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「―――――――わお」

 
 これが、龍さんが変身後の私を見た初感想だった。そこでにっこりとなど微笑む勇気はなく、私は居た堪れない気持ちでただ突っ立っている。

 前日にメールであの川原で待ち合わせね〜と言われていて、時間通りに来てみれば、先に着いていたらしい龍さんが堤防の上で川面を眺めているのを見つけた。

 おはようございます、と声を掛けて、振り返った龍さんが言ったのだ。わお、って。

 彼はもう一度垂れ目を細めて、にこ〜っと大きく笑う。私はつられてへらっと笑顔を作った。

「髪切ったんだね、ジュンコさん!いいじゃ〜ん。何か、前よりも明るい印象になってるよ!」

 彼が立ち上がって私の方へ近づいてくる。大きな靴が砂利を踏んでざくざくと音を立てた。

 今日も彼は、格好良かった。

 短くなった茶髪は無造作に見えるけれどそれで色気を増していて、色の褪せたブルージーンズに白いTシャツ。シンプルで、それが彼の引き締まった大きな体に良く似合っている。

 う〜ん・・・不思議。どうしてこの男性が、私なんかに構うのだろうか。

 私はしどろもどろに呟いた。

「あの・・・姉が・・・変身しなさいって、色々・・・」

「お姉さんが!ふーん、でも丁度いいじゃん、それで3つ目のRにもなるしさ」

 龍さんが前に立って、じっくりと私を眺める。だけどその恥かしさよりも言葉の方が気になって、私はパッと顔を上げた。

「え?これが、3つ目のRに、なる?」

 そうそう、簡単に彼は頷いた。

「recycle、それぞれのパーツに分解して、それぞれをまた生き返らせる。ジュンコさんの過去と別れるためにはそれが一番いいと俺も思ってたよ。ペットボトルなんかと一緒だよ、つまり――――――――」

 蓋、ボトルに張られているシート、全部別々にして新しくするでしょ?ジュンコさんも、髪、服、それから化粧なんかも・・・全部一度解体して、また新しいので繋ぐんだ。

 彼の長い指が、ふわっと私の頭に触れた。

「・・・髪。切って、色を入れる。これももう前のジュンコさんとは違うでしょ」

 それから――――――――彼の指が私の髪の毛を梳いてからそのままゆっくりと降りる。耳朶を通って、顎を伝い、首筋に触れた。

「――――――――」

 電流が走ったみたいにちりちりした。私は驚いたけど、声は出さずにただ目を見開く。・・・うわ・・・龍さんたら・・・ちょっとちょっと・・・・。

「服も。折角こんな綺麗な首筋持ってんだから、出さなきゃね。・・・服も前とちょっと違う。これもお姉さんの趣味?」

「え?・・・あ、はい」

 彼の指先が気になって仕方がない。遅ればせながら漸く反応した体は私の体温を上昇させて、頬を染めはじめる。

 嫌じゃないってことに、自分でも困惑したのだ。

 男の人に触られている。野外で、突っ立ったままで、こんなに近くで。なのに―――――――――嫌じゃないなんて。

 うーん、いい趣味だなあ〜。龍さんがそう言いながら、指先で私の首筋から肩までをするりと撫でる。

「これで少なくとも外見は・・・パッと見は、ちょっと前のジュンコさんとは違うでしょ。人に与える印象もえらく違うはずだよ。持ち物も変えて、化粧も変える。そうしていたら、その内それが普通になって、過去の自分とは全然違う考え方もするようになるんだ」

 ――――――――――・・・そうなの、かな。そうやって人間って変わっていくのかな。だとしたら・・・。私も十分、変化できるってことなのかな。

 ぼんやりとそう思った。

 川原は今日も風が強くて、私の前に立つ龍さんから風が生まれて吹いてくるようだった。初夏の日差しはそれなりに強く、キラキラと風景を輝かせている。

 眩しくて、目を閉じた。それに龍さんの指先を心地よく感じていた。なんだか安心してしまって、私はふう、と肩の力も抜いてしまう。

 すると低い声が聞こえた。

「・・・ダメ」

「え?」

 龍さんがいきなり、私の頬をむにゅっと掴んだ。

「い、痛い・・・んれすが」

 頬を引っ張られて言葉が変になる。やだ痛い痛い!何なの、急に――――――――。

 彼を見上げると、逆光で影になった龍さんは苦笑しているようだった。

「こんな体勢で目なんか閉じる?それって襲ってもいいってこと?」

「はっ!?」

 お陰様で、バチッと目が開きましたー。私は慌てて彼の手から逃げて、数歩後ろに下がった。

 お、お、襲ってもって・・・。

 龍さんはあははは!と軽く笑ってから、肩を竦めた。

「撫でても嫌がらないし、ほっぺた赤くして目を閉じちゃうし。いやあ〜、これは俺ってば脈ありだよね〜!ここは紳士ぶらないで、さっさとキスしちゃえば良かったかな〜」

「な、な、何を言ってらっしゃるるるのですかっ!」

「あはははは、どもってる上に巻き舌になってるよ!いい反応だねえジュンコさん」

 目の前で、ゲラゲラと龍さんが笑っている。私は恥かしいやら照れくさいやらで体中熱かった。もう、もう、本当にこの人は!

