでよ!私はお母さんとは違う!!必要とされた人間なの!!一生一人ぼっちで寂しいお母さんとずっと一緒なんて嫌よ!」

半狂乱の悲鳴を上げながら、母は私の心臓に包丁を突き立てました。そして部屋に火を放ち、地獄のような現実の中で私に何度も包丁を突きつけました。
私は、揺らめく炎の中で泣きすがる母と一緒に死にました。
私は、たった一人の家族だった母を否定して、母まで死なせてしまいました。

私は、母を殺したも同然なんです。

私の罪を告白します。
私は、母を殺しました。




気がついた時には獅郎さんが強く私の体を抱き締めていた。
骨が軋むほどの力で、私は痛いはずなのにひどく安心していた。

「獅郎さん・・・私、生きててもいいの?」

母親を殺し、そしてこの体に宿ってた少女を殺し、それでも世界に居座る価値が私にはあるのだろうか?

「もし、主がお前の罪を赦さないとしても・・・俺がはなを許す。俺は、はなに生きていて欲しい」

ああ、と吐息と一緒に涙が溢れた。
私は生きたかったんだと実感する。
獅郎さんの広い背中に爪を立てながら、死にたくなかったんだと思い知った。

私の命は、人の命を奪いながら生きている。それでも私は生きることをやめたくなかった。
だからせめて、意味のある命にしたい。
燐を、雪男を、獅郎さんを。
守る命でありたい。

そんな傲慢な願いを、私は獅郎さんの胸の中で誓った。
その誓いを、私は一生忘れない。


序章で終わる運命

201108005 tittle by 不在証明