10、淡い色の幸福感@



 目覚めは頭痛と共だった。

 ・・・・・あー・・・・いってえ・・・。

 もそもそと布団の中で頭を押さえる。ううーっと唸っていたら、洗面所から柳川が言った。

「夕べ遅くまで飲んでたんだな〜。皆タフだよな。そろそろ起きないとやばいぞ」

 ・・・判った、判ったから叫ぶな。

 朝日の中をよろよろと起き上がる。えぐい夢で寝不足だ。一晩中半裸の神野に苦しめられた。

 自分が酒くさいのが判った。それに顔を顰める。

 着替えだした柳川が、なあ、と振り返った。

「お前今日解散の後どうするんだ?時間あるなら付き合わないか、支社の近くで証券会社のセミナーがあるんだ」

 ・・・・今日の解散・・・。ぼーっとした頭で繰り返す。

 そうか、今日は昼までの観光で、夕方には支社で解散か・・・。

 ――――――――彼女を捕まえるぞ。

 バチっと目が覚めた。

 そうだ、旅行の延長でまだ上司に戻る前じゃないか。

「悪い、用があるからまた今度」

 柳川に手を振って立ち上がる。完全に目が覚めて、自分の支度に没頭した。

 こんな、いかにも苦しみましたって状態で彼女の前に出れない。そんな格好悪いこと御免だ。

 時間がないぞ、と叫ぶ柳川を無視して全力で身支度を整えた。

 晴れて恋人に―――――気持ちの上では―――――なった神野はどういう顔をするかな。

 食事に行く前に常備している痛み止めを口に放り込んで、部屋を出た。


 気合を入れた割りには神野とは朝食前に一度目があっただけで、後は全く接点がなかった。

 こちらを気にしているのは気配で判ったけど、ずーっと背中を向けている。

 ・・・あれは、気恥ずかしいからである、と思いたい。決して、昨日の事を猛省したあげくの無視ではないと思いたい。

 それなりに凹みながら午前中を過ごす。何人かに飲みすぎですかとからかわれた。

 支部に残っている職員さんにお土産を買う時も彼女を探したが、どこかに消えていた。

 被っても仕方ないか・・・。ため息をついて一人で選んだ。

 あーあ。

 もう観光なんてどうでもいいからさっさと帰りましょう、と上司に言いに行きたい。風光明媚なんてどうでもいい。とりあえず、あの子を俺にくれ。

 そうやって彼女がたくみに俺を避けたままで午前中は終了。俺達はまた来た時と同じメンバーで車で別に帰る。

 途中で運転の交代もあったけど俺には回ってこなかったから感謝してひたすら眠る。

 この後の為に睡眠不足を解消しておかないと。窮屈な体勢だけど、ぐっすりと眠り込んだ。


 風が強く吹く、綺麗な夕方だった。

 支社の駐車場についたのは俺達が少しだけ早く、野郎5人で上司のバスの到着を待つ。

 もう春の風で、少しだけ土の匂いを感じた。

 気持ちが上がってくるのを感じる。

 もうすぐ、彼女がここに着く。

 雑談をしていたらバスが到着した。

 次々と降りてくる上司連中と職員さんに頭を下げてお礼を言う。浮田営業部長が寄ってきて、肩をバンと叩いた。

「お疲れさん、稲葉。卓球良かったぞ。次の記念月の旅行もぜひ一緒に行こう」

 はい、と頷く。

 マトモに施策に乗れるくらいに支部を上げろ、と言ってんだな。俺は微かに苦笑する。

 2台のバスの殆どが降りたはずなのに、まだ神野は姿を現さない。見落としたとは思えないから中にいるのだろう。

 先に帰るぞと言う他の支部長達と別れて、俺は壁にもたれて待つ。

 あれ?おかしいな・・・と思い出した頃、今日はまともな大石さんに急かされて、やっと神野がバスを降りてきた。

 どうやら最後だったらしい。

 俺は壁から身を起こす。眠そうな顔をしている彼女を見詰めた。

 荷物を持って歩き出した二人の声が聞こえる。

「玉これからどうするの?お茶して帰らない?また明日からお仕事だし―――――」

 大石さんがそう言うのに、神野が答える前に俺は声を出して遮った。

「神野は俺に貸してくれないか、大石さん」