「きょ、今日は私をからかうために会ったんですかっ!」

「怒ってる怒ってる〜」

 一体何がそんなにおかしいのだ、私は憤然として馬鹿笑いを繰り返す男性をにらみつける。龍さんは口元を隠しもしないで盛大に笑った後で、わざとらしく体を伸ばしながら言った。

「本当は映画とか、お茶とかさ、一般的なデートを考えてたんだけど、や〜めた」

「え?」

 わけが判らなくて私は首を傾げる。やめた?・・・あら、それってデートをやめるってことかしら。ちりちりと胸のところが痛んで、思わず指先で撫でる。

 やめるって言葉にこんなにガッカリするとは思わなかった。自分でもショックを受けている顔をしているのではないかと心配になったけど、龍さんは変わらない態度でそのままサラリと言った。

「室内は、ダメだ。ちょっとジュンコさんの変化にやられちゃったからねえ〜。俺が君を襲わないように、野外にしよう」

 ・・・ぶっ・・・。噴出しかけて、急いで回れ右をした。もう、もう!この人は本当に・・・。

 どう反応していいか判らないままで風を受けて突っ立っていたら、後ろから、まだ笑いを含んだ声が聞こえた。

「今日は、俺もゴミ拾い参加させてよ。たまには料理作る以外で人の役に立とうかな、と思うし」

 あら。私はまだ若干照れていたけれど、何とか振り返った。

 龍さんは笑っていた。

 折角の休日を私の日常に付き合わせるのは申し訳ないと思ったけれど、それを口に出せばまた叱られるのだろう。それが判るくらいには、この人に慣れて来ていた。

 きっとこういうよね、『俺の勝手でしょ』って。



 そんなわけで、川原から私の家まで戻る。途中のお店で龍さんがゴミ袋と缶コーヒーを買っていた。ゴミ拾いの仕事終わりの一杯、今日はこれ、と言って。

「うちに来たらコーヒーくらい・・・」

 私がそう言うと、一瞬チラリと振り返る。

「コーヒー飲むだけじゃ、済まなくなりそうなんで。さっきから言ってるじゃん。それとも手出してもいいの?」

「う」

 だ、ダメよ。お店の中で顔が真っ赤になっちゃうわ。私がそう思って一人で苦しんでいると、出入り口に向かいながら龍さんがだらだら〜っと歌うように言った。

「じゅ〜んこさ〜んって、むぼ〜びですよねえ〜」

 ・・・ああ、私ったら。

 多少悔しかったけれどいい返すことは出来なかった。置いていかれないように、急いでついていく。


「ああ、今日は多いなあ」

 第一声がそれだった。

 ここのところ、今日の為に姉に外見改造されていた私は、ゴミ拾いにこれてなかったのだ。ちょっと日数をあけたのは初めてだけど、来てみると小さなゴミが目立った。

 一つも落ちていない時は相乗効果で更にゴミが捨てられることはないが、誰かが捨てると後は簡単に増えていくものだ。あーあ、折角最近は綺麗になってたのに。

 ちょっと残念に思ったけれど、そうか、週末でゲートボールのおじいちゃん達も居ないから、拾う人が居ないのだな、と気付いた。

「一緒にやっても時間かかるだけだし、うーん、俺こっち側から回るから、ジュンコさんあっちから回ってくれる?それで池の向こうで鉢合わせパターンで」

「あ、いいね、それ。じゃあ宜しくです」

「うす!」

 龍さんがパッと手を出した。は、ハイタッチ、なのかな?私は一瞬躊躇したけれど、彼の手に自分の手をあわせる。

 ニヤリと大きく笑って、龍さんが言った。

「ここで思いっきり叩けないのが、ジュンコさんだよな〜」

「う・・・す、すみません」

 だってもし違ってたら恥かしいもの・・・。呟くのは心の中だけにする。

 じゃあね〜、と龍さんが手を振って、自分のゴミ袋を持って背中を向けた。私はついその後ろ姿をじいっと眺める。・・・すらっとしてて・・・肩幅も広くて。いいなあ、頑丈そうな体。あの長身でゴミなんか拾ったら、腰痛めそうだよね。

 大丈夫かな、と心配になる。だけれども彼の姿が緑の向こうに消えてしまうと、よし、と気合をいれて自分の足元に集中することにした。

 結構目につくわ。早く取ってしまわないと、また別の誰かが捨てる―――――――――――――




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