2、真似っ子ヒナちゃん@
最初の変化は外見だった。
田中さんが入社してうちのチームに配属になり、6日ほど経ったある日のことだ。彼女、颯爽とオフィスに入ってきたと思ったら、チームのメンバーが集まる机の前でくるりと一回転をして笑顔で言ったのだ。
「どうですか?イメチェンです!」
皆が同時に顔を上げた。
そこには確かに田中さん。だけど、すっかり外見の変わった彼女が立っていたのだ。
会社が入るビルの大きなピクチャーウィンドウから入ってくる太陽の光で、ふんわりと微笑む彼女はキラキラと輝いている。髪は肩すれすれの長さで緩くパーマがかかっていて、真っ黒だった髪色がハニーベージュに変わっていたのだった。同じなのは、相変わらずツヤツヤってことだけ。
「・・・おおー!」
チーム全員ではもってしまった。
昨日までの「新人研修にいらっしゃったのかしら?」なお嬢さんはどこへ消えた〜!?って感じだ。
いきなりドカンと垢抜けた。それに・・・多少、化粧も変えてるのかも。昨日より頬紅がハッキリしている。それに、唇の色も。もうちょっとピンクよりだったと記憶している。今朝の彼女は私が好む、赤いグロスを重ね塗りしているようだった。
あらあら、ラブリー!
私はにっこりと微笑んで、さっきまで攻撃の対象だった亀山の頭から書類を挟んだバインダーを下ろして言った。
「素敵じゃない、田中さん!明るくなって、とてもいい感じよ〜!」
うふふと嬉しそうに彼女は笑う。田島君も、前のもいいけど今の方がウチの会社にはあってるよ、と言い、サポートの牛田辺さんも似合ってるわね、とニコニコしている。
その時、私の隣、というか下、というかの場所で椅子にだら〜っともたれている亀山がぼそっと言った。
「・・・何か、梅沢がもう一人になったかんじだな」
あ!?それはどういう意味で言ってんの!?売られた喧嘩は買うわよコラと半眼で威嚇する私の後ろで、田中さんは更に嬉しそうな声で言った。
「あ、判りますかあ〜?わたし、梅沢さんみたいにしたかったんです〜」
「へぇ、そうなの?」
牛田辺さんが首を傾げると、田中さんははい!と元気よく弾んで言う。
「素敵だな〜格好いいなあ〜って入社の時に思ったんです!それで、わたしも外見を明るくしてみようかな〜って」
うーん、可愛い。ラブリーだわこの子。私はすんなりそう思った。
誰だって嫌われるよりは好かれたいし、それも自分より若い女の子に憧れてます的なことを言われたら嬉しいに決まってる。
私は機嫌をよくして、彼女に微笑んだ。
「とっても似合ってる。さあ田中さん、今日は一通りの営業サポートを教えるから、一日私に着いてきてね」
「はい!宜しくお願いしま〜す!」
一日中、私は彼女と一緒に過ごした。彼女は某ドラ〇ンクエストのように後ろにぴったりひっついて歩いては、色んなことに興味を示した。営業中の異動時間もずっとアンテナを張り巡らせているようで、疲れないだろうか、と気にしたくらいだ。
だけど、張り切り屋さんなんだな、それって営業職には大事なことよね、と私はニコニコする。そりゃあやっぱり若さも力を発揮しているんだろう。勿論、彼女は営業で雇われたのではなく、牛田辺さんと同じく営業サポートなのだけれど――――――――
「あれ、翔子?」
声が聞こえてパッと振り返る。
まさかの再会、私達の後ろにある地下鉄の入口で、振り向いているサラリーマンは!!
「正輝!」
ついそう叫んでしまって、隣の田中さんを思い出してハッとする。いけないいけない、今は仕事中なんだったわ!だけど、この鼓動がやたらと大きく聞こえるのは無理もないことだ。だってまさかの出会い!私のスウィートハートが目の前にいるんだもの!
