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「シュガーは悪いやつじゃないけど、変わってるんだ。おねーさんが真面目な性格ならこいつと付き合うのはおすすめしないなー」
「え」
私は固まった。
いきなりどうしてこっちにふってくるのよ、話を!?仰天したままひきつった私を見て、男ども、ついでに市川さんも笑う。シュガー男がヒラヒラと手を振った。
「砂糖の人は無理だよ、だって会話にすらならないんだぜ。受け答えから考えてクソ真面目っぽいし」
「メグちゃんは」
カウンターの中で洗い物を済ませた市川さんが、ヒョイと口を出した。
「凄く真面目だよ。君は聞くところによるとえらく自由な男らしいね。自由恋愛主義とか?」
カウンターの席に座る男二人が、同時に面白そうな顔をした。
「・・・自由恋愛。と、いうか。女の子は皆好きだよ。柔らかくていい匂いがして気持ちいいから。その中の一人を自分だけのものにしたいとか、オレは思わないってだけ」
シュガーがそう言うと、友達が頷いた。
「こいつは昔からそうなんですよ。自分の欲しいものがハッキリしてるっていうか。女の子といちゃいちゃするのは好きだけど、心は欲しくない、そんな言い方するんです」
それから付け加えた。
「オレには判らねーけど。自分は好きな人と結婚できて嬉しいって思ってるんで」
市川さんが友達の方をみて微笑んだ。シュガーはケラケラと嬉しそうに笑って椅子にだれてもたれかかる。
「やりたいことだけやるんだよ。オレは今はそれでハッピーだね〜。友達は多い、恋人はいない。海が好きだし、漁はたまに苦痛だけどそれはそれでアリだと思ってる。砂糖の人はオレとは違うだろうな。海にきて、あんな面白くなさげな顔して浮いてるのはこの人くらいだよ」
シュガーがそういうと、そういえばと友達が聞いた。
「さっきから何でおねーさんのこと砂糖の人って呼んで――――――――」
その時、店の入口のドアベルが鳴った。
ハッとして振り返って、私は叫ぶ。
「いらっしゃいませ!」
新しいお客様だ!そういえば、シュガー達ばかりに注目していたけれど駐車場には大きなバイクが数台停まっている。ツーリングの途中の客らしい。私は慌ててふきんをカウンターに戻し、そこで気がついた。
市川さんの声が聞こえなかったってことを。
いつもなら、私のいらっしゃいませ、のあとに続く声が―――――――
わらわらと5人のライダー達が店に入ってきて、ほどほどに冷やされた空気に歓声を上げている。その集団の真ん中に立つ男性を見詰めて、市川さんが微かに笑っていた。
ライダー達が席につく中、一人だけが立ったままでこちらを見ている。短い黒髪に中肉中背、見えている上半身はあまり日焼けしていない。愛嬌のある、可愛らしい顔だ。ライダースーツを腰元まで脱いで立つその人が、片手にヘルメットを抱えたままでひょいと片手を上げた。
「よお、久しぶり」
その人は市川さんのことをサトと呼んだ。
私とカウンターに並んで座る地元の男達が見ている中、市川さんはスタスタと歩いて行って、懐かしいなと挨拶していた。
私はそこでやっと気がついて、急いで人数分の水とおしぼりを用意する。ここにいる唯一の存在理由なのに、ちゃんと動かなかったら申し訳ない!
