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ヘタレな私はすぐに言ってしまって、そして、即行で後悔する。彼が意表をつかれた顔をしたからだ。
私は慌てて両手をブンブン振った。
「いいですいいです!ちょっと・・・思っただけだから」
折角いい雰囲気でのんびりしていたのに、何聞いてるのよ私!そう思って自分に腹が立った。
だけど、龍さんは苦笑して眉毛を下げる。
「―――――――夕食前の、よっぽど怖かったんだな。ほんと悪かった。原因は俺の子供時代なんだ。あんまり聞いて楽しい話じゃないから、やめてたんだけど」
子供時代?
私は驚いて振りまくっていた両手を止めた。
まさかそんな話が出てくるとは思わなかったのだ。龍さんは笑っているけど、何気に悲しそうな雰囲気が漂っている。・・・私、聞かない方がいいのだろうか。
一瞬の躊躇。
だけど、暗い夜の中、ウッドデッキの木製のベンチに座る龍さんは、何とも儚く思えてしまったのだ。下手したら、消えそうなくらい。
こんな大きな男の人が、何かに耐えている。そんな感じが、私をハッとさせる。
「・・・子供の時、辛かったの?」
気がついたら、そう聞いていた。
彼は目の前から遠くの山に向かって広がる森の闇を見ているようだった。そのぼーっとした感じのままで口を開く。
「・・・同情されんのはごめんだ」
その静かな口調に、本気を感じた。私はそろそろと口元に手をあてる。うかつなことを喋らないために。バカなことを言って、彼の傷を広げないために。
龍さんは目を細めて月と暗闇の森を見る。それから、ふ、と笑った。
姿勢を更に崩して、頭を完全に後ろの壁に預けながら私を見て言った。
「弱くて酷い過去があって、俺は強くなった。ジュンコさんに言った3つのRは、実際俺がしたことなんだ。それで今は諸々の全部を乗り越えて、ここに、いる」
「――――――――」
3つのR・・・龍さんも、したんだ。
私はぼんやりと風に吹かれる。
人間が傷付くことはいたって普通のことだ。生きていれば、大なり小なり皆傷を作る。だけどそれを乗り越えて、そして、今現在ここにいること、それが大事で――――――――――――・・・
「ジュンコさん」
龍さんが私を呼んだ。
その艶っぽい響きに私は目を瞬く。
一瞬で、さっきまでの真剣な、そしてぼんやりとした雰囲気が消え去ったのを感じた。
隣を振り返ると、大きな微笑を浮かべた龍さん。
「俺風呂に入ってくるから、部屋で待ってて。――――――――裸でね」
かくーん、と顎が落ちたかと思った。
「ばっ・・・!!」
私が叫ぶと同時に、彼はカラカラと笑って立ち上がる。そして二人分のコーヒーカップを持って、先にペンションの中へと入っていってしまった。
「・・・・!」
後に残された私は口をパクパクとするだけで、勝手に一人で真っ赤になっていた。
・・・うわああああああああ〜・・・!!ど、ど、どうしたらいいのっ!?いいいいい一体私はどうしたら!?
裸でって裸でってそんなカバなー!あ、じゃなくて、バカなー!!!無理無理無理、風邪引いちゃうし、あ、じゃなくて・・・いやいやいやいや。
脳内大運動会をしていた。
一人で疲れて私はぐったりと風の中で目を閉じる。
・・・・ああ、もしかして今晩が、私の人生で一番の盛り上がりなのでは。そんなバカみたいなことを思ったんだった。
・・・で、どうしたかと言うと。
部屋に一人で戻った私はベッドに横になっていた。・・・ただし、服を着たままで。
だってだってないでしょ!そんなの恥かしすぎるでしょ!いっそのこと龍さんがお風呂から上がる前に寝れたりしないだろうかって思ったほどだった。
でも所謂緊張状態の私に、気を失うならともかく安らかに眠るなんて芸当が出来るはずもない。
「・・・ううう、どうしてこんな状態に」
私は若干涙ぐみながら枕にぐりぐりと顔を押し付ける。
ああ〜・・・神様仏様・・・あ、山神様!私はどうしたらいいのでしょうかあああああ〜・・・。
恋愛感情に疎い私にしてみれば、今の状態は処女と同じだ。あまりにも乏しい今までの経験を思い返してみても何の足しにもなりはしない。
髪がぐちゃぐちゃになるほど枕に顔を押し付けてみても、結局名案は浮かばなかった。
男性にしては結構時間がかかるんだな、と思う頃、つまり、一人で苦悩する私が苦悩するってことに疲れ果てたくらいの時、龍さんが戻ってきた。
私は布団の中でその音を聞いていた。
彼が部屋に入り、ドアを閉める。部屋の電気を消して、ベッドに近づいてくる。そして掛け布団をめくって―――――――・・・
「ありゃ」
笑いを我慢しているような声がした。
私はゆっくりと顔を上げて彼を見上げる。お風呂上りでまだ湿った髪にタオルをのせたまま、龍さんはやたらと色気のある笑顔で私を見下ろしていた。
「・・・・服、着てるじゃん」
「それが何か」
私はムスッとして答える。もう疲れていたのだ。待つことにも、ジタバタすることにも。
私の返答に彼は苦笑した。そして、いきなりガバッと着ていたTシャツを脱ぐ。
