・シュガー来店・1


 その日の午後、2時を回って、店の砂利駐車場に一台のやたらと大きな車が入ってきた。

 ウッドデッキへと出入り出来る大きなガラス戸から見えるその車は、えらく平べったい上にボロボロで、塗装も剥げているし車体には凹凸があり、傷もたくさんついているようだった。

「わお」

 カウンターの中に置いてある椅子から腰を上げて、市川さんが呟いた。

「アメ車じゃん。えーらくボロボロだけど」

 アメ車ってアメリカで生産されてる自動車ってことだよね?私はつられてじっと駐車場の方を見ながらそう思った。

 しかし、強烈なボロさだわ。思わず感心してしまう。だって動くのそれ?って聞きたくなるような外見をしているのだ。実際に道から駐車場に入ってくるところを見ていたけれど、それでも「ああ動くんだ」と言いたくなるような外見。そして、かなり大きい。平べったくて大きい。見慣れないからつい目を見張ってしまう。

 そのボロボロの車のドアがパーンと音がしそうな勢いで開いて、男が二人、真夏の太陽に焼ける地面に降り立つ。その瞬間、私の口から言葉が漏れた。

「げ」

 市川さんが車と男達から私へと視線をむけたのが判った。静かな午後の店内で、他のお客さんは誰もいなかった。ついさっきまでいた旅行中の家族連れの楽しい雰囲気や会話なんかがまだ店内に残っているような感覚があって、私は結構機嫌もよく過ごしていたのに。

 ・・・あいつだ。

 太陽が一番強烈に輝くこの時間に眩しいばかりの光を浴びつつ車から降り立った男は、確かに見覚えがあった。

「市川さん、あの人ですあの人。海辺であった失礼なシュガー男です!」

「ああ、あれが」

 市川さんが頷いたとき、男達は店のドアまで辿り着いていた。

 二人がじいっと見詰める中、ドアを開けて夏の日差しから逃げ、おおー涼しい!と嬌声を上げる男達が、ニコニコと笑っている。

「いたいた砂糖の人!来たぞ〜」

「・・・いらっしゃいませ」

 シュガー男が大声でそう言いながら近づいてきたので、私は挨拶をしながらカウンターの中へと逃走する。

 マジで来たのか。何できたのだ!一体何しに?あうあう。

「俺ここ初めて入ったわ〜。案外広いんだなー。いつも前を車で通り過ぎるだけだもんな」

 シュガーの連れである若い男が、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いてくる。頼んでもないのに二人ともカウンター席に座って、どっかりと日に焼けた太い腕をカウンターに置いた。

 ・・・なんでここに座るのよ。デッキへ行け、デッキへ。

 私はつい胸の中で呪いの言葉を吐いてしまった。

「いらっしゃい」

 市川さんがいつもの笑顔で声をかける。汗だくで日に焼けた男達はこの店では珍しくない。だけど、微妙な知り合いになってしまっているシュガー男が目の前にいるのに、私は困惑してしまった。

「ビール!っていいたいけど今日はダメだよな、運転してるし。コーラで」

「オレも。あとこれ、チキンサンド」

 はーいと小さく呟いて水を出し、私は伝票に書き込む。カウンター席からシュガー男が偉そうな態度で私に言った。

「来るっていっただろ?しかも一人じゃなくて、友達まで連れて」

 だからどうした。そう思いながら、口先ではお礼を言った。

「ありがとーございまーす」

「何だよ全然嬉しそうじゃない言い方。あ、間違い犯す前に一応確認するけどさ、二人は夫婦か恋人?」

 私がぎょっとして振り返るのと、市川さんが首を振るのとか同時だった。

「いいや、俺がここの持ち主で、この子は夏の間のヘルプです」

 あ、良かった〜人妻だと大変だからさ〜ってシュガー男が笑う。私は冷や汗をかきながら更に奥へと一歩下がった。あんた、一体何するつもりなのよ!?

 コーラをトールグラスについで前から出しながら、市川さんが話しかける。

「あれって君の?ここら辺では珍しいね、アメ車」

「そう、オレの」

 ニカッとシュガーが笑う。

「何というか・・・廃車寸前って感じだけど」

「そう、修理に出そうと思ったらすんごい金額提示されたから、払えないし、もうのり潰そうと思って。まだ一応動くし。でもかっけーでしょ?クラシックコンバーチブル」

 シュガーはニコニコと喋っている。焼けて真っ黒のむき出しの肌は汗をかき、その全身で男臭さを醸し出していた。

 隣の友達がタバコを口にくわえながら笑う。

「コイツこんな田舎であんなデカいのに乗ってるから、大変なんすよ」

「大変?目立つのが?」

 市川さんがチキンサンドを手早く作りながら聞く。ライダー達に慣れているからか、突如現れた地元の若者にも全く動じてないようだった。私は何となく一歩ずつ後ろに下がりながら会話を聞いていた。

「違う違う。ほら、田舎なんで、道幅が狭いの!なのにあんなデカいから、皆迷惑してんです」

「迷惑言うな!オレはちゃんと挨拶してるぞ」

「そう、あれに乗ってる限り、常に手はあげっぱなしだな」

 店内に笑い声が響いた。その中には市川さんの声も混じっていて、男にしかわからない会話とやらが楽しかったらしい。

「ネットで買うの?ここらにはアメ車の販売店ないでしょう」

 市川さんがカウンターからサラダとサンドイッチを出しながら聞く。シュガーが首を振った。

「貰ったんだ。しがない漁師の持ち金じゃいくらボロくてもあんなの買えない」

「え、漁師?誰が?」

 つい、言葉を挟んでしまった。

 カウンターの客二人と店主が一斉にこっちを見たから、私はハッとして口を閉じる。・・・ああ、やばいやばい。折角目立たないようにしていたのに!だってあまりにも驚いたから!

