・様々な反応・1



 何と、高峰リーダーには、一発でバレた。

 1月2日の出勤日、私がいつもよりかなり早く出勤したのは、大晦日の掃除を休ませて貰ったことによる罪悪感からだ。掃除のあといつもよりしっかり仕舞ってある道具達を、他の人達が来る前に出しておこうと思ったのだった。

「おう、藤、おめでとさん」

 ドアを開けたらまだ私服のリーダーが既にいてビックリしたけれど、私はそこで慌てて頭を下げた。

「おはようございます!それに、あけましておめでとうございます、高峰リーダー。もうきてたんですか?」

「おう。お前もえらく早いな。風邪は治ったのか?」

 リーダーはメガネを外して拭いている。きりっと上がったその瞳はやっぱりシャープで綺麗な形をしていて、前髪を自然に分けたリーダーはどこから見てもいい男だった。私はつい凝視してしまう。何だよこの人、やっぱり美形じゃない〜。エプロンと帽子とメガネ、三大悪よね、このイケメンをあれだけ残念な外見に・・・。

「お陰さまで何とか熱も下がりました。昨日にはマシになっていて・・・」

 言いかけたところで、メガネをかけ直して私を見たリーダーに遮られた。おい、藤、って。

「はい?」

 きょとんとして顔を上げた私をじいっと見て、高峰リーダーは自分の首筋を指で指して言う。

「――――――それ、キスマーク?それとも怪我?」

 はっ!!

 私は仰天して手で首筋をぱしっと押さえる。駅から作業場にくるまでの間に髪の毛を頭の上に結い上げていたので、いつも着ているタートルネックを着ておらず、しかもマフラーを外した今はデコルテラインが見えているはずだってことに気がついたのだ。

 高峰リーダーはメガネの奥で瞳を見開いて、おやあ〜?と静かに言う。

「・・・その反応は、キスマーク、なんだな。覚えがあるってことか」

「い――――――いえいえいえいえっ!違います、これは火傷です!ちょっとへまして―――――」

「火傷のあととは違げーよ。俺を馬鹿にすんなっつーの」

 大体そんな場所火傷するかよ、そう言いながら腕を組んだ高峰リーダーは、ふん、と鼻で笑う。

「お前、男が出来たのか?」

「はっ・・・!?え、ええと・・・」

 私はまるで蛇に睨まれたカエルだ。きっとこんな気持ちだったに違いない、可哀想なカエルさん達。ああ〜。

「出来たんだな、男が。否定しないってことは」

「え、えええ・・・あ〜・・・」

 手にもったマフラーをこねくりまわして消えたいと願っていたら、更に機嫌が悪化したような低い声で、リーダーが言った。

「・・・お前、風邪引いて休んだよな、大晦日。それで家で男といちゃついてたってわけ?」

 それは違います!そこだけは否定できるから、私はキッと顔を上げて唾を飛ばす。

「本当に熱でした!ちゃんと医者から貰った薬飲んで寝てたんです!熱だって高くて38度もあって、ご飯も食べられなくて―――――」

「で?」

「で―――――――、平野がお見舞いに来てくれて・・・」

 ほお、そう聞こえた。間違いなく目の前に立つ高峰リーダーから発せられたものだと思うけど、私はその声は天から降って来たかのように聞こえた。

 一瞬でリーダーの機嫌が更に悪くなったのがわかった。

 ・・・あれ?私、今もしかして、失言した・・・?たら〜りと、背中を汗が走るのを感じる。

 私服で髪を下ろしていると妙齢の眼鏡イケメンになる高峰リーダーが、眉間にくっきりと皺を寄せて目の前で唸っている。薄く細められた目に左端だけ持ち上げられた口元。綺麗な顔だけあって厳しい顔をしていると、世にも恐ろしい形相になる。背中から真っ黒の炎が上がったかと思うほどの迫力で、正直なところ、私は泣くかと思ったくらいにびびっていた。

「平野か。・・・それ、一応聞くけどレイプじゃないんだな?」

 返答次第では刃物も持ち出しそうな雰囲気だった。なにせ各種刃物が揃っている職場だ。私は両手をブンブンと振って懸命に否定する。

「ええ、はいはい、勿論違います!違いますっ!そんなことはないんですー!」

「ってことは合意か。それはそれでイライラすんな」

 リーダーの目が、メガネの奥で更に細くなった。

 ひょええええ〜っ!一体どう話せば私は墓穴を掘るのをやめることが出来るのだろうか!過呼吸になるかもしれない、そう思えるほどに緊張して浅い呼吸をしていたら、高峰リーダーが舌打ちをした。

「どうせ藤が病気で気が弱くなってるところに漬け込まれたんだろう。くそ、案外手が早いんだな、あいつ。そんなところまでマークつけるなんて、絶対わざとだろ」

 高峰リーダーは片手で髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回したあと、びびって泣きそうになっている私をちらっと見て、ふんと鼻を鳴らした。