 驚いたように二人がぐるりと見回して俺を見つける。

 一瞬、神野の目が細められた。

 大石さんは首を大きく振って頷き、神野の背中をこっちに押しやる。

「稲葉支部長!!あ、はいはい、勿論です。あたしのものじゃないし、もう返却しなくていいですから」

「いたっ・・・こら、菜々!」

 大石さんは神野の苦情はスルーして、俺に企んだような笑顔を向けた。ピンときた。きっと、彼女は昨日の事を知っているんだな。

「じゃ、あたし帰る。また優績者研修でね、玉!」

 最後に何かを神野の耳元で話し、笑顔で後ずさりながら手を振った。お持ち帰りじゃん、あんた!って言葉が俺の耳にも届く。

 それに微かに顔を赤らめて手で追い払うふりをする神野を見ながら、俺は近づいて言った。

「大石さんは、正しい」

「は?」

 にっこりと笑った。

「お前は俺にお持ち帰り、されるんだ」

 駐車場まで歩いていくと後ろを神野がついてくる。手を引きたいが、支社の下ではそれもままならない。

 恋人の存在はまだ秘密だ。

 荷物を放り込んで彼女が座るのを確かめると、すぐに車を出した。

 目的地は一番近いホテル。とりあえず、そこに車をいれること。その先はまだ考えない。

 残念ながらすぐあったのはシティホテルではなかったが、心の中で謝ってそのラブホテルに車を入れる。

 隣で黙っていた神野が、少し驚いた声を上げる。

「支部長?」

 ミラーで見ながら駐車をしつつ、俺はため息をついた。

「・・・だから、プライベートでは・・・」

 微かに頷いて神野が言い直す。

「稲葉さん。えーっと・・・帰るのでは?」

 ドアを開けて隣をチラリと見る。・・・家?嘘だろ、ここからどれだけかかると思ってんだ、家まで。無理無理、俺はこれ以上無理。

「家はダメ、集中したいから」

 微妙な理由を話してしまったが、神野は何か呆然としていて聞いてないみたいだった。

 とにかくと背中を押して進む。まだ眠ってるのか、この子?もうそれならそれでもいい。茫然自失でもいいから、早く動いてくれ。

 パネルボードで部屋を選ばせたけど、ラブホテルですか!?みたいな苦情がなくてよかった。

 ま、そう言われたって引き返す気はないんだけど。

 エレベーターの中も静かに一緒にいたけど、何故か途中で神野の雰囲気が変わったから気付かれないように観察する。

 顔が赤らんでいた。どうやらやっとこの事態に気付いたらしい。

 ・・・おいおい、本当に寝てたのか、今まで?俺は苦笑したけど、さっさと彼女を部屋に突っ込んだ。

 そして足元に荷物を落として、その場で夢にまで見たキスをする。特に抵抗はなかったから安心した。

「・・・っ・・・」

「・・・美味い」

 俺はにやりと笑った。呼吸が乱れる彼女を見詰めて、また唇を近づけた。

 背中でオートロックのドアが閉まる音を聞く。

 深くて激しい口付けをしながらどんどんベッドまで押して行った。

 彼女の体から力が抜けたのを感じる。よしよし、ちゃんと影響している。

 寝転んだ彼女のを見下ろしながら、思わず深いため息が出た。

「・・・一晩のお預け、死ぬかと思った」

 神野が微かに震える。

「今日は無視されてばかりだったし。あれ凹んだ〜。ガツガツしたくないけど、もう我慢の限界」

 慌てた神野が早口で言う。

「しっ・・じゃなくて、稲葉さん!シャ、シャワー浴び・・・」

「必要ない。これ以上待つの無理」

 本当に無理。頼むから、これ以上のお預けはやめてくれ。

 パッと自分の服を脱ぐ。それをぼーっとしてみている彼女に言った。

「俺に見惚れてないで、神野も脱いで。――――――いや、いいや、剥きながら抱こう」

 言うや否や襲い掛かった。

「きゃあ〜!い、い、稲葉さーん!」

「乱暴したくないんだ。協力して」

 まあ人によればこれを乱暴というのかもしれないけど。


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