・増えていく宝物A
ヤツの視線を追って桜が寝ていることに気がついた私は、あらあらと声を出して桜に近寄る。
「あなたが疲れるのは、よく判るわ。お休みしようね〜」
声をかけて、抱き上げてベビーベッドに寝かしてやった。すやすやと眠る赤ん坊の頬をなでる。白くてぷにぷに。うーん、いい匂いだわ、赤ん坊って。
ベビーベッドを覗き込んでいると、肩をポンポンと叩かれた。
え?と振り返るとヤツが後ろに立っている。
「ちょっと」
「は?」
「いいから」
何が、いいから?私が怪訝な顔をしていると、ヤツはスタスタと寝室の方へ歩いていく。ちょっとって、え?何よ来いってこと?
私はとりあえず後を追いかけながら、ヤツの背中に文句をかける。
「ねえ、宝探しは〜?」
もしかして、もう判ったのだろうか。迷いもせずにさっさとドアを開けるヤツを追いかけながら、私はちょっとドキドキした。探すのにうんざりして隠し場所を推理したのかも。それを確認しにいくのかも。もしかして、プレゼントの在り処がバレた────────?
私がドキドキして寝室に入ると同時に、手を引っ張られた。は?なんて言葉を出す余裕もなく、驚いたままの私はベッドの上。そして上からヤツがゆっくりと落ちてくる。
「あらーっ!?ちょっとちょっと大地くーん!!?」
うっきゃあー!!一体何事!?
慌てた私が叫ぶ。ヤツは力の入った両手で暴れる私の手をシーツへ縫い付けて、ボソッと言った。
「プレゼントは有難い」
「へ?あ、ああ、うん」
「だけど、探すのは面倒くさい」
「そんなこと判ってるわよ!じゃなくてこれは一体何なのですかー!?」
ってか、お前男だったんだなあ!私はそこでようやく、実は夫にベッドの上に押し倒されているのである、と気がついた。いやあ、だって余りにも久しぶりでさ!それに私は、本当についさっきまで、プレゼントの在り処がバレたのだろうって思っていたのだ。
だから、どうして今、これなの〜!?ってな心境だった。
混乱はしていたけれど、状況がわかったので体から力を抜く。ヤツもそれに気がついたようで、私を押さえつけていた両手を離してニヤリと笑った。
「だから」
「だから?」
あら、もしかして大地君ご機嫌ですか?私は組敷かれたままで、ぽけっとヤツの微笑を見上げた。珍しい、彼の楽しそうな顔を。
「───────くれるのは、これでいい」
こらこら、妻をこれとは何様だ。一応、そう心の中で突っ込んだ。だけれども、その時私は既に目を閉じていた。唇から首筋にと感じるヤツの温度や、私の体の上を自由に動く両手の感触に飲み込まれていく。
うーん・・・全然大丈夫。私、君に触れられても大丈夫だわ。────────いやいや、大丈夫っていうより・・・。
知らずに微笑んでいた。
なんか、嬉しい。
瞼の裏は光溢れる幸せな天上世界。だって、嬉しかったのだ。よく判らない理屈でもって、ヤツは私を今すぐ抱くことにしたらしい。だけど拒否反応どころかすぐに潤う自分の体。あらあら、あのおぞ気は拒絶はどこに行きましたか、状態だ。
普段無口で、無表情のヤツが見せる、滅多にない情熱的で熱い熱い時間。低い声が心地よくて、私は喜んで彼に応える。
二人で時間を分け合うって、何て素敵─────────・・・
そう、思っていた。
だから単純な私は、簡単にゲロってしまっていたらしい。えーと、つまり、プレゼントの場所ですよね。
ヤツは、あの全ての行動が面倒臭いと発言するダレ男と本当に同じ人物か!?と思うほどの器用さと熱心さで私の全身を揺さぶり、その合間に少しずつ問いかけをしてきた(らしい)。理性が遥か彼方へびゅ〜んとぶっ飛んでいってしまっていた私はヤツの誘導尋問に簡単に引っかかり、ベラベラと隠した場所やその発見順序を喋った(らしい)。
何せ記憶にないのだ。
あまりにも久しぶりの行為で、しかも結構激しかったため、体力を消耗した私はその後眠ってしまった。ヤツは眠りはせずに私から聞き出した場所に向かい、さくっとプレゼントを発見したらしい。
全てを知ったのは、私が目覚めた夕方の話。プレゼント探しを開始させたのは昼食後だったから、私はどうやら3時間も寝てしまったのだな、とベッドの上でぼや〜っと時計を見上げて思ったのだった。
・・・あら?ええと、どうしてこんなことに?
