2−A
私が取った行動は、以下の通り。
1、まず、隣の部屋へ行ってまともな服(季節にあったもの)に着替え
2、化粧を落として冷たい水で顔を洗い
3、冷やしたノンアルコールをぐい〜っと一気飲みして、ゲップまで出しておいた
それから、あの変態キチガイ野郎が自分を神だということの証拠を探してみた。
1、ヤツは飛んでいた(ワイヤーは見えなかった)
2、教えてないのに部屋を知っていて、鍵も開けていた(調べる方法は勿論あるが、やはり不思議だ)
3、クローゼットの中の服に一瞬で着替えさせられた(マジックだと思いたいが、タネも仕掛けもわからない)
・・・とりあえず、超能力か化学か何かの力は使えるらしい。ということは、私は危険な状態にある。そういう場合、とにかく相手を激昂させることなくこの家から追い出すのが先決である。
そこまでを考えてから、よし、と両手で頬を叩いた。
気合を入れてから6畳間へ戻る。とにかく、しばらくでも一人になって身を整えたことで平常心は取り戻しつつあった。これでちゃんと戦えるというものだ。ここ最近シリアスモードの自分には会ってなくて、ちょっとした興奮状態だった。
神である、と大層な自己紹介をしたやたらと外見の整った男がこちらを振り返った。その何色とも断言できない瞳で見られると、一瞬動きが止まってしまう。だけど、私!ここで負けたらダメよ〜!
ずんずんと部屋の中へすすみ、私はどっかりと腰を下ろす。胡坐をかいて男を見上げた。
「まあとりあえず、座ってよ」
「いや、これでいいよ」
イライラ。堂々と舌打をかまして、私は畳の上にカーペットを敷いた床をビシっと指差す。
「座ってちょーだい。邪魔なのよ、そのデカイ図体が!」
神はむっとしたようだ。さっきも見たぞ、その顔。案外人間臭いじゃないの?私は心の中でからかいながらヤツを見る。
「カメヤマムツミ」
「・・・フルネームで呼ぶのやめてくれる。あんたさっきから私の名前を連呼しているけれど、自分の名前は何なのよ?まさか神は名前なんてないってわけ?」
私がそう噛み付くと、ヤツはちょっと困ったような顔をした。おお、早速ボロ出しか?!私は更に興奮する。ところが、鼻息荒くしかけた私に向かって、ヤツは相変わらず突っ立ったままでベラベラとワケわからないことを早口で言った。
「%&=!*X'+$?|」
「・・・あ?」
「天上ではそう呼ばれている。ムツミには発音出来ないだろう。名前というか・・・皆にはそう呼ばれているという感じだな。まあ、近い発音で短く言えばダンだろうし、それでいい」
「ダン?・・・ダダンダーン♪」
私はつい、顔がアンパンで出来ている国民的ヒーローキャラの敵役であるばい菌キャラが作ったメカの名前を言ってみた。節つきで。だけど神はキョトンとしている。・・・神、知らないらしい。
「さっきも言いかけたんだけど、俺はここに研修に来た。その相手がカメヤマムツミなんだ。それはお前だろう?だから、人間時間で・・・3ヶ月ほど、相手を頼む」
はーい?私は顔を顰めて即答する。
「え、嫌よ」
「・・・そういわずに」
「嫌よ。だってどうして私がそんなことを!」
「仕方ないだろ〜。色々な条件が重なって、最適な対象がお前だと出たんだ。俺だってもっと綺麗な対象が良かったけれど、選べないから仕方ない」
い、色々ムカつくけれど、とりあえず今突っ込むところはこれよ!私は噛み付きそうな顔で聞いた。
「条件?条件って何!」
えーっと、と神・・・ええと、ダンと名乗った男は考えながら言った。
「その国において成人している女体。独身、日々が充実しておらず、満足していないにも係わらずそれを認識していない人間。概ね暇で、周囲との付き合いがあまりない者」
くっそー、合っちまうぜ、その全てが!私はイライラと爪を噛みながらそう思った。悔しい。だけれども、自覚があるくらいには、今の条件にあってしまっている。
「それに付き合うことで私に何のメリットが!?」
「・・・うーん。まあ、特にはない、が。全てが終わればちゃんと記憶は処理する。俺がいた時の記憶は代わりとして幸福な日々の記録に変えてやる。それが報酬だ。だから、お前は俺に協力すると、凄く幸せな過去の記憶を手にすることが出来るんだ」
幸せな過去の記憶?
