・ペイ・デイの衝撃・1


 そんなわけで、一日遅れの給料日が来た。

 私はその日は休みだったけれど、朝っぱらから高峰リーダーの電話で起こされる羽目になった。

「・・・はい、藤です・・・」

 枕元で鳴り響いたので目を覚まし、寝ぼけたままでスマホを耳に押し当てると、今日も元気なリーダーの罵声が飛び出してくる。

『おい!俺が働いてるのに何でお前はまだ寝てんだよっ!!』

 はい・・・?私は寝転んだままで首を持ち上げて壁の時計を見た。一体どんな時間まで寝ているのかと思ったのだ。だけど―――――おいおい!

「・・・リーダー、まだ10時ですよ」

『10時っつったら始業時間だろうが!休みの日でも働いている人間に敬意を払ってその時間には起きとけよ!』

 無茶苦茶だ。何だそれ。私は憮然として、ごろんとベッドに転がったままでぶーぶー言い出す。

「リーダーだって休日には寝坊くらいするでしょう〜!?いいじゃないですかー休みの日くらいー!」

 ほっとけっつーの。おかげで目が完全に覚めたてしまった!

 ちゃんとカーテンをしめてなかった窓からは朝日が燦燦と降り注いでいて、11月の空は晴れ上がっているようだ。

 私は仕方なくベッドの上で身を起こした。

『今日出てるから、給料。判子もって来いよ。でも昼休みは邪魔すんな、俺、今日は外食するからさ』

「え、行かなきゃダメですか?明日でいいから置いといてくださいよ」

 思わず顔を顰める。そりゃ給料はなくては困る。だけど、わざわざ休みの日に職場へいくなんて嫌ですよ、ほんと。

 だけど電話の向こうで高峰リーダーが、へえ、と言ったその声色にぎょっとした。

『ここには金庫なんてねーの、わかってるだろ。今日取りに来ないんだったら俺がちゃんと着服してやるぞ〜。それか適当に放り出しておいて、誰かがパクるのを見ても止めないか』

 口は悪いが真面目が服を着て歩いているようなリーダーのこと、冗談とは判っていても、むかついた。なんて上司だ、全く!私は更にしかめっ面をして仕方なく言った。

「わかりました!取りに行きますよ。5時までには行きます。要件はそれだけですか?」

『判子わすれんじゃねーぞー』

 ガチャン。職場の電話を置く音が響いて、私は舌打ちをしながらスマホを操作する。くっそ〜、やな目覚めだわ、全く。お疲れ様、もしくはおはようの一言くらいないのかいっていうの。

 折角顔がいいのに、リーダーは本当に残念な態度で――――――――あ。

 考えながら、手をポンと打った。

 そうだそうだ、リーダーをモデルにして新しい登場人物を作ろうって思ってたんだった!思い出したぞ、うんうん。

「よしよしよし」

 一人暮らしになってから独り言が増えた私は、そう言いながらいそいそとベッドを出る。

 そうと決まれば早くパソコンをあけたい。そして小説の中に新キャラとして登場させよう。あまり性格はよくないから苛めキャラにすべきかな〜。それか逆転の発想で苛められキャラとか?

 11月とはいえまだ温かく、部屋には暖房の必要もない。私はぱぱっと服を着替えて洗顔を済ませると、朝食兼昼食を適当に作ってパソコンデスクへと運んでいった。

 給料をとりにいく、それまでは小説世界を楽しんで、掃除に洗濯を済ませようっと。

 途中多少の家事はしたけれど、4時間ほどパソコンで自分の作品の世界へ没頭し、ようやく腰をあげたのは午後の3時だった。

「あ、いててて・・・」

 床に直接座るときにどうしても姿勢が悪くなってしまって、長時間だと腰が痛い。いつもは立ちっ放しで辛いのに、休みの日は座りっぱなしで痛いだなんて笑えない。

 よし、じゃあ散歩ついでに職場へいくか。

 私はよっこらせと一度ゆっくりストレッチをして体を伸ばすと、日焼け止めとパウダーをぱぱっと顔の上にのせる。眉毛だけはかいて、あとは化粧らしきことなどちっともせず、髪の毛は垂らしたままでブルゾンを羽織った。

 鞄の中には帰りによって帰る銀行の通帳と財布、それから・・・・。

「あ、思いついた」

 私は一人でそういって手を叩き、別にもう一つ鞄を用意する。帰りに銭湯に寄ってこようと思ったのだ。私が住んでいるこの部屋には、小さなシャワー室はついているけれども、浴槽がない。だからたまに入りたくなるのだ、大きなお風呂に。もう寒くなりつつあるし、冬はやはり湯船につかって体を温めたい。

 それで、普段はシャワーで済ませていても休みの日には結構な確率で近くの銭湯に入りにいっていた。食材などの買い物は昨日、会社帰りに済ましてきている。冷蔵庫の中はあと二日くらいはもちそうだし、今日は銀行へ寄ったらそのまま銭湯にいって夜はのんびりしよう、そう決めた。