 シュガーの隣に座った友達が、ニヤニヤしながら頷いた。

「判るよ、見えないんだろ、シュガーが漁師って。因みにオレも漁師ですよ。ここらのは皆幼馴染だけど、他所から来た人は大体仕事内容聞いたらビックリするもんな」

 市川さんが、カウンターに身を乗り出して言う。

「へぇ、そうなんだ。今日はお休みですか?」

「昼前に漁から戻ってきてそのあとでここへ」

「今はさほど多忙じゃない時期?」

「そうですね、今日もあまり良くなかったです。まだセンターでやることもあるけど、今日はそれも少ないからちょっと休憩ってなって」

 友達と市川さんが話し、私とシュガーは聞いていた。いや、正しくは、シュガー男は食べていた。

 驚きを露にしてしまったことはもう仕方がない。だから私は恐る恐る会話に参加した。

「だって、あのー、確か浮き輪に空気いれてましたよね?」

 漁師さんってのは、船で漁をしている人のことでしょ、浮き輪に空気いれている海の家の兄ちゃんじゃなくて。それにほぼ金髪といえるほどに焼けた髪や着ているものなどから、私の漁師に対するイメージでは全然ないのだ。ぜーんぜん。地元の年くったヤンキーかと思っていたくらい。まあ漁師の知り合いなんて今までいなかったのだから、何が一般的なのかと聞かれると詰まってしまうけれど。

 言いたいことは判ったらしい。チキンサンドを口いっぱいに入れながら、シュガーがもぐもぐと何かを言った。

「あれはバイトって言ってるんだよ。休日の手伝い」

 隣の友達が翻訳してくれる。

 休日のバイト?私は納得して、頷いた。地元の人なんだから、親戚とか実家の手伝いなのかも。そうか、そういうことは有り得るよねえ普通に、って思ったのだ。謎の男から、一気に現実味溢れる若者に変身した感じだった。

「ここらじゃ他に仕事なんてないんだよ。代々の漁師、それが男の仕事。役所に入れるほど頭がよくないし、都会に行きたいとも思わないしってなりゃあ親の仕事をつぐしかない」

 ペラペラと友達が喋った。私は無意識で頷く。そうなんだろうって思ったのだ。ここら辺では、それが一般的な人生の進み方なのだろうって。

 私が育った場所とは違う。物事の当たり前も、人生も。通りを歩く人影はほとんどなく、真夏の路地裏を太陽だけが存在して焼いている感じ。そんな静かで人気のない田舎の海辺なのだ。

 それにしても、とその友達が私をじろじろと見だす。

 ・・・な、何よ。そのあけすけな視線にたじろいで、私は思わずふきんを握り締めた。

「シュガーがえらく遠くの茶店行こうっていうから着いてきたら、理由が他所から来た女の子だとはねー。おねーさんイントネーションが違うし控えめだよね、どこから来たの?」

 仲良くする気はなかったから、私はぶすっとして答える。

「・・・東の方です」

「なんじゃそりゃ」

 友達が呆れた顔をした。その隣でコーラを飲みながら、シュガーがゲラゲラと笑っている。

「東のどこ?」

「教えません。名前も教えません」

 口をへの字にして答える私に更に呆れた視線を投げたあと、シュガー男の友達はにやりと笑う。

「名前は何となくわかるけど。めぐみとかそんなのでしょ?さっき店長さんがメグちゃんって呼んでたし」

 あう。

 ちらりと市川さんを見ると肩をすくめている。

「ダメなんだよ、この砂糖の人には何言っても言葉が通じないの。オレが言うのもなんだけど、ちょっと変わってるよな。海にも一人で来て泳ぐでもなし浮かんでるだけ。何話しかけてもちっとも喋らないし」

「あ、海で会ったんだ?それでお前の浮き輪の空気いれを知ってるのか!」

「そう。別の日も莉子としけこんでたら会ってさ」

 本人を目の前にして二人でベラベラと喋っている。市川さんは苦笑しつつも彼らを観察しているようだったし、私は身の置き所がなくて居た堪れなかった。

 莉子っていうのは、きっとあの時イチャイチャしていた女の子なのだろう。

 友達がにやっと笑った。

「お前今度は莉子に手え出したの?親父さんにバレねーようにしろよ。海に沈められっぞ。豊饒丸に穴を開けるくらいのこと、あの人なら有り得るぞ」

「だいじょーぶ。舌いれただけだよ。何も妊娠させたわけじゃないし」

 露骨な会話だ。言ってることの意味が判ってしまって更に居心地悪くなったけれど、どうやらあの女の子のお父さんは厳しい人らしいと判った。・・・バレてしまえ。そして天罰を受けたらいいのだ!豊饒丸というのがこの男の船なのだろうから、何なら解体してもらえ。

 シュガーが体を完全に横へとむけて言う。

「お前はよく結婚なんてしたよなー、ほんとびっくりだわ。結婚って気持ちいいのか?」

「気持ちいいって何だよそりゃ。オレはいいんだよ、ほっとけ。それよりシュガー、お前はそろそろ落ち着けって思うぞ。ね、おねーさん」

 友達が、急にくるりと私を向いてにっこりと笑った。





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