私はあまりに予想もつかないその返答に、ぐっと息を詰まらせる。でも・・・それって、何か違うくない?
「あのね、どうせ大した毎日でなくても、その一つ一つは紛れもなく私個人のものでしょ?だからそれを操作して幸せな記憶になんて、していらないっつーのよ」
ムスッとした顔丸出しで言ってやった。そんなことをしたら眉間にはくっきりと皺が刻まれているだろうし、口角も下がりまくりのどうしようもない顔になっているはずだ。だけど気にしない。だって目の前にいるのは、本人曰く人間ですらないようなのだから!
好印象を与えても無駄ってものだ。
「え、欲しくないか?幸せな記憶。泣くほど美味しいもの食べたとか、人に凄く感謝されたとか、そういうの」
「いりません。美味しいもの食べた記憶じゃなくて美味しいものを今出しなさいよ!どうして記憶だけなのよ、全く!記憶なんかより3億円欲しいわ私は!そしたら会社やめてやる」
「いや、だから、俺がいた期間の記憶をすり変えるってだけだから」
「いらないわよ!」
神・・・ダンはうーんと唸った。
「困ったな。こんなに最初から難しいなんて聞いてないぞ〜。俺ってば専攻を選び損ねたかな・・・」
「専攻って、何のことよ」
聞きたいことは他にも山ほどあるが、何から聞いたらいいのか判らない。そんなわけで私はとにかく最新の謎に飛びついた。ダンと名乗った美形はにっこりと笑う。
その電灯がぱっとついたような強力な輝きを発する笑顔に一瞬視力を失ったかと思った。だけど、大丈夫。そんなことはないない。ないの!気〜の〜せ〜い。
「人間のいうところの学校へ行っている。その試験なんだ。専攻が人間学、地上の一人の人間の行動を3ヶ月に渡って徹底的にリサーチすること、それが内容。で、俺の対象が――――――」
「私に決まった、それはさっき聞いたわよ。神って一人じゃないの?つまりあんたは学生な身分なわけ?全能の神はどこいったのよ?」
怒りに任せて矢継ぎ早に質問すると、やつは光零れる美しい髪を優雅に手で払って言った。
「神は、たくさんいる。とにかく、あんたに了承して貰わないと話が進まないんだよね。それにちょっと面倒臭くなってきた。よし、カメヤマムツミ、取引しよう」
「は?」
「幸せな過去記憶では不満足なお前、一体何を望むんだ?多少ルール違反ではあるが、バレない程度なら、俺はあんたにそれを与えよう」
わお。いきなり俗世間臭くなってきたわよ!
私はにやりとして両手をもんだ。
「だから3億円。現金で。今、ここに」
「それは無理だ。人間界のものを勝手に使うことは出来ない。あんたを物理的に浮かせる、そういうことなら可能だが」
「チッ!役に立たない」
「・・・また神を侮辱したな?」
「うるさいわね、気が散るから黙っててよ!」
私は眉間に皺を寄せ、ううーんと唸った。幸せな記憶と引き換え・・・成る程、それでは確かにこの世の物には一切手を触れていないってことになる。私の記憶だけを変えるのであれば。でもそんなの要らないしな。
目の前にいる、やたらとキラキラしている美形の男、私の願いを叶えてくれるらしい。
だけど、願い・・・願い?私、何が欲しいってわけ?