 そんなわけでお風呂の準備も。最寄の銭湯にはシャンプーや石鹸などは置いていないので、小さなセットになっているパックを取り出してタオルや下着と一緒にいれる。これで良し。

 さらさらと初秋の風が吹く中、私は3つ向こうの駅の職場へと向かう。

 まだ紅葉には早く、比較的温かい気温で人々が気楽な顔をして歩いている。平日に休みだとこういう瞬間に、ちょっとラッキーな気分が味わえるのだ。平日だけど私は休みなんだよーん、という優越感。それは勿論、土日祝日に出勤の時には僻みにとって変わる感情なのだけれど。

 さっきまで書いていた小説を頭の中で蘇らせる。

 ちゃんと高峰リーダーをモデルにしたキャラも登場させたのが。ちなみにそのキャラの名前は高峰からずれて高見にしておいた。主人公の美春が駅で彼と出会って、困惑するシーン。隼人はいないし、美春は大人しい性格だしで、どうしたら違和感がない流れに出来るかどうかでえらく悩んだものだった。

 だけどとにかくこれで次の展開にいけるのだ。高見が現れたことで隼人に変化が起きる。そしてそれが原因で美春が―――――――――

 その時電車が止まり、見慣れた風景にはっとして、急いで電車を降りる。

 危ない危ない、乗り越してしまうところだった。私は誰もいないのにいいわけするよう一人で頷いて、改札口まで飛んでいく。

「さて、と」

 駅から職場までは、徒歩で10分ほどだ。


「お疲れ様でーす」

 私はそう言って作業場の引き戸を開ける。ドアを開けたらすぐそこは土間仕様の作業場で、今日は私と前園さん以外の全員が出勤の日だ。だけど問題の平野の姿は見えず、ほかの皆自分の作業台でいつものように手を忙しく動かしている。

「おう、来たな」

 高峰リーダーが奥の作業台から手をあげて、おいでおいでをした。それから先にたって事務所へと向かう。私は北浦さんと田内さんに会釈をして挨拶をし、久しぶりに見た浜口さんに声をかける。

「浜口さん!大丈夫ですか、腰の方は?」

「千明ちゃん、久しぶり〜」

 パートの浜口さんはニコニコと笑って私を見る。

「痛かったわ〜、腰!でも毎日鍼灸に通ったら歩けるようにまでなったのよ〜。針ってすごいわよねえ!」

「そうなんですよね。あれは東洋の神秘だと思います」

 新人の時に作業場に入ってきた時から、浜口さんは私に大層優しくしてくれたのだ。ぶっきらぼうで口の悪い上司と穏やかだけどいるのかいないのかよく判らないほど無口な田内さんとしか同じ場所で働く社員がいない中、右も左も判らずにオロオロする私を優しく導いてくれたのはこの浜口さん。聞くところによると私と同じ年の娘がいるらしく、他人事と思えなかったんだそうだ。

 まだ新入社員の頃、外にお昼を食べ行ったことがあって、その時に何気ない会話から、お互い読書が趣味であることがわかった。

 その時に浜口さんが、実は今ね、私、インターネットの小説にはまってるの!と目をキラキラさせながら言ったのだ。その時の私はまだネット小説という世界を知らなくて、へえと思ったんだった。そんなのがあるんだ、って。今私が作品を書いているサイトも、浜口さんが教えてくれたもの。浜口さんは自分の好きな書き手さんの小説を紹介してくれて、二人できゃあきゃあ言いながら感想を話しあったりしたものだった。

 だから、私が作品を書き出したときも、浜口さんだけにはそっと伝えた。

『話を書き出したんです、私も』って。

 浜口さんは目を輝かせて、是非読みたいわ!と言ってくれたのだ。その時書いていたのは恋愛ものではなかったけれど、私は非常に恥かしかった。だけど結局は自分のペンネームを教えた。

 というわけで、浜口さんは私の趣味を始めるきっかけになった人なのだ。そして今でも、彼女は私の書く話を読んでくれている。だけどそれは、二人だけの内緒の話。

 浜口さんは、あ、と顔を改めた。

「千明ちゃにも迷惑かけて、すみませんでした」

 私はビックリして急いで両手を振る。

「いえいえいえ!私は迷惑なんて受けてませんよ!リーダーがすぐに新人さんいれてくださったし」

「あ、平野君ね。今日初めて会ったけど、黙々と働いてるわねあの人」

 その新人は、会いたくない男だったわけだけど。きっとそれも、浜口さんは聞いているはずだ。浜口さんが声を潜めたところで、北浦さんが前から口を突っ込む。

「平野君は覚えるのも早かったわよね、千明ちゃん?去年の学生さんとはえらく違うわよ〜」

 で、その話題の平野はどこへいったのだ?私は一瞬そう聞きそうになって、急いで打ち消した。ダメダメ、やつのことは気にしない!私には関係ない。今日は休日なのだから!

