2、亀山家にて@



 ダンが私の前に下りてきた迷惑なあの夕方から2週間経っていた。

 その間、何とか私もダンも、相手に折り合いをつけてきたように思う。・・・というか、諦めの極致に達したというか、好意的に言えば慣れたのだろう。

 とにかく私はただひたすら職場と家の往復で、休日は家で掃除や家事をし、あとは昼間からビールを飲んでぼけ〜っとしている。それに小姑のように(って、知らないけど。まあ世間一般でいう小姑さんみたく)小言を私に言うまくる神、ダン。

「お前には趣味はないのか?」

「素晴らしい天気だ。世界が美しいこの時間に外へ行かないなんて罪ではないだろうか〜?」

「ムツミ、ほら、花を見に行こう。行こうってば〜」

 みたいな外への誘い系から、

「ここ、まだ埃が取れていない。どうせやるならキチンとやったらどうだ?」

「たまには朝一で窓を開けて換気しろよー。朝の空気が素晴らしいんだぞ」

「新聞を読むときに寝転ぶのはどうにかならない?姿勢が悪くなる」

 などの説教系。どっちにしろ、かーなり迷惑だった。

 ・・・ああ、煩い。私は今日も背後であーだこーだと苦情を垂れる美形の神をスルーして、夏に入ったある日曜日、扇風機の風を浴びながらトールグラスに注いだビールをぐぐ〜っと飲む。

 昼間っから飲むアルコールは最高。部屋着で、ダラダラ出来るこの身分に満足している。私はアタリメを口に突っ込みながら、ぼんやりと雑誌の記事を読む。

 恋愛占い。あなたの性格判断。これから取るべき資格に転職方法・・・。世間は変わらず、自己啓発に目覚めろとうるさい。

 暇に任せて、私はブツブツ小言を続けるダンを見上げて言った。ヤツは今、天井辺りを浮遊中。

「そういえば、観察しててノートなんかには書かないの?どうやって記録とってるの、あんた」

 ん?とダンが振り返る。その度にキラキラと光をまくプラチナブロンドにも、そろそろ慣れてきたころだ。・・・つまり、自分のごわごわの黒髪と比べて凹んだりしないってこと。ああ、この煌く艶髪をガシッと掴んで一気にちょん切ってやったらさぞかしスッキリするだろうに!大体見た目が暑いのだよ、ヤツは。

「記録はちゃんととっている。大丈夫だ、今のところ順調だ。ただ・・・」

「ただ〜?」

「こーんなにダラダラしていて、ムツミは本当に満足?一度の人生を輝かせようとは思わないのか?」

 ああ、また始まった。私はビールを飲み干して、その空いた缶をダンへ向かって投げてみる。案外身のこなしの軽いヤツはそれを簡単に避けて、それからブツブツいいながら缶を拾ってゴミ箱へと入れた。

「愚かな人間め」

「この状態だからこそ、あんたの観察対象になったんでしょ?ならいいじゃないのよ、それで」

 ダンは黙った。それは確かにそうだな、とか思っているんだろう。毎日2回は同じ質問をするのだ。最初は怒ったり呆れたり無視したりと色々した私も、もう今では同じこと聞くんだから同じ返答をしてやろうと思うようになっていた。

 ・・・ああ、不毛。私の休日が―――――――――

 その時、滅多に鳴らない携帯電話が鳴った。

「わあ!」

「うわ!」

 私と同時にダンも驚いて、ふわりと浮かび上がる。多分、これが電話であるとはヤツは気付いていなかったのだろう。だって一度も鳴ったことないもんね。

「何だ何だ〜、誰からよ〜、もう!」

 私はずりずりと床を這いずって机までいき、何とか携帯を手にした。

 着信。・・・実家から。

「はいはーい」

 嫌な予感はしたのだ。だけれども、これで電話に出なかったら大変なことになると知っていた。だから大人しく私は携帯電話を耳に当てる。

『あ、睦?元気してるの?あんたちっとも連絡寄越さないから、母さん心配で!』

 思ったとおりの言葉を喋りだす母親だ。毎回一緒よ、母さん。そんで、心配してるというなら半年間の音信不通はお互い様でしょ、そう言ってみたらどう反応するだろうか。

「・・・あー、はいはい、ごめんね」

 とりあえず謝っておく。そうすれば本題にいくまでの時間がかなり短縮されるはずだから。

 母親はため息をついたあと、今日は急いでいたらしくすぐに本題に入った。曰く、急だけど祖父の誕生日祝いをすることにしたらしい。もう体が弱ってしまった父方の祖父の、90歳の誕生日が近いそうで、他の都合もあって今日の夜に実家に家族・親戚を集合させようということが決定したと。

 え。今日?今これから?