どんどん眉間に皺が寄っていくのが判った。だって、物理的な物は却下でそれ以外の願いなどと聞かれるとは。
出世?ううん、私はあの会社には既に未練がない。期待もしないからあそこで出世したいとは思わない。
恋人?ううん、それも面倒臭い。そんなに性欲も激しくないし、自分一人のぐーたら生活には満足している(はず)。
ちょっとした毎日のラッキー?いやいや、それも信号に引っかからなくなったとか、エレベーターを待たなくてよくなったとか、そんなんだったらちょっと悲しい。
じゃあ?
私、私は――――――――――・・・
神が、また笑った。
「最終日まででいい。考えておくんだな。俺はあんたを観察する。あんたはいつも通りに生活すればいいんだ。邪魔はしないし、手も出さない。難しいことなどない」
唇が乾いていた。私は舌で湿らせて、無意識の内に両手に力を込めていた。
「・・・私は、普段通りに生活するだけ?」
「そう〜」
「あんたの姿は見えないの?」
「お望みならそうするよ」
「ずっと生活を覗かれる?会社も、家でも?」
「そう。まあ、大体の行動は一緒にやる」
「お風呂やトイレは?」
「観察して欲しいならするけど〜」
すぐさま両手で大きくバッテンを作ってみせた。やめてくれ。見せたいものでもないし、見せれるものでもないって自覚はある。
神が機嫌よさそうな顔をした。
「いいってこと?じゃあ早速今から―――――――」
「ちっげーよ!」
私はハッキリキッパリサッパリと首を振る。
「バカ男!だ〜れがそんな気持ち悪いこと了解するかってーの!生活をずっと覗かれるなんて私はごめんよ!そんな趣味ないです。お断りします、どうぞお引取り下さい。神とか言ってもどうせあんたなんてその他大勢の神の一人らしいし、大したことないんでしょ―――――――――――」
パッと、私は喉を両手で押さえた。
・・・・・あれ?
言葉が、出なくなった。
ああ?おかしい、溢れ出ていた言葉はどこにいった?あらら?ちょっとちょっと・・・。
何かの気配を感じて顔を上げる。
不穏な気配を撒き散らしているのは、どうやら目の前にいる派手な男みたいだった。声が出なくなったままで、私はまた復活した冷や汗を背中に感じながら神の顔を見上げる。すると、そこには世にも綺麗な顔が、怒りに歪んで私を見下ろしていた。
・・・・・ひいいいいいいいいいい。
細めた瞳からはあからさまな怒気が見える。いまやハッキリと赤色に光るその両目からは、ビームが出ているようだった。形の良い口元を歪めて、ダンが言った。
「―――――――確かに俺はひよっこの神だが、たかだか人間風情にそこまで言われるとは思わなかった。情けない状態だな、本当に。力もさほどないとは言え、それでもお前程度、何とでもなるというのに」
言葉が出ない。それに、どうやら体も動かないらしい。そしてそれは、この男のせい、らしい・・・。
あ、ヤバイわ、私ったら。
何だか知らないけど、とにかく不思議な力を持ってるらしいこの相手を怒らせちゃダメだって、あれほど自分でも思ってたのに何てこと。
このままでは―――――――――――――
「もうお前に好きなものを与えなどしない。お前は一度断ったのだから。・・・二択で選べ」
ダンが言った。
「このままなかったことにするなら、今日の夕方から今までの記憶を生きる希望もなくすような酷く辛いものに変えてやろう。そして俺は天上へ帰る。心を入れ替えて、協力するというなら先ほどの暴言は一度忘れてやろう、そして、ちゃんと幸福な記憶を与えてやる」
こめかみから、汗が伝い落ちるのを感じた。
見開いた目の向こう側、見たこともないような綺麗な顔が、残酷そうに微笑している。
「・・・さあ、どちらにする?」
殆ど選ぶ余地などない、究極の二択。・・・こんなの、アリ?
ダンのメモ@ カメヤマムツミとは、気が強いように見えて、中身は小心である。
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