――――――うきゃあ。
彼の引き締まった裸体に目が釘付けになってしまった私が、ドギマギしながら凝固する。彼は舌なめずりしそうな迫力で布団の中で固まる私に聞いた。
「―――――――抱いたらジュンコさん、熱出すかな?」
「・・・いえ、そんなことはないと思う・・・けど」
「じゃあ試していい?」
「・・・・ううーん」
私がうんと言わずに唸ると、彼はしゅっと不機嫌な顔になった。一気に眉間に皺を寄せて、部屋の中のアチコチを半眼でじろじろと見回す。
「・・・どうしたの?」
「いや、何か殴れるもんないかなと思って」
「・・・止めて頂戴」
「じゃあ触らせて」
「――――――――どうしてそうなるの?」
龍さんが困った顔で私を覗き込む。垂れ目が真っ直ぐに私を見ていて、まるで魔法にかかったかのように私は言葉を失ってしまった。
「ねえ、俺もう31だよ。中坊や高校生のガキみたいにガツガツしねーよ。ジュンコさんが嫌がるなら途中でもやめるから。・・・・多分」
「た、多分?」
バサッと音をたてて、彼が私を覆っていたかけ布団をはいだ。
わあ!私はそう叫んで取りかえそうと手を伸ばす。その手をあっさりと自分の手の平で包み込んで、彼は簡単に私を下敷きにした。
「マッサージだと思ってて。・・・無理だろうけど」
「龍さんっ・・・」
腰から下、自分の全体重をかけて私に乗り、彼は完全に私の身動きを封じてしまう。にーっこりと大きな笑顔を見せて、ベッドサイドのライトにピアスを煌かせながら言った。
「―――――――覚悟、決めて。優しくするよ。・・・多分」
その一々つく多分が気になるのよおおおおおお〜!!!そう叫びたかったけれど、出来なかった。私の唇は彼の柔らかいそれに包まれて、言葉を出す余裕なんてなくなったからだ。
唾液を混ぜ合わせて、彼は音を立てて何度もキスをする。至近距離の龍さんの髪の毛は、私と同じカモミールの香り。
呼吸をする暇もなかった。角度を何度も変えて彼はひたすらにキスを求める。それは深くてやらしくて、私はそれに流されて、どんどん体から力が抜けていく。
経験の少ない私の唇がすっかり腫れ上がってしまった頃、ようやく彼は顔を離した。
「やっとキス出来た。ああ〜・・・長かったぁ、ここまでが」
低い声は満足そうだ。私は既に呼吸が上がって、言葉を返すことも出来ず、ただぐったりとベッドに寝転ぶばかり。
龍さんの手が簡単に私の部屋着を捲り上げて、緊張して震える私の胸元に顔を埋めて熱い唇を這わす。思わず腰が跳ねて、声が漏れ出た。
「・・・ジュンコさん、スレンダーなのにボリュームあるなあ〜。着痩せするんだねー、これは嬉しい驚き」
ちょ、ちょ、何言ってるの〜!?文句を言いたい。是非言いたい!だけど既に私の頭からは理性は遠のいて、まともに反抗できないのだ。
指で敏感な先端を弄られて、私はビクンと跳ね上がる。その隙に腰周りに手を入れられて、もう逃げることなど叶わない体勢にされてしまった。
男性に抱きしめられることも、かなり久しぶり。
男性に抱かれることにいたっては、超がつく久しぶりだった。
かなり緊張していたのに、体はすぐに龍さんに反応を返して潤いだす。自分の口から漏れる声が、余計に羞恥心を煽った。
彼の指がすべる場所から順番に電気が走る。そして、あの唇が。大きな手で私のあちこちを包み込んで、彼は優しく強く揺らす。
「目を開けなきゃ。・・・ほら、開けろって」
そう言って笑うのだ。
無理やり開けた視界で揺れて光るのは、彼のブルーのピアス。キラキラと揺れては残像を瞼に残して消える。
ジュンコさん、そんなに力いれたら、俺、もたないよ?そんなことを囁いて、彼は私の足を広げる。私の両足を自分の肩にかけさせて、奥までぐぐっと入り込んだ。
瞼の裏で白い光線が走った。
全部がとろけて混ざり合っていく。
こんなんだったかな、私は朦朧とする意識の中でそう思った。
こんなに・・・激しくて、気持ちのいいものだったかな、って。
ああ、もう、熱くて―――――――――――――
男の一番幸せな瞬間っていつだと思う?
龍さんはそう言ってにやりと笑った。
そいつはさ、俺が思うに、好きな女を初めて抱く瞬間だよって。
だから昨日、俺は凄く幸せだったわけ。
人生で忘れようもないほどの、サイコーの一瞬だったってことだよ。ジュンコさんの部屋着をまくる時。
そう言って、私が照れて嫌がっても何度も繰り返していた。
ジュンコさん、早く俺の体に馴染んでねって。緊張しないで楽しめるようになってよ、俺の上に乗れるくらいにさ。
信じられない、恥かしくて死にそうな私がそう言って文句を連発して。
だけど彼は全然めげなくて。
その内馬鹿らしくなって、私も笑っちゃって。
『ほら、これでもう完了だろ?あんたの新しい世界はとっくに始まってる。
やり遂げたんだから、少なくともこれだけは、ちゃんと自信を持って――――――――――――』
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