だけどそれを無事にライダー達に届け、全員の注文を聞いてカウンターに戻ってくる頃には、市川さんはいつもの優しい雰囲気に戻っていた。あの一瞬、何かいつもと違ったけれど・・・。
今までだって市川さんの友達や知り合いが店に来たことは勿論ある。その時は嬉しそうに元気な声で対応して、私を紹介してくれたりもした。店はもうしめるって言って椅子を持って行って会話に参加していたり。皆で店に泊まっていけよって大声で誘ったり。
だけど―――――――今日きた「久しぶりな人」は、ちょっと違ったみたい。
何だろう。そういえば私、市川さんが苗字や苗字から考えられたあだ名以外で呼ばれるのも初めて聞いたな。サトってどういう名前からの略なんだろう。さとあきとか、さとしとか?さとしなら略さないか・・・ううむ。
だけど5人分の注文をさばいている市川さんにそんなことを聞く余裕はないし、モヤモヤするままで灰皿を運んだりしていた。
カウンターのシュガー達は二人でダラダラと喋っている。時折視線を感じるからまた私のことを話題にしているのかもしれない。・・・ううう、嫌だ。自由恋愛の人とも既婚者とも何を話していいのか判らない。だから出来るだけ、カウンターには近づかないようにしよう。
そう思ったのに、無理だった。
注文を全て作ってしまうと、メグちゃんはいいよ、と言った市川さんが全部一人で運んでしまったのだ。
「折角知り合いになったんだから、彼らと話したら?」
居場所がなくてウロウロしている私に、市川さんが笑いながらそう言った。
「いやいやいや、でも、だって!」
「そんなに構えずに。悪い子達ではなさそうだしさ。多分、とって食われやしないよ。気持ちをしっかり持ってたら大丈夫」
「ええ!?でもあの、市川さ――――――」
にっこり。市川さんは大きく微笑んで、知り合いらしい、サトと呼びかけた男の人のテーブルへと近づいていってしまった。
いつまでもそれを凝視しているわけにもいかず、仕方なく私は向き直ってカウンターへ入る。ちらっとみたら二人ともの水がなくなっていたので、ピッチャーを取り上げて足していった。
「メグ」
シュガー男がそう呼んだから、私は口をへの字に曲げる。
「呼び捨てやめて下さい」
「だってそれが名前なんだろ。コーラお代わり」
「オレも。シュガーの無礼は慣れるしかないよ、おねーさん。最初は、は?って思ってもこいつの愛嬌には結局巻き込まれる運命にあるんだし」
運命!そりゃあえらく大きな言葉が出てきたものだ。
私はため息を飲み込んで、淡々と動いた。グラスに氷を足し、コーラを注ぐ。滴を拭いてカウンターの上へ。男達はそれぞれ腕を伸ばして取った。
「あんた変わってるからさ、興味あるんだよ。一体何しにここに来たんだ?」
ストローを横へ退けてシュガーが私を覗き込む。顔が赤面するのを感じた。このあけすけな視線は本当、なんとかならないかな!
私は無意識にカウンターの中にある砂糖壷へと手を伸ばす。
欲しい、甘さが。口中を満たし、頭に突き刺さるようなあの甘さが。
「・・・だから、お手伝いです。夏の間の」
「ふーん。あの店長さんの親戚かなんか?」
「違いますけど」
「ここ、別に人手は要らなさそうだけど?」
「忙しい時もありますよ」
シュガー男があれこれ話しかけてくる。私はスプーンを取り出してそっと砂糖を掬う。カウンターの上は高くなっているので、向こう側に座る客には中にいる人間の手許は見えなくなっている。だけど、シュガー男はパッと身を乗り出して、私が口へと突っ込んだスプーンの中身をガン見した。
「え、あんた砂糖食ってんの!?」
・・・オー・マイ・ガー。バレた。一瞬目を閉じたけれど、ふんとそっぽをむいてやる。別にこの人に咎められることではないんだし。
だけど私が無視していると、ヤツは前で大仰に騒ぎだした。
「砂糖直接食って大丈夫か!?何か飲み物を飲んでるわけじゃねーし・・・うわー、マジで?しかも結構な量じゃなかった?ってかもしかして、あの時も食べるための砂糖探してたわけ?」