「お前はそれでいいんだな?細かいことは知らねーけどどういうことであれ、あいつの彼女になるってことなんだな?」

 ・・・ええと、多分、はい。なんかそんな話にはなってましたけど。

 すぐに思ったのはそんな返事だけど、それを口にしたら今度はこの人、怒りのあまり口から火をはくかもしれない。芯が真面目な人なのだ。出刃包丁くらい投げてくるかもしれない。冗談じゃなくそう思ったので、私は体を引きつつ頷いた。

「はい」

 くそ、もう一度そう罵って、高峰リーダーは深くて重いため息をつく。それから肩も頭もゆっくりと回して体の力を抜くと、不機嫌な声で言った。

「なら仕方ねーや。うかうかしてた俺が悪い。しかし何て新年だよ、全く!」

 何ともいえなくて、私は突っ立っていた。っていうか、本当に、ほんと〜うに、私に好意をもっていたってこと!?怒ってるってことはそうなの、マジで!?

「えっと・・・あの、リーダー。多分気の迷いですよ、本気で私に・・・私を気に入ってたってことはないでしょ?」

 恐る恐るそう言った私をぎろりと睨みつけて、リーダーはぎゃあぎゃあ喚く。

「何でそこから疑ってるんだよお前は!俺は馬鹿じゃねーぞ、自分の気持ちくらいわかるっつーの!」

「いやいや、お、落ち着きましょう、リーダー。それは多分、普段接する独身女子が私だけだったからですよ。だから――――――」

「そうだとしても、だ!」

 バン!とリーダーが机を手で叩いて私の体はびくっと跳ねる。

「それでも、好きだって気持ちに嘘なんてねーだろ?」

 その言葉に私は反省した。私だって人を好きになり、思いつめた経験があるのに、って。

「ああ〜、目の前でご馳走を下げられた気分だぜ。今まであんな〜に時間があったのにな〜。何してたんだ俺は」

 リーダーはブツブツと文句を言いながらイライラを発散するかのように事務所を歩き回っていたけれど、やがて私にこう言った。

「・・・藤、朝からビビらせて悪かったな。もう他もくるだろうから、準備してくれ。俺も普通に戻るように努力する」

「あの・・・はい!」

 指示が有難かった。私はコートを手早く脱ぐと、棚に私物を置いてエプロンをひっつかむ。そこで後ろからリーダーの声が追いかけてきた。

「藤、もしも、な」

 え?まだ何か?そう思って恐々振り返った私に、眉間に皺を寄せたままの高峰リーダーが言った。

「もし、平野に泣かされたら・・・言えよ。俺が天罰を与えてやる。うちの社員に何すんだって」

 私はリーダーをじっと見た。不機嫌な顔で今にも唸りそうだけど、その一瞬で優しさが伝わって来たのだ。上司としての線引きを、今、したのだろう。この人は今、自分の立場を明確にしたのだ。それが判って、ぐっと胸にくるものがあった。

「・・・はい。有難うございます」

 私はそう言って頭を下げると、倉庫へとダッシュした。電気をつけて倉庫の鏡でリーダーに指さされたところを確かめる。確かに、たしか〜にそこにはアザのようなものがあった。そこだけでなく、よく見ればデコルテラインにもぽつぽつと!

「・・・マージで!?」

 自宅のシャワールームでは小さな鏡しかないし、洗面所なんてものはない。化粧はほとんどしてないしで、私はそんなことには全然気がついていなかったのだ。

「ちょっとちょっと〜!これは・・・これはヤバイでしょ〜!!」

 泣き言だ。恥かしいし、他の皆にもそれがわかってしまうなんてご免だった。あ、この子もしかして、って!手でごしごしとこすってみるけれど痕は消えず、私はその場で地団駄を踏む。平野〜!!何してくれるんだああああ〜!!

 あれか!?あの餅を焼いている時に吸い付かれたあれなのか!?うおおおお〜っ!

「もう!全く〜!」

 今日着ている服はいつも冬に着ているタートルネックではない。エプロンでも隠せないし、これは本気でやばいかもしれない。そう思って、私は奥の手を使うことにした。

 もう涙目だったけど、泣いてる暇などない。

 去年事務所に置きっぱなしだった化粧道具が入っているポーチを取ってきて、エプロンで隠れない場所のキスマークにファンデを塗りたくった。完全には消えないのもあったけれど、ちょっとはマシになる。これで今日はどうにかするしかない。だけど首筋にファンデがついているのに顔がスッピンではやっぱりおかしい。ということで、化粧までするはめになる。