私は乱れた髪の毛に片手を突っ込んで、更にかき回してからぼーっと考えた。
・・・桜が、寝た。えーっと・・・それで、ヤツがちょっとって言って私を寝室へ誘導して──────ごにょごにょがあって・・・あら?何か、たくさん喋ったような・・・気が。
バチっと目が覚めた。
やはり夢うつつの中であってもそれなりに記憶には残っているらしい。私、言ったよね!?隠し場所とか、その他色々!!
うおおおー!!
起き上がって、バタバタとリビングに突入する。そこには夕日の差し込むなかで、床の上を這いずりながら布製のボールを懸命にしゃぶる桜と、いつもの座椅子で読書をするヤツの姿が。
その光景があまりにも平和で幸福で、私は立ち止まる。
・・・あ、って思ったのだ。
大事なものが、全部ここにあるわって。
チラリとヤツが顔を上げた。目が合ったのを確認して、私はドアの所に立ったままでヒラヒラと片手を振る。
「おはよ。・・・見付かっちゃったのね、プレゼント」
ヤツがニヤリと笑って頷いた。
「自分で探しもせずに手に入れるなんて、さすがというか、何と言うかよね」
私が苦笑してそう言うと、ヤツはしれっとした顔でこういいやがった。
「教えてくれて助かった」
・・・くそう。
仕方なく笑って、私は彼らに近づく。母親に気がついた桜が、あー!と声を上げる。透き通った綺麗な目で見上げて、にこにこと笑ってくれる。
どこにいたの?そんな問いかけが見えるような瞳だった。ごめんね、母は父に好き勝手されて(と言うと語弊があるかもだけど〜)、眠ってしまってました。・・・だけど泣かなかったのよね、あなた。普段あまりいない父親
と二人でも平気だったってことよね。うーむむむ。何か悔しい。
そんなことを考えたけれど、とにかくと気を取り直して娘を抱っこし、ヤツに聞く。
「それで、プレゼントの感想は?」
オレンジ色の夕日が差し込むリビングで、いつもの座椅子にもたれかかって、ヤツが目を細めた。口角を少しばかり上げて、微笑みを作る。ゆっくりとしたその動作が、物凄く彼だった。
どうやら、無事に気に入ってくれたらしい。
私は満足して彼の珍しい微笑を眺める。
最初にヤツに貰った宝物は結婚指輪。それを私に探させたときと同じ方法を使ったのだ。つまり、用意したのは3つのカード。それに少しずつ次の行き先を書いた。
最初は床からスタート。寝転んで見える場所に目印が───────それは、不自然にリビングの天井近くを浮いている赤い風船だ。普段ない、強烈な色のもの。誰がどう見ても目印であると判るはずだが、ヤツは私の予想に反して寝転ぶのではなく、床に這い蹲った。・・・バカでしょ。ごろんと寝転んだらすぐ判るのに。
で、まあそこで既にヤツは面倒臭くなって、私を抱きながら聞き出す作戦にしたみたいなので終わっちゃったわけだけど、その風船には紙がはっつけてあって、それにはヤツが最初に利用した場所、玄関横の私の鉢植置き場に誘導されるはずだったのだ。
大事なもの置き場、二段目右から3番目の鉢植の、黄色いヒヤシンスの下にもカード。それにはヤツが結婚指輪を隠していた寝室の箪笥、その上の引き出しを指定していた。
そこを開けると、すぐに目に飛び込んでくる場所に、プレゼントを置いたのだ。
私が今年、ヤツに準備したのは──────────
「それだったら使うのも面倒臭くないでしょ?」
笑いを含んだ私の声に、ヤツはただ頷く。手に持つのは本の栞。私が作った、押し花の栞だった。