シュガーの隣に座る友達も、ここに来て何度目かの呆れた顔をして私をじっと見る。ぎゃあぎゃあと騒ぐシュガーの横で、彼は静かな声で言った。
「それ、あんまりいい習慣じゃないと思う」
「・・・何か問題ですか」
大声でシュガーが叫んだ。
「そりゃ問題だろ!黒糖とかチョコレート食うのとはわけが違うだろ〜!甘くないの?」
「勿論甘いですよ」
何いってんだこの男、そう顔に大きく書いてやりたい。砂糖なんだから甘いに決まっている。私がぶすっとして言い返すと、シュガーは大きく仰け反った。
「じゃやめろよ!虫歯になるぞ!」
「あなたに関係ないです。それにそんなこといったらそちらが今飲んでるコーラだって、砂糖の塊ですよ」
「いやそりゃないけどさ!・・・ほんと変な人だな〜あんた」
うるせー。私が心の中で目の前の男を罵倒しだした時、友達はケータイを取り出して触っていた。そして急に振り返って、ばしっとシュガーの腕を叩く。
「わり、オレもう行かなきゃ。迎えの時間がやばいわ」
「あ、幼稚園?」
そう言って頷くと、シュガー男はコーラを一気に飲み始める。なんとこの友達には子供までいるのか!と驚いたままで、私は慌てて会計をはじめた。
お金は友達が全部出した。二人は椅子から立ち上がって、じゃあなーと入口へと歩いていく。
ああ、良かった、帰ってくれるんだ。私はホッとして二人を見送りに出る。これ以上砂糖のこととかで弄られたら爆発してしまうかもだった、そう思ったから彼らの後姿を見ながら肩から力を抜いていた。
「ありがとうございましたー」
一応、礼は言おう。色々むかついたけど、客は客だ。
ドアを開けると強烈な日光がぶつかってくる。だけど山間にあるだけあって、ここは常に気持ちの良い風が吹いている。ゆっくりと午後が深くなる時間に、通り抜ける風にあたると一瞬の幸せを感じる。
他のお客さんと同じように、時間がある時には見送って出るのが決まりだ。市川さんがライダー達の相手をしているので、私は地元の二人を送って店の外に出た。
すると友達のあとを追いながらボロボロの車へ向かっていたシュガーが、くるっと振り返った。
「あの人さ」
「はい?」
急に言葉をかけられて驚く。足を止めて、太陽の眩しさに顔をしかめているシュガーを見た。
「あの人、ここの店長。あのバイクの男の人が好きなんだな」
え?
私は目を見開く。何だって?
シュガーがニコニコと笑って頷いた。
「久しぶりに見たよ、ああいう人間の顔。後で、食い物美味しかったって店長さんに言っといてー」
「・・・あ、はい」
じゃあな〜、そう言うと片手をあげてのっしのっしと歩いていく。一度凄い音を響かせて、なにやら煙も大量に上げながらシュガーの車は国道へと出て行く。もう今にもエンジンが止まってしまいそうな風体だった。
――――――――――あの男の人が好きなんだな。
市川さんが?
私は一瞬混乱した頭で考えたけれど、すぐに、ああ、と納得した。そうだった、市川さんは男の人が恋愛対象なんだっておばあちゃんも言ってたっけ。
ライダー達が来店した時の、あの一瞬の変な雰囲気。それは、だからだったのだ。
市川さんが好きな人がお客さんで来た。それも懐かしい人らしい。市川さんの微妙な笑顔を思い出す。私はそっとガラス戸を振り返って、中を覗き込んだ。
他のライダー達と離れて座り、市川さんとその男の人は話しこんでいる。ここから見る限り市川さんは穏やかな表情だったし、相手の人もよく笑っているようだった。
安心して、ほう、とため息を零す。
市川さんは、あの男の人のことを私に話してくれるかな。
ちょっと考えたけれど、自分で頭を振った。
風が髪を揺らして通り過ぎて行く。私は階段下に立てかけてある箒を手に取って店の入口から土を払い落とすと、カウンター席を片付けに店へと戻った。
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