「おーい藤〜!いつになったら来るんだ!」

「あ、リーダーが怒ってるから行きますね。お疲れさまです」

「はい、また明日ね〜」

「お疲れさま〜」

 二人は井戸端会議に戻る。私は作業台をすり抜けて、リーダーが待つ事務所へと入った。

「この明細と袋の中の金額確認して。合ってたらここに判子」

 リーダーが明細のうつしと封筒をぽんと置く。私ははーいと返事しながら言われた通りに確かめた。

「あってます。判子、ここですね」

 屈み込んで書類に判子を押していると、私のうしろに向かってリーダーが、おう、と声をかけた。

「平野、あったか、串は?」

「ありました」

 私は屈み混んだままで固まった。・・・平野、今、後ろにいるんだな。よし絶対に振り向かないぞ。

 どうやら串がなくなって、平野は倉庫に新しい串を取りに言っていたらしかった。もっとぐずぐずしてこればいいのに、もう。私は心の中でブーイングをかましながら封筒を鞄に仕舞う。

「次はせせり頼む。俺の補助で入ってくれ」

「はい」

「それと神経質に30グラムにあわせる必要ないぞ。29〜31なら合格だから」

「判りました」

 話しあっている二人の邪魔をしないように、そして平野を見ないように、私は慎重に気をつけてその場を後ずさり、事務所の外へと出る。

 藤?とリーダーが顔を上げたときには、私はお疲れ様です!と叫んでその場を離れた。

 よっしよしよおおお〜し!平野のことは完璧に無視したぞ!私は鼻息荒く自分を褒め称える。過去のことを思い出して苦しくなるのはもうご免だし、間違っても再び好きになどなりたくない。なんせ元々私好みの男なのだから、近づかないのが一番なのだ!

 とにかく、今日は成功したわ。私はそうほくそ笑んだ。明日は平野が休みのはず。ということは、今日と明日とはヤツとヤツが絡む過去の思い出に振り回されなくてもいいってことなのだ。

 早足に会社を出てそのまま駅前の銀行へと飛び込んだ。

 大して多くはないけれど、現金を封筒にいれてそのまま持っているのは危ない。封筒から出した全額を一度全て入金し、必要な分は改めておろした。そのままで必要な支払いも済ませ、私は気分よくまた電車へとすすむ。

 あとは最寄の銭湯にいってゆっくりととろけ、全身を洗ってすっきりとし、それから部屋でビールを飲もうっと。

 幸せな計画を思い描いて、私は笑顔だった。



 着信に気がついたのは、お風呂から上がって着替えを済ませた時だった。

 まだ髪は縛ったままで拭いておらず、滴が滴り落ちるのをタオルで押さえながらスマホの光に気がついたのだ。

 操作すると画面に出たのは「高峰リーダー」の文字。正直に、げ、と思った。

 ありゃー・・・何か用事ですか、リーダー?もうやめてよ〜、だから私は休日なんだってば・・・。

 だけど裸の女性もそこらへんにいる寛ぐべき銭湯の脱衣所で、男性上司に電話するのは気が引けた。だから手早く髪を拭いて、一度櫛を通して水気を切ってからまた頭の上でまとめる。

 ぱぱっと荷物をまとめて忘れ物がないかを確認し、急いで銭湯を出てリーダーに電話をかける。

『おー、藤かー?』

 高峰リーダーの間延びした声。私はすっかり暗くなってしまった午後5時半の道をアパートへと歩きながら、口を尖らせた。

「そうですー。すみません、バタバタしてまして、電話に気がつきませんでした。どうしました?」

『お前まだ用事が終わってねーのに帰ってしまったからさ。明細だよ明細!何で持ってかえらねーんだよ、これ』

「あ」

 明細ー!すっかり忘れていた。あの時は急に現れた平野から逃げることに精一杯で、お金だけ貰ったからもういいかと思ったのだった。そういえばリーダーの机の上には明細書がおいてあったよな〜・・・。

 仕方ないからがっくりと肩を落として謝ることにした。

「すみません。ちょっと急いでまして。あのー、もう明日でもいいですか?今から取りにいくのは嫌です」

『お前が忘れたんだろうが!それよりまだ外か?』

「あ、はい。部屋に戻るところです」

『ならまあ、丁度良かったな、藤。今平野がそっちに向かってるから受け取ってくれ』

 ――――――はっ?

「はいっ?え、えーと、何でですか、あのー・・・平野、さん、が、何ですかっ!?」

 何か恐ろしい単語が聞こえたぞ、そう思って私はその場でぴたっと立ち止まる。電話口の向こうでリーダーはかったるそうに話しをつづけている。

『平野な、今日本社に書類出す必要があったんだよ。それで今往復してんの。お前の部屋が丁度近いからさ、本社の帰りに明細届けてくれって頼んだんだよ。優しいだろー、だからこっちくる必要ないぞ』

 自慢げな高峰リーダーの声は、ほとんど聞こえていなかった。

 ・・・平野が、来る!?わざわざ私に会いに!?そりゃ確かに本社と私の部屋は同じ街だけど、でもでもでもちょっと待ってーっ!!

「えええーっ!そんな!ダメですよ、ちょっとリーダー!!おおおお、お、置いておいてくれたらいいじゃないですかっ!ただの明細でしょう!」





[ 5/33 ]


[目次へ]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -