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「――――――で、何でなの?」
仁美は3杯目のサイドカーをカウンターに慎重においた上で、私に向き直って聞いた。
「何でご飯一緒に出来ないのよ?」
私は返事をしないままで仁美を見る。何でって・・・そりゃ、そりゃあ―――――――
12月24日、本日はクリスマスイブ。キリスト教では聖誕祭としてお祝いモードである日で、世界中のお祭りは何でも真似しちゃおうという精神が息づいているここ日本でも、今日は恋人達や家族でお祝いする夜とされている。
そこに彼が出張でいない仁美と、元から仕事上がりの予定が何もなかった私、付き合うか悩んでいる男の子とのデートよりこちらの方が面白いに決まっている、と予定を返上してきた梓の3人で、「とりあえず」と言いながら入ったバーのカウンターでの言葉だった。
イベント好きを豪語する仁美はガールズナイトの今夜もバッチリとおめかしをしてきていて、煌びやかかつゴージャスだった。金色のラメのついたブラックワンピースにシックなトレンチコートを羽織り、ブランドもののストールを大雑把に肩へかけている。ボリュームのあるふわふわの長い髪は背中に垂らしていて、バーのライトにあたってはキラキラと煌く。通り過ぎる男性が間違いなく全員、一度は彼女の全身を褒め称えるように見ていくのが面白かった。
その隣に、仕事帰りでお洒落っ気ゼロの私。白いジップアップパーカーの上に羽織ってきたのはスタジャンだし(温かいのよ!)、今やパーカーの袖もまくってしまっていて、長い髪は頭の上でお団子にまとめているし、化粧をほとんどしていない顔では同じ年には見えないだろうと思う。
そりゃあ私だって一応いつもよりはマシな格好をしているのだ。眉毛も描いてるし、マスカラだってしている。だけどそれは普段のスッピンの私を知っている人にしてみたら判る、という程度のことであって、久しぶりに女友達と飲むのにこれではダメだったかもしれない。二人に会ってからそれに気がついたのだ。
気合が、足りてないかも私、って!
そしてその二人の中間を上手にとったようなシックで上品な格好の梓。シンプルな黒いスーツ姿だけど、胸元の白いシャツはそれだけで私の全身のコーディネート代を越えるかも、と思うような上質なもの。ブラックスカートから伸びる足はすらりとしていて白く、8センチヒールを美しく履きこなしている。彼女も仕事帰りだけど、仕事が秘書なのでその点からして通勤着のレベルは確実に違っていた。控えめな化粧、だけどそれが実に巧みで、彼女のスッピンも知っている私が思うに美人度が3割増しになっている。
会った時に格好の違いで私は遠慮したほうがいいかも、と心底思ったのだけれども、女友達は二人とも両側から腕を引っ張って私を連れてきたのだった。その格好が、実に千明らしくていい、と連呼しながら。
そして今、仁美の話、梓の話が終わり、次は千明よ、最近どうなの?と聞かれたから答えた話題について、仁美から尋問を受けているってわけだ。
「そーの、高校時代に惚れてた男と再会したんでしょ?しかも今度はあっちからモーションかけてくれてるときてる。どうしてしないのよ、デート。いいじゃないのデートくらい。時間いくらでもあるでしょう?」
仁美が眉間に皺を寄せながらそう聞いた。デートくらいって・・・。私はぽかんとして彼女を見詰める。
「あのね、私だってそんな暇じゃないのよ」
彼女達は私の趣味を知らないから、時間があると思うのは仕方がないことなのかもしれない。一人暮らしで会社と自宅の往復だけだと思っているのだろう。・・・間違ってないけど。
一通りあったことを話しはしたけれど、公園で待ち伏せされた上にキスの講習を受けたことだけは話していない。そんなことを話してしまったら、次はホテルではどうだった?って聞かれそうだ。
そうよー、と梓もうんうんと頷いている。
「別にメガネ上司が好きじゃないんなら、その子と付き合ってみればいいじゃない?付き合ってダメだったらポイすればいいんだし」
「そうよね。でもメガネ上司、よく見たら美形だっていうなら、寝るだけ寝てみれば?あっちも独身なんでしょ?」
・・・簡単に言うね、君たちは。そしてそれ、結構な問題発言だと思うのだけれどね、仁美ちゃん。
私はすきっ腹に入れたスプモーニが効き出して、ふわふわと体が温まるのを感じながらそう思った。
「そんな気軽に上司と寝れるかっ!それに平野とだって、今なら私でいいの?じゃあそれで、ってわけにはいかないでしょ?振られたんだよ、あいつに!それもこっぱ微塵に!」
私がそう言うと、仁美が眉毛を上げながら言った。
「だから大学時代の千明は男から遠ざかっていたんでしょ、それは聞いたわよ。でも6年も前でしょ?お互いにほぼ違う人間になったと思えるくらいよ、あたし達の6年は!80歳や90歳のおばあちゃんじゃないのよ!」
「だけど今は別に好きじゃないのよ!避けてるのに近づいてくるから困ってるの」
「でもさ、元々タイプの男だったから好きだったんじゃないの〜?なら今回だって好きになれると思うけど」
仁美がそう言ってサイドカーを飲み干す。一体いつまでバータイムは続くのだ。お腹が空いたぞ。私は恨めしくそう思って、二人の腕を平等につつく。
「酔っ払う前にご飯に行こうよ。お腹空いて倒れそうなんだけど」
「仕方ないな、移動しましょうか。ここにはいい男はいないみたいだし」
梓がそう言って、優雅にスツールから滑り降りる。私は仰天したが、どうやら彼女たちはここで奢ってくれる男が現れるのを待っていたようだった。
会計をして外へと出ると、私はブツブツと文句を言う。
「あんた達彼氏がいるんじゃなかったの!?」
何だ奢ってくれる男って!そう思って噛み付くと、ネオンに髪をキラキラと反射させながら、仁美がおほほと笑う(本当におほほって言った!)。
「バーで一緒に寝るわけじゃあるまいし、素敵な女の子たちがいたら奢りますっていう男がいて、それを受けるのは悪いことじゃないでしょ〜」
「そう、にっこり笑ってありがとうって言えばいいの」
梓も同意する。私は目が点だ。何この人達・・・本当に同じ年?そして本当に私は彼女達の友達?いつのまに価値観が・・・。
「いやいや、あんた達ちょっとおかしいよ?」
「おかしいのは千明よ!青春を楽しみなさいよ、いつまでもチヤホヤはされないんだから」
こっちよ、と先導する仁美についていきながら、私は情けなく自分の姿を見下ろした。
「やっぱり私が居なかったほうが良かったんじゃ?キミタチ二人なら、きっとたくさん声がかかったと思うよ」
二人はケラケラと笑う。何言ってんの、千明ったら!って。
「やっぱりちょっと暗いわよね、感じが!どうやら本当に悩んでるみたいだし、仕方ないから全力で相談にのるわよ〜!折角のクリスマスイブだけど、仕方ないわ。あ、ここここ」
仁美がそういって地味な店のドアを開ける。だけど中身をみて驚いた。外見はすごく地味なのに、いや、ここはまだ昭和なのかって思えたくらいだったけれど、中身はえらくガーリーな作りになっている店だったのだ。外と中が全然違う。
ソファーや椅子は全てふわふわでもこもこのカバー類で覆われているし、壁の一面はショッキングピンクだった。照明が一つずつ違い、抑え目のライトアップで店中が浮き上がっているように見える。あちこちに置かれたクッションはハート型や星型で、小学生の女の子が漫画の世界で憧れるような部屋が再現されたような感じだった。使われている色は紫とピンク、それから白。
ザッツ・女の子!だ。
案内された席に座りながら、仁美が楽しそうに笑った。
「いいでしょ、ここ?ここには男なんてこないのよ。だからいくらでもガールズトークが出来るってもんだし、それにここの料理は美味しいの!」
梓も初めてだったようだけど、気に入ったように店内を見回している。
座ったソファーはふわふわの毛が敷き詰められており、立ちっぱなしで疲れていた私の体をふんわりと包み込む。
あまりにもラブリーな店内に、それだけでテンションが上がってしまった。おおおー!って。素敵だよ、ここ!って。それに、店内には確かに男性が一人も見当たらない。これは大いに楽しめそうだ、そう思った。
それなのに、そこからまだサプライズがあったのだ!
「じゃーん!千明、誕生日もうすぐでしょ、おめでと〜!!」
そう言って、仁美が店の人にお願いして置いてもらっていたらしいプレゼントが運ばれてきたのだ!今月の29日、年の瀬も押し詰まった頃にある私の誕生日を覚えていてくれた!
