・知らない姿、知らない顔@



 ホイッスルが高く鳴って、黄色いボールが空に舞った。

 あたしはコートの端っこで座り込んで、女の子たちがラケットを振り回すのを眺めている。

 本日の体育は外、そして、硬式のテニスだった。ペアを組んでしばらく球を打ち合う「ラリー」という練習をしてから、テニス部女子が審判になって簡単な試合を始めたところだった。

 うちの学校には硬式と軟式のテニス部が両方ある。あたしはよく知らなかったけど、硬式だとか軟式だとかいうのは球の硬さの違いらしい。ラケットを打つ力もかわるし、そのスピードや威力も変わる。女子か男子かでも全然違うのだ、と体育教師が喋っているのを上の空で聞いていた。

 だって、隣のコートには男子が。

 男女別に4つのコートを使っての授業だったのだ。体育は、一学年のクラス数が多いために2クラス合同ですると決まっているから、テニスコートも全部使っての授業だった。テニス部は戦力が違いすぎるから、と試合では外されていて、あたしはちょっとがっかりした。

 見れるかもと思ったのだった。横内が、テニスをする姿が。

 いつも校舎の上からちょこっと覗くくらいで、あたしは彼がテニスをするところをしっかりみたことがない。だから、体育で今日はテニスだって聞いて「おお〜!」と思ったのに。

 ・・・テニス部は除外かよ。ちぇ。

 今も横目で確認したところ、横内はコートの外へと飛ばされてしまったボールをとりにいったりの雑用をしていた。気軽な顔で、他の男子と笑っている。

 その明るい顔もあたしには珍しかったけど、でもちょっと見たかったのになー、テニスするとこ・・・。ぶつぶつ。

 とにかく、それはおいておいて。

 あんな小さい黄色のボールを、あんな大きなラケットで打つなんて楽勝じゃないの?なんて考えてた少し前までのあたしを叩きたい。

 実際、結構難しかったのだ。大した力でなく打ったボールが、あっさりホームランになって飛んで行ってしまったり、力を入れたものが全然向こう側に届かなかったりで。

 上手く行かない。それだけで、テニス部に所属する人達を尊敬してしまったほどだった。何だボール!小さいのにムカつくなあ!うまく操れない自分にイライラして不機嫌になったりもした。

 でもあれ、何とかならないのかな。女子テニス部員の、打つ前の奇妙な踊りみたいなやつ・・・。確実にボールを打つために決められたポーズらしいけど、申し訳ないが笑える。

 晴れ上がった秋空に、クラスメイトの笑い声や声援が吸い込まれていく。

 その透き通った青を眺めていたら、黄色いボールが神様の使いみたいに思えてきた。

 打ち上げられて、重力に従って地面に落ちてくるボールを見ていたら。

 ほら、何か・・・天から降りてきた、メッセージ、みたいな。

 ちょっと目立つように、凄い青色に紛れてしまわないように黄色にしたのかな、って。

 それで、あのまん丸の中には手紙がつまっていて―――――――――・・・

「ほら!佐伯さんでしょ、次!」

「へ?」

 妄想しまくっていたら、ラケットで頭を軽く叩かれた。

「いたっ!」

「ほらほら、ぼーっとしてないで。順番なんだから!」

 どうやらいつの間にかあたしの番になっていたらしい。

 丁度試合の交代時間らしく、ざわめいている男子達の何人かが、女子コートを眺めているのが目に入った。

 ・・・おお、何てこったい。

 全くちゃんと打てないのに、こんなタイミングで男子が見物するとは、何のいじめだ、こりゃ!どうかどうか、横内は見てませんように。

「いくよ〜!」

 あたしの相手の相田さんが張り切った声でそう叫ぶ。綺麗なサーブ。あたしはその瞬間、やる気を放棄した。

 だ〜めだ、絶対に勝てない・・・。


 結局あたしは体育の時間中、端っこの方に座り込んで目立たなくし、黄色いボールが青空に浮かぶのを眺めていた。

 結構綺麗かも・・・。早いボールも遅いボールも、幸せな色をばら撒きながら弾んでいるようだ。スポーツを見ていてそんな感想を持ったのは、初めてのことだった。

 きっとこれは、空色の魔法だ。だって上を見上げて、そこに晴天がある、それだけでかなり清清しい気持ちになれるのだから。例えば嫌いな何かでも、青空の下であればちょっとは楽天的な気持ちで取り組めるっていうのはさ、ほら、魔法にかかったようなものだと思うわけで。

