言いながら、それが本当の気がしてきた。職場マジックなのだ。多忙で、プライベートでの出会いがない場合、成人男女が一緒に働いていると恋愛感情が産まれてしまうのは仕方のない、当然のことではないだろうか?独身で適齢期の女子が私しかいないのだから、そうなるのは当然と言えば当然だ。ということは、あんなに混乱して動揺することなどなかったのでは?普通にして放置しておけば、二人ともいつの間にやら興味を失って他の女の子のほうへ行くのではないのか?

 平野はそのうちにいなくなり、日常が戻った作業場ではリーダーの熱だって冷めるだろう、って。

 ドン、とグラスをテーブルに置いて、仁美が片眉を上げる。

「そう思ってるならもっと悩む必要はないでしょ!?もう、面倒くさいわね、ごちゃごちゃと!いいわ!あたしの彼の友達を紹介するから、千明、とにかくその男と会いなさいよ!それで職場のエプロンの男共なんて忘れられるでしょ!」

「え」

 私がぽかんとしていると、隣で梓がはしゃいで手を叩く。

「それがいいわ〜!いいじゃん千明!仁美の彼氏の友達なんて、恐らくかなりランクも高いよー!」

「秋に彼女と別れたばかりの男がいるの。あの人なら、千明のことも大切にしてくれると思う。タカシから話を聞く限りじゃ性格も顔も悪くなさそうだし」

「え、あの、いやいや」

 私は慌てて両手を振っているけれど、酔っ払った友達二人はその気満々になってしまって、勝手に話を進めだした。

「いいよそんなの!ご迷惑でしょ彼氏さんにも!ちょっと聞いてる、仁美?」

「今からタカシに電話するね!ちょっと待ってて〜」

「いや、だから―――――」

「大丈夫よ千明!タカシはまだ起きてると思うから!」

 そんなことは聞いちゃいないのだ!だけどそう言って仁美は席を立ってしまうし、梓はいいぞー!なんて叫んでいる。私は一人で、え!?って言い続けていたけれど、あれよあれよとしている内に話はまとまってしまった。

 ・・・頼んでないんですけど。男を紹介して、なんて一言も。

 でもそういうことになってしまい、私は久しぶりの休みである今週の土曜日(つまり明後日)、仁美と仁美の彼氏とその友達の男性と、ダブルデートをすることになってしまったのだった。

 遊園地に行こうよ、寒いから、体を動かすところにしないとね!そう言って仁美がはしゃいでいる。私はぽかんと口をあけて、大いに盛り上がる女友達二人を眺めていた。

 恐るべし、女友達。それも、行動力があって恋愛経験が豊富で、自らを肉食女子と呼ぶような女友達。・・・大変だー!!



 立派な二日酔いになってしまった。

 クリスマスの25日の朝、私はヨロヨロと起きて、コップに4杯の冷水を飲む。それから頭痛薬を飲んで、スープとパンだけの簡単な朝食を済ませる。

 飲みすぎ?だけど二日酔いにはこれが効くのだ。大量に水分をとってトイレに通い、さっさと体の中から出してしまうべし。

 ・・・げーろげろ。今日も出勤なんですけど。ってか昨日どうやって帰ってきたか記憶が定かでないんですけど。ううう・・・頭いたーい。サンタさーん、私に二日酔いが一瞬で治るドリンクを下さい・・・。

「泣きそう・・・」

 呟けど、間違いなく飲みすぎたのは私だ。カクテルとビールとワインのちゃんぽんで、そりゃあ酔わない人間などいないだろう。下手したら急性アルコール中毒で死ぬ人だっているかもしれない。

「ううう〜・・・私もう2度とお酒なんか飲まない〜・・・」

 酒臭い体に辟易しながら、1センチ動かすと強烈に痛む頭を抱える。それでも時間がくれば出勤するしかない。梓も今日は仕事だったはずだけど、やっぱりあの子はシャキッとして会社にいくんだろうなあ〜と考える。スーツをびしっと着て、綺麗に化粧して、高いヒールで。二日酔いの酒臭さじゃなくて控えめにつけた香水の香りがしているんだろう。

 それに比べて、私ってどうよ・・・。

 人と比べて一々凹んでいても仕方がない。ノロノロと準備をして、駅へと向かった。作業場につくころには寒さもあって大分マシになってはいたけれど、おはよーございますーとぼそぼとと言いながらドアを開けたら、丁度目の前に立っていた高峰リーダーが、う!と叫んだ。

「藤、何だよすんげー酒くさいぞっ!」

 顔を顰めている。私は面倒臭くて頭も痛いので、すみませんと呟くだけにして、タイムカードを押しによろよろと歩いていく。

「二日酔いか?それで包丁持てるのか?」

 腕組をして眉間に皺をよせたリーダーが、私を見ながら言った。作業場にいた浜口さんと前園さん、それに平野がこっちをみている。その時出勤してきた田内さんが、私のあとからタイムカードを押しながら言った。

「リーダー、仕方ないですよ、昨日はイブですからね」

 え?という空気が作業場に広がった(ような気がした)。

「そうよ、クリスマスイブだもの!千明ちゃんも誰かとパーティーしたのよねー」

 前園さんが楽しそうに言って、昨日自宅でしたクリスマスディナーを詳細に話し始める。エプロンを取りに離れた田内さんと、昨日の食卓について盛り上がっているパートさん達はすぐに私の二日酔いには興味を失ったようだったけれど、リーダーと平野はまだ私を見ていた。

 ダルすぎる体を何とか立たせながらエプロンをつけていると、冷蔵庫へと肉を取りに行くついで、のように通りかかった平野が言った。

「昨日だったんだな、言ってた用事。その様子だと終電帰り?」

 私はちらっと平野を見たけれど、返事はしなかった。それを見ていた高峰リーダーが、えらく低い声で言う。

「今日も仕事なのは判ってただろ?包丁握るのに、二日酔いじゃ困るぞ」

「すみません」

「飲みに行ってたのか?」

「はい」

 平野はまだそこに突っ立って、私と高峰リーダーの会話を聞いている。私は片手をパッパと振って、早く行けとジェスチャーで示した。平野はヒョイと肩をすくめて歩き出す。

 腕を組んで険しい顔したままのリーダーが、一つため息をついた。

「気持ち悪くなったら吐く前に言ってくれ。手元は十分気をつけて仕込みすること。いいな?」

 返事をする代わりに私は片手を上げて頷く。仕事に支障が出るのは社員としては失格だ。私は申し訳ない気持ちで頭を垂れる。するとリーダーはちょっと近寄って、小声でボソッと聞いた。

「・・・飲みに行ってたのって、平野とじゃあないんだな?」

 私はビックリして顔を上げる。その瞬間頭がくら〜っときたけれど、何とか耐えて手を振りながら言った。

「え?違いますよ、まさか!」

「でも誘われたんだ?さっきの言葉からすると」

「え?えーっと・・・うーんと・・・」

「どっちなんだよ!」

 リーダーの切れ長の目がメガネの奥できりりと上へ釣りあがった。

「さ、誘われましたけど、断りました」

 どうして責められなければならないのだ!私は憂鬱すぎる気分で渋々そう答える。

 するとリーダーは険しい顔を消して、にやりと笑った。

「相手があいつだと思うとムカつくんだよ。俺が誘わなかったから先を越されたんじゃねーかって。でも誘ったけど断られたならそれでいい」

「――――――」

 え。

 ・・・誘うって、クリスマスディナーを?リーダーが、私を食事に?

 リーダーは更に一歩近づいて、小声で言った。

「悩んだんだけど、このクソ忙しい時だろ?毎日帰って倒れてるからさ、そんな元気が俺なくて」

「はあ」

「でも藤、暇になったら、ご飯いかないか?」

「は?」

 二日酔いを忘れて驚く私を見て、リーダーは頭をぽりぽりとかいた。

「職場でこれって不適切?パワハラにならないように誘うのって難しいな。命令すんのは簡単だけどさ」

 ・・・いやいや、命令はダメでしょ、リーダー!

 驚きのあまりの馬鹿面でリーダーを見詰める私の肩をぽんぽんと叩いて、いつもの顔に戻ったリーダーが無造作に言った。

「明日お前休みだったよな?だからとにかく、危ない今日だけは手元に気をつけてくれ。で、繁忙期は二日酔いにならない程度に飲むこと!いいか?」

 私はまだ驚きの中にいたので、コクコクと頷く。よし、とリーダーは頷いて、手を洗いにいってしまった。私は呆然として、帽子を手の中でぐちゃぐちゃにしていることにも気がつかなかった。

 えー・・・まさか、そんな・・・。マジで、リーダーは私を恋愛対象の女の子と思ってるってこと?それともただ単に平野が私に近くのが気に入らないってだけ?・・・さっきの言葉では、そのどっちとも取れるんですけど・・・。

 ぐらぐらぐら。頭痛はマシになってきたけれど、体のだるさと気持ち悪さはいかんともし難い。こんな時にまた面倒臭い問題ぶつけるのやめてよ、ほんと。

 だけどその日はあまり混乱した頭で考え込まずに済んだ。

 私は戦うべきは対応の仕方が判らない男二人ではなくて、二日酔いだったからだ。


 終業真際、やたらと私の近くをウロウロする平野と、それをじいーっと見ているリーダーを避けるために、私は浜口さんの腕をとって、自分も用事があるかのようにスーパーまで着いていく。そうやってやり過ごし、無事に自分の部屋へと帰宅した。

 帰ると力が抜けてへなへなと床に座り込んでしまったほどだ。

「・・・ああ、疲れた」

 今日は晩酌はやめておこう。そう決めて、何とか立ち上がったところでスマホが振動した。

 開けると仁美からのメール。明日のダブルデートの待ち合わせ場所の連絡と、明日着ていくつもりの服装を写真で撮ってメールで送るように、という指示だった。

 ・・・えー・・・すっごく面倒臭いんですけどー・・・。この様子だと、仁美も二日酔いにはならなかったようだ。なんて奴らだ、底なしなの?モンスターガールズ・・・。

 ため息をついた。私の平穏な、考えることはご飯の献立だけだったあの日々は一体どこへ?今は職場の男二人と、明日会う新しい男一人のことについて頭を悩ましているなんて!

 ま、とりあえずこれは後回し、とスマホを放り投げる。私はコートを脱ぎ、鞄をおくとストーブをつけて、シャワーブースへと入る。

 あっついお湯を浴びる必要があるわ。そして、ちょっとはシャキッとしなくちゃ―――――――――






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