単純な私はえらく感動した。
「う、うわああ〜!マジ!?え、本当にいいの!?」
つい大声になってそう言いながら、可愛くラッピングされた箱を両手で受け取る。仁美も梓もニコニコして、折角だからお祝いもかねようと思ったの、と笑う。
「あけていい!?」
仁美が注文してくれている間に、私は梓とプレゼントをあける。そこにはシンプルだけど高価な装丁がされた鍵つきのノートと、ふわふわの毛がついたプリンセスモードのボールペンが。おおー!と叫ぶ私に、梓が優しく言う。
「千明、文章書くのが好きだったでしょ?だから日記張よ。ちゃんと鍵もかかるんだから。素敵な25歳の一年を、ここに書き記して」
「めっちゃ感動した〜・・・わーん、ありがとう〜!!」
貰った日記張を抱きしめてそういうと、注文を済ませた仁美が軽やかに笑う。
「良い出来事だけを書くのよ、千明。ハッピーな出来事だけを。そうしたら、あとで読み返した時にも自分が幸せなんだってよく判るから!」
わかった!そう言って、私は頷いた。とても嬉しかった。まさかこんなプレゼントを貰えるとは思ってなくて、心の底から女友達に感謝をする。ああ、有難いなあ、って。涙まで出るかと思った。
その時点で8時過ぎ。そこから終電までは、本当によく喋った。仁美が言うようにその店の創作イタリアンはとても美味しくて、だけど喋りながらなので何を食べたかよく判らないような状態で、ガンガンお皿を空にしていく。梓もリラックスしてスーツを脱ぎ、色気満載の微笑みで楽しそうにしていたし、私達は3人で大いに盛り上がったと言える。
そして私はこの夜、大いに学習してしまったのだ!
世間の言う肉食女子って、こういう人達をいうのだなあ!って。
基本的に、結婚していなかったらフリーであると宣言し、チャンスがあれば生理的に無理って人以外とは寝てみるのだって。そんでそんで、1に体の相性、2に価値観の相違、3に相手の優しさで判断をして、付き合うかどうかを決めるらしい。
「だって顔や雰囲気はあたし好みにいくらでも変えられるもの。でも体の相性だけはダメよ〜、どうしたっていいものはいいし、無理なものは無理だから。体さえぴったりなら、喧嘩したってエッチしちゃえばまたラブラブに戻るんだし」
そんなことをさらっと言ってのける。
なんだってー!!だった。私は二人の女友達の言うことに目を白黒させながら、身を乗り出してカクテルを飲みまくる。ってか経験ないから相性なるものがどういうものかが判らないんだけど、でもとにかく大変勉強になります!そんな感じだった。
「と、いうわけで、千明!」
「へ、はい?」
急に話を振られてびくっと体がソファーの上で跳ねた。
仁美は酔っ払って艶やかになった瞳でじいっと私を見詰めながら言う。
「あんたは、もう一度同じ相手に振られるのが嫌なのよ、多分!だから今度は近づかないでおこうって防衛をしてるわけでしょ、多分!でもさ、こう考えたらどお?昔は振られたけれど、今は興味をもたれてるのよ、それって、あんたが魅力的になったってことでしょ?」
そうよ!と梓も身を乗り出した。そのせいでずり上がったブラックスカートから、白い太ももが露になっている。うお!何て綺麗なんだ!そしてエロい・・・。私はついそれを観察してしまった。
「振られた男を振り向かせることに成功したってことでしょ!?もっと自信を持ちなさいよ!それって中々出来ないことなんだから!」
私は何とか梓の素敵な太ももから視線をひっぺがして、いやいや、と首を振った。
「違うと思うわ、それ。今、平野は大学生だけど、あとは卒業するだけで大学にはほとんど行ってないのよ。そんで、バイト先で既婚者でない女性は私だけ。知らない子じゃないし、暇だしでちょっかい出してるだけだと思う。うちの職場に仁美や梓みたいな女の子がいたら私なんか見向きもしないに違いない」
私は一度カクテルを飲んで喉を湿らせてから、更に言う。
「それに上司の高峰リーダーもよ。条件は同じなの。職場で会う女子は私しかいない。それにずっと自分が弄ってきた部下が、新しく入ってきたバイトに弄られるのが面白くないだけで、さほど私のことが好きなわけではないと思う」
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