ほとんど毎日本を読むこの男は、途中で読書をやめる時に栞を利用していなかった。本のカバーをそのまま挟んで使っていて、それに気がついた私が栞は?と聞いたことがあったのだ。
あれはまだ二人で暮らしていて、妊娠もしていなかった頃のこと。
その時にヤツは、いつものだら〜っとした答え方で言っていた。『そんなの持ってない』って。でもカバーで十分用は足せてるから、いいのだって。
それを覚えていた。そして私は、彼が植えたらしいサルビアを利用したのだ。あの綺麗な真っ赤の花びらを手折って、栞にする為に押し花を作ったのだった。
気付いてるよ、のメッセージの代わりに。ありがとう、たくさんのサルビアを植えてくれて。そう言いたくて。
彼には、それが判ったらしい。
夕日がサンサンと差し込むリビングで、私は桜を床におろし、ちょっと膨れてヤツに言う。
「鉢植の下のカード、ちゃんと回収しなきゃ鍵置き場にならないじゃない」
するとヤツはすいっとテーブルの上を指差した。私はくるりと振り返って、テーブルの上にくちゃくちゃになって置かれた紙の破片らしきものを発見する。
・・・あら?取りに行ってくれたんだ?ん?でもどうしてくしゃくしゃなわけ?
不思議に思って近づいて、口からうげって声が漏れた。紙(の破片)と思われるものは、水にぬれた様で原型をほとんど留めていなかった。何事?一体、この可哀想な紙に何が。
ヤツをじっと見る。すると、ヤツはふいっと目をそらして本に戻る。そのままでぼそぼそと口を開いた。
「カードは回収して、本を読んでた」
「はあ」
「そしたら桜が食べていた」
「あ?」
何だと!?ぎろりと夫を睨んで、私はがるるると威嚇する。赤ん坊が紙食べた!?どうして手が届く場所にそんなもの放置するのよ〜!!
「ちょっと!?」
私の声を平然とした顔でスルーして、ヤツはたら〜っとのたまう。だから、ちゃんと止めたでしょ、って。その結果がそれ、って。
・・・ほとんど紙ないじゃんよ。
私は苦笑して、床をず〜りず〜りと這いずりまわる娘をもう一度抱き上げる。ちゃんと参加したのよね、そう思ったら笑えてきた。
「うふふふ・・・」
柔らかくて白い、娘の頬に頬ずりする。そうよね、あなたも参加したかったんだよねって。
部屋の中に満ち溢れていた夕日が少しずつ薄くなりつつあった。
私は桜をヤツの膝元へ転がして、さてと、と立ち上がる。
お風呂を沸かして、夕飯の支度を始めなきゃ。今日は豚を炒めて、卵のサラダを作ろう。それから・・・。
もしこれで桜が下痢になったりしたら、今度はヤツに病院へ連れていかせよう。責任の所在をハッキリさせることは大切だ。それを言ったらヤツがする、嫌そう〜な顔とため息を想像して、私は苦笑する。
明りをつけた明るい部屋の中、台所に立つ私の後ろからは、楽しそうな桜の笑い声が聞こえていた。
私は家族の為にご飯を作りながら微笑んで考える。
あの子が大きくなって、一人で外出するようになったら。
教えてあげよう、鉢植の秘密を。
我が家の鍵置き場がそこに決められたわけを。
最初の原因になった花と、その花言葉も。
今は黄色のヒヤシンスが守る、我が家の「大切なもの置き場」を─────────
「新・鉢植右から3番目」終わり。
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