正輝はいつもの笑顔でにっこりと笑ってこちらに歩いてくる。昼過ぎの太陽の光が彼に降り注ぎ、いつもより5割り増しでいい男に見える。ピンク色したハート型の花びらが、ワッサー!と周囲にばら蒔かれたようだった。・・・まあ多分、いや確実に、それには私の個人的視界フィルターがかかってるからだろうけれど。ええ、まあ、それはちゃーんと判っているんだけど。
「偶然だな、営業でここら辺まわってるのか?」
「ええと・・・うん、そうなの。正輝は?」
「俺はアポで。もう帰社だけど」
爽やかな、実に爽やかな笑顔で正輝がそう言っている。私は急に喉が渇くのを感じた。ううう、いい男がこんなところに落ちてる!ああ、今すぐ半休の届けを出して、正輝をお持ち帰りしたい―――――――――
くいくい、と何かの抵抗を感じてはっとした。
「梅沢さん、梅沢さん」
隣で田中さんが指で私のスーツを引っ張っていた。オメメが信じられないくらい大きくてキラキラしていた。
・・・あ、つい忘れてた。私は後輩に指導中なんだった!私は顔が赤くなっていないだろうかと心配しながら、コホンと空咳をして正輝へ言った。
「えーと、こちらは田中さん。うちのチームに入ったばかりの新人さんなの。それでこちらが――――――」
「井谷です。今の時期に参加ってことは転職組みなのかな?」
紹介する私の後を引き取って正輝が田中さんに微笑みかける。正輝の営業スマイルをみたのは久しぶりだった。田中さんは隣で、はい!と大きな声で言った。
「そうなんです〜転職してきたばかりです!今日は梅沢さんの付き人なんです〜」
てへ!と漫画の噴出しがついてきそうなノリと笑顔でそう話す田中さんの隣で、私は驚いて引きつっていた。
・・・・え、ナンなの、このキャラクター?どこから出した、今?さっきまでは普通に立っていたその足も、くっきりと内股になっているのに気がついてしまった。
だけど正輝は気にならなかったらしい。普通に頷いて、頑張って下さいと返している。
「じゃあ、行くかな。また連絡する」
私の方を向いてそう言った正輝の声で我に返って、私は急いで頷いた。
「うん、お疲れ」
じゃあな、と歩き出す正輝が一瞬だけ振り返って、ちらりと含んだ笑顔をくれた。私は一瞬でバラ色の波にさらわれて、今度こそ頬が赤くなるのが判った。
・・・・・・・もう、相変わらず凄い力だわ。正輝はいつでも、私を瞬殺出来るのだから。
隣でほお、と田中さんがため息をつく。
「梅沢さんの彼氏さんですか〜?素敵な人でしたねえ!」
「え?ああ、うん。そうね。付き合ってるの」
さあ行きましょうと号令をかけて歩き出す。小走りでついてくる彼女の興奮して甲高い声が耳に届いた。
「そっかあ〜!いいですね〜!あ、彼氏は彼氏でももしかして、婚約者だったりします?そろそろ結婚する予定とか?」
「え?」
私は面食らって一瞬足をとめてしまった。
「・・・いえ、違うわよ。彼氏だけど、まだ結婚の話までは」
って何プライベートなことを話しているのだ私は!心の中で自分に突っ込んだ。
「あ、そうなんですかあ〜!梅沢さんみたいに素敵な人がまだ独身って信じられなかったんで、つい聞いちゃいました〜!でもいいですね、大人の関係ってやつですね。私は今フリーなんで、羨ましいです〜!」
ペラペラと彼女は私の隣で喋る。コンクリートに響くヒール音にイライラし、少しばかりの不快感が頭の中をしめ、私はついちょっとした嫌味を返してしまった。
「あら田中さん彼氏なし?たくさんいそうなのに」
だけど彼女は何も感じなかったように、隣でうふふと笑う。その小首をかしげる角度まで完璧に計算されている感じがして、更に不快になる。
「だって男の人って何だか子供っぽかったり偉そうだったりするんですもん!でもあんな素敵な男性だったら欲しいなあ〜。本当、梅沢さんには憧れます〜」
ありがと、と何とか呟いて、私はこれからの予定に頭を切り替えた。
何か、不快だったのだ。
まだ独身なのか、と暗に落とされたことが嫌だったのではなく、何か、彼女の話方というか、そういうものが気に入らなかった。
これ以上会話を続けるのが突然嫌になってしまったのだ。説明出来ない漠然とした不満が心を満たしていくのを感じて、私は急いで頭を振る。
「さ、行きましょ。次はアポなし訪問だから、ちょっと気合いれてね」
「はーい!」
午後の都会のアスファルトは、照り返しが厳しかった。
田中さんにはっきりとした不快感をもったのはそれが最初だった。
多分、そうだと思う。
とにかくその日はどこへ行っても彼女は「ちゃんと」顧客に可愛がられ、「あたしって営業にむいてるのかも〜」と可愛らしく笑っていた。
ふんわりとカールをいれたハニーベージュの髪の毛が揺れる。赤い唇、7センチのヒール。彼女の笑顔が瞼の裏で揺れ、亀山の言葉が頭の中で蘇った。
『梅沢が二人いるみたいだな』
だけど私はその日は自分が不調だったのだ、と決め付けて終えることにした。生理前だし、普段よりもイライラしているのは判っている。
今晩は正輝に会えないし――――――――とふてくされてビールをぐんぐんと飲み、最後はソファーでお涙頂戴の恋愛ドラマを見てケラケラと笑っていた。
・・・ああ、心がざわざわする。
滅多にないこんな夜は、正輝にそばにいて欲しい。
だけど仕方ないじゃない?同じ営業だけど会社が違う、あちらが忙しい金曜日の夜だ。
それに私は一人で何でも対処出来るはず。
だからだから、大丈夫―――――――・・・・。
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