 何で朝からこんなに疲れてるのよ、私・・・。

 何とか形にして、はあ、と息をはいたところで、他のメンバーが出勤してきたのが声で判った。

 おめでとうございます〜!と高い声が聞こえるのは、パートさん達がリーダーに挨拶をしているからだろう。私も行かなくちゃ。

 髪の毛をゆるめにまとめて帽子でとめ、エプロンを着て鏡で最後のチェックをする。それから各種包丁が入った木箱を持って、私も作業場へと出て行った。

 新年から苦虫を噛み潰したような顔してるわよ、どうしたの、リーダー、と前園さんに聞かれたけれど、私は答えることなど出来ない。だからへらっと笑っておいた。

「千明ちゃん珍しい、今日はお化粧してるのね!」

「やっぱり初出だから気合入れたの?そういえば風邪は大丈夫?」

 パートさん達が次々に聞いてくれる質問が、一々耳に突き刺さって痛い。私はほうほうの体でさっさと逃げ出した。

 平野が出勤してきたとき、高峰リーダーの視線はかなりきつかったけれど、上手に普通に接していた。私はそれを見て、さすが大人だなあ〜と安心する。これがオンとオフの切り替えってことなのかな。それに平野も私に特に親しげな態度は見せなかったのだ。会った視線は柔らかかったけれど、それ以外は見事に今まで通りの平野で、無言で、黙々と作業をしていた。だからリーダー以外のメンバーには、誰にも気づかれなかったと思う。平野と私がカップルになったってことを。

 あまりにもヤツが普通なので、私でさえもあれは夢だったのではないか、と思ったほどだ。

 ・・・ああ、やれやれ。

 気詰まりで死ぬかと思ったけれど、これだったら大丈夫。そう思って私の緊張が取れたのは、もう昼も近くなってからだった。




 自分の作品をもう一度最初から読み直してみたその夜、私は一つの決定をした。

 もう一つ、二人の絆を強める何かが必要だ、と思ったのだ。今のままでは、何と言うか――――――――

「・・・軽い。うん、軽いわよね」

 何度もそう言いながら、私は部屋の中をうろうろと歩き回る。あと一つ、何かの出来事を挟みたい。そうすればきっと主人公の美春の気持ちだってかたまるはずだ。今は俺様系のヒーロー隼人に頼りきっている状態だけど、やっぱり現代日本の成人女性がそれではいけないし・・・。

 久しぶりの休日だった。

 年があけてからも、松の内までは飲食業界は忙しい。担当するすべての店舗が休み返上で頑張っていたせいで、その串の仕込みをしている私達もフル回転だった。毎日毎日銀色のバットと半氷の生肉と切れない包丁に囲まれて、いい加減にうんざりしていた。

 10日間の連続出勤。パートさん達はそれでも3日に1日の休みが義務付けられていたけれど、リーダーと田内さん、それに私の社員の3人は有無をいわさず、それに暇で稼ぎたい大学生である平野は自主的に、休みナシの連続勤務だったのだ。

 途中、弱音もしくは苦情を吐いた回数は、私が10回、田内さんは3回、高峰リーダーなど20回は言っていた。責任者が一番文句たらたらだったわけで、それは職場の士気を下げまくっていた。だけどその原因の中に私が平野と付き合いだしたこと、も、あると知っている私は(何せリーダー本人にそういわれましたから)、諌めることも出来なかった。

 そして1月の14日、私は今日ようやく休みが取れたのだ!昨日から順番で社員も休めるようになり、今日は私の番。年が明けてからぶっ通しで仕事をしていたのと、それでも時間がある夜は平野と会ったりしていたので、小説サイトで書いている作品はやっぱり止まったままだったのだ。

 それで昨日の夜、ようやく明日は休みだ、と思ってサイトにいき、ハタと止まった。あまりに時間が空きすぎて、流れを思い出せないのだ。それでとにかく読みなおすことにして、今朝の10時、準備の整った私はまだ部屋の中をうろうろしているってわけ。

「何か・・・イベントイベント。これで終わりじゃなくて、もう一個何か・・・」

 ブツブツと独り言は続く。

 自分が憧れていた他部署の格好いい上司との恋という、ベスト・オブ・王道のお話。それに私らしいエッセンスを足していかなきゃならない。もう一つ何か、二人を試すようなものを。

 ううーん・・・。自然でいて、必要に思えること・・・何か。

 丁度目についた壁のカレンダーを眺めていて、私はふ、と思いついた。

「そうだー!」

 アイディアの降臨だ!早速パソコンへと向かい、キーボードをマシンガンのように打ち始めた。

 平野が付き合う宣言をしてからというもの、彼は私の作品に意見を言わなくなった。もしかしたら読んでないのかも。だって書いている私がこれだけ忙しいのだから、ヤツだって忙しいはずだ。それにそもそもずっと更新はストップしていたし、時間があるときは、仕事帰りに平野はここへとやってくるのだ。





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