 弾むボール。

 一瞬で消えていく黄色。

 ずっと広がっている青空。

 響く音。

 それから、眩しい日差し。

 ラケットで器用にボールを集めて回る横内を盗み見る。黙々と動いていたけれど、教室では見れない嬉しそうな、元気な姿がそこにはあった。

 好き、なんだろうな、テニスが。


 ・・・ふうん。なんか、いいな。




 放課後の部室では、後輩のよく通る声が響いていた。

「空色の定義。空色というのは、あくまでもよく晴れた昼間の空の色。・・・英語でのスカイブルーとは、夏の晴天の10時から15時の間、水蒸気や塵の少ない状態でニューヨークから50マイル以内の上空を、厚紙にあけた直径1インチの穴から約30センチ離れて覗いたときの色(出典:Wikipedia「空色」より)。・・・なんじゃそりゃ」

 あたしの横で、後輩のヒカリちゃんがスマホを片手にブツブツ言っている。彼女はつい先月美術部に入ったばかりの1年生で、今回の展覧会には参加していないから、どうやら暇らしい。部室にきて予習復習をしては先輩達の間をうろうろと歩き回って愛嬌を振りまいていた。

 いつもの美術部の部室。今日も油くさい部屋の中で、ひたすら絵に没頭していたあたし。その横に来て、本日のやることを終わらせたヒカルちゃんがいきなり空色の定義を調べだしたのだった。

 スマホから顔を上げて、彼女は大きな目をくるりとまわしてあたしの絵を指す。

「つまり、佐伯先輩の描いてる青は、スカイブルーではないってことですよね?だってちょっと夕暮れに近い時間の空なんでしょう、これ?夏でもないでしょうし。だって紅葉真っ赤だもんね」

「そうだけど・・・。でもスカイブルーって、そんなに長い厳格な条件があったんだね、知らなかった」

 苦笑するよね。何よそれって、ヒカルちゃんじゃなくても言いたくなる長さ。大体誰なのだ、最初にそう決めた人間は。

 既に来週の展示会にむけて、クラブ内はほとんどの作品が完成していた。あたしももうちょっとで終わるってところまで来ている。

 絵筆をもつ右手にはマメ。それくらいに強く握ってしまっていたのだ。ちょっと力を緩めないとね。

 ヒカルちゃんはゴクゴクと音をたててお茶を飲む。それから、誰にきかせるわけでもないようなことをダラダラと話しだした。

「本当にこの学校って夕日の校舎ですよね。もう眩しくてカーテンあけてられないもん。運動部ってこんな強烈なオレンジの中で、よくスポーツできるなあ。ボールみえるのかな、ちゃんと」

「そりゃ見えるでしょ」

 横から突っ込んだのは、優実だ。

「見えなきゃどうやって練習するの。あたしだってちゃんとボール見えてるわよ」

「先輩はバレーボールでしょ!そりゃ体育館の中だから見えるだけです!」

 ヒカルちゃんが唇を尖らせて抗議する。そういえば、運動神経も抜群な優実は、バレーボール部と掛け持ちしているのだった。といってもメインはこっちで、休みの日などにピンチヒッターで試合に出られるようにという練習をする程度、らしいのだけど。

 少しだけ、ヒカルちゃんがカーテンを開ける。指先でつまんであけたその5cmほどの隙間から、全てのものを一色に塗りつぶしてしまうような強烈なオレンジ色が部室の中に忍び込んできた。

「こらー!見えないでしょ!」

「しめてしめて、眩しい〜!」

 途端に部室内には罵声が飛び交う。ヒカルちゃんは慌ててカーテンを元通りにし、それからぺろりと舌を出した。




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