 私はくしゃっと顔を歪めた。それを見て、ダンがユラユラと降りてくる。

「どうしたムツミ?」

 黙っといて。私は指を一本立ててダンを威嚇すると、呼吸をしてから電話に意識を戻す。

「・・・急すぎない?悪いけど、私用事が―――――――」

『あんた達は』

 嘘をついて断ろうとした私の言葉を遮って、母親が断固とした決意を感じさせる声で言った。

『必ず来ること。独身で、日曜日に会社がないことは親戚中みんな知ってるの。お兄ちゃんもあんたも断る権利なんてないんだからね。必ず、来なさい。もし来ないなら、金輪際あなたたちの面倒は何一つ見ないわよ!』

「・・・今のところ、面倒を見てもらってないんだけど?」

 横暴だ、と思ってささやかな反抗を試みる。私は実家に仕送りなどしていない使えない子供である。だけど、親からの救援物資や経済的援助だってないのだからそれだってお互い様でしょ。

 すると母親は冷え冷えとした声で返した。

『急でなかったらあんた達が逃げるってことは判ってるのよ。今日実家の都合に合わせられないという断りの理由は、婚約者とのデートがあるから、以外は認めないわ。だけどその婚約者は来週の日曜日に我が家で紹介してもらう前提になるんだけどね』

「ちょっと――――――」

 ガチャン!

 母親は受話器を叩きつけたらしい。その音が余りに大きくて、私は痛む耳を片手で撫でさすった。・・・母さん、酷くない?

 携帯を持ったままで恐らく来るだろう頭痛に備えて唸っていると、ダンがぐい〜っと顔を突き出してきた。

「ムツミ、何何〜?」

「・・・うちの親よ。今日は実家に帰らなきゃならないわ。ああ、折角の休日が〜」

「実家?ムツミの両親がいる家か?」

 そう、私は簡単にそう答えて携帯電話をベッドにむけて放り投げる。もう、私の素晴らしい休日が〜・・・。

「行きたくないのか?」

「そりゃ行きたくないわよ〜・・・。おじいちゃんには会いたいけど、行ったら独身で稼ぎも悪いことを親戚中にねちっこく言われるのが判ってるもの〜」

 ただし、婚約者とデートなら、行かなくてもいい。・・・・・そんなお芝居に付き合ってくれそうな男が残念ながら周囲にはいないのだけれど。

 だって今周囲にいる男(まあ、一応ね)と言えば――――――――

 私は光り輝く美男子である神をじっと見た。

 ・・・イケメンで、その点文句なし。この美しい外見の男を連れて行ったら、母親なんか卒倒しそうだ。この目立つブロンドを黒染めして短くし、それからスーツかなんか着せたらほら、簡単に美形のサラリーマンの出来上がり。婚約者として紹介し、それから破談になったわって言えば・・・。

 いやいや、私はそこで首を振る。

「無理でしょ、無理無理」

「どうしたムツミ?」

「いや、何でも」

 だめだわー、ダンは無理だわ。そんな演技をしてくれるとは思えない。

 それに戸籍もないし、第一こいつは私以外の他人には見えない・・・・。チッと思わず舌打をしてしまった私だった。役にたたねーな、ほんと。

 うんざりしてぐったりと寝そべる私に、ダンが嬉しそうな顔でにっこりと笑った。

「早く行こう、ムツミ!お前が会社以外のところへいくのは初めてだな〜」

 遠足の言葉を聞いた子供のような反応だぜ・・・。私は結局、迷惑な神に引き摺られるように早めに実家へいくことになってしまった。


 私の実家はほどほどの郊外にある。なんてことない普通の家。だけど高齢で兄弟姉妹の多かった祖父を引き取っているということで本家のような扱いをされていた。

 親戚一同が正月に集まったりとか、そんな感じだ。うちは父と母、それからオタクの兄貴が一人、それから私の4人。その我が家の子供である兄貴と私は、30を越えても二人とも独身なのだった。

 それを、親戚一同にネチネチいびられる日、でもある。・・・一応訂正しておこう。親戚その他はいびっているつもりはないに違いない。ただ、私と兄貴の行く末を心配して、のことなのだ(と、毎回親が言う)。

 だけど、本当に鬱陶しいものなのだ。

 だからきっと兄貴も渋ったはずだ。来るだろうけれど、きっとかなり嫌そうな顔で帰省するはず――――――――――


「睦〜!お帰り〜!」

 玄関で、派手な歓迎を受けた。飛び出してきたのはうちの母親と従兄弟の子供ら。ぎゃあぎゃあわあわあと喧しく、チビ達は私の持参したお土産をつかみとって家の奥へと駆け出していく。・・・クソガキ共め。

「早かったじゃない!鞄おいたら台所手伝ってちょうだいね」

「・・・へーい」

 私が逃げずに、しかも予想よりも早く来たことで、母親は機嫌を直したようだった。

「どうなの、最近は?何か変わったことはない?」

 既に奥へ行きかけながら、母親が振り返ってついでのように聞く。

「・・・」

 変わったこと・・・。

「睦?」

「・・・いや、特にはないわ」

 ありすぎて、到底口には出来ないわ、お母さん。私は心の中でそう呟き、鞄を置くとすぐに台所へと向かった。




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