3、かみ合わない会話。

 同居人が勤めている会社は什器のレンタル販売会社なので、盆暮れは関係ないらしい。

 ヤツがいる部が設置担当なので、百貨店やスーパー、会社や市場などでのショーケースや舞台などの設置をしに行くのが仕事らしく、正社員であるヤツは土日は休んでいるが、平日は昼から行ったり早く帰ってきたり終電まで連絡不能になったりと忙しない。

 会社で使っているアルバイトさんは平日休みの土日祝日出勤らしく、土日の什器や舞台設置は社員が交代で監督にいくのが決まりで3ヶ月に1度くらいの割合で休日出勤がまわってくるんだけど。

 そんな仕事ゆえ、平日は捕まらない上にメールなんかをこちらが送っても、面倒臭がりのヤツはろくに返信もしないのだ。

 お盆を目前に控えた日曜日の夜、晩ご飯を食べながら、私はそれに苦情を言っていた。

「だからね、お盆はお仕事なのは判ったけど、それをさっさと返信してくれたら何回も親に電話せずに済んだのよ」

 前で黙々とご飯を食べながら、やつは目だけを私に向けた。

「悪い」

 ・・・絶対そうは思ってねーよな、この言い方。

 くそう!面倒臭いから謝っとけ的なノリの謝罪なのが嫌っつーほど判るぞ!大体、悪い、は謝りにはなってないでしょ、ごめんなさいと言え!

 もう、と私はヤツを睨みつけて腕を組む。

 このお盆にはダンナを連れて帰ってくるんでしょうね?とうちの母親から何回も電話があったのだ。

 別に法事もないのになぜ帰る必要が!?と私は相手にしなかったのだが、それにムカついたらしい母親は、ストーカーまがいの頻度で電話をかけてくるようになったのだ。

 ずーっと。私が、判った!ヤツにも聞いてみるから!と言うまで。

 で、聞いてみるとお盆休みなどない職業だと判ったのだ。ただし、その情報をゲットするのに恐ろしく時間がかかった。そんなわけで相方は繁忙期だから帰らないよん、と電話で言うのに9日後だったのだ。

「もう〜、メールくらいちゃんと返してよ〜必要なことしか連絡しないでしょ〜?」

 食器を片付けながら私が言うと、はいはい、と後ろから小さな声が聞こえた。

 くっそう・・・何だか、また怒りが。

 生理前なのもあって、腹の中から煮えたぎった苛立ちが立ち上ってくるようだった。

 う〜っ!と唸りながら流しで立っていると、ヤツが食べ終わったお皿を持ってやってきた。

 ちらりと見ると、うんざりした顔をしていた。

「どうしてそんなに機嫌悪いんだ?」

 噛み付いてやりたいぜ。そんなことを考えながらやつの腕を睨むと、予感がしたのかさっと引っ込められた。

「生理前なのよ!」

 声にトゲを出しまくって応えると、あーあ、と言いながらため息をつきやがった。

 ゆっくりと座椅子に向かいながら背中越しにやつは聞く。

「・・・それって毎月だよな。ちなみに何歳頃まで続くんだ?女性の、生理前のイライラってのは」

 私は振り向いて、シンクに腰を預けてやつを見た。

「子供を産めなくなるまで」

「――――――具体的には?」

 眉間に皺が寄ったのが自分で判った。何が言いたいんだ、この男は。

「人によって違うわよ。でも・・・そうね、50歳過ぎとか、そのくらいじゃない?」

 はあ〜・・・と盛大なため息が聞こえた。

「・・・面倒臭い・・・」

 ムカつく〜!イライラするのも面倒臭いのもこっちであって、おまえじゃねえだろ!と怒鳴りたい気分だ。毎回毎回下着にナプキンを貼り付けなければならない面倒臭さは野郎は知らないだろうがよ!

 でも怒鳴る代わりに私は言った。

「その期間を縮めるには、妊娠するしかない」

「うん?」

 ヤツは定位置の座椅子にいつも通りにだら〜っと座り、私を見上げた。

 何?と顔が言っていたから、私は真っ直ぐ見詰めたままで言った。

「妊娠そして出産かつその後はしばらく生理がないってことよ。ねえ―――――」

 一度言葉を切って、唾を飲み込んだ。

 怒りは急速に冷めていって、かわりに緊張感が私を襲う。・・・・これは、チャンスだ、そう思ったのだ。

 ここで、ヤツの考えが聞けるかもって。

 座椅子からだるそうに私を見上げているヤツに言う。

「あなたは、実際のところ、子供についてどう思うの?」

 全く表情をかえずに、相変わらずだらだらとヤツが言った。

「・・・別に、どうも」

 で、なくてよ!

 想像世界で空手チョップをお見舞いした。実際にもやりたかったが、残念なことに二人の間には食卓があって邪魔だった。

 もっと直接的に、子供でなく、子作りについてと発言するべきだった!私は深く反省する。

「いや、そうじゃなくて。自分の子供が欲しいと思ったことがあるかってことよ!」

 指でぽりぽりと頬をかいて、首を傾げたヤツは答える。

「考えたことがない」

 ―――――――何でなのよ〜!!おめえ、偽装とは言え結婚してるんだろうがよ!!誰にも突っ込まれたことなかったのか!?いや、そんなはずはない!!

 更にイライラとして、それを落ち着かせるために深呼吸をしてみた。・・・あまり効果はなかった。

 ま、過呼吸になるのは抑えられたかもしれないけど。

 部屋に飛び込んで沈静作用のラベンダーのお香でも焚きたいが、今を逃すとこの話題には二度と持っていけそうにない。

 頑張るのだ、都!と自分に叱咤激励した。

 きっとヤツを見据えて、私は言う。

「―――――私は、欲しいのよ。出来たら35歳までに産みたいわ」

 ヤツは頷いた。簡単に、軽やかに。

「好きにしたら」

 私はぽかんと口を開ける。・・・・え?今、好きにしたらって言った?それっていいよってこと?それとも――――――ええ??

 私が唖然、かつ混乱しているらしいと見たか、ヤツはわざわざ言い直した。

「産みたければ産めばいいんじゃないか?35歳までに」

 目が点になった。

 産めばいいって・・・だって・・・一度だって、抱かれてないけど??

 あれ?こいつ、もしかしてシングルマザーになりたがってるなら好きにすればって言ってんの?だとしたら意味が大いに違うでしょ。俺は関係ないって言ってるってことになるがな!

 種馬にはなるってこと?それとも他の男と好きにしろってこと?

 突然、頭の中に小学校4年のときの担任だった、玉本先生の言葉が蘇った。

 彼女はいつも言っていた『人の話をよーく聞きなさいね。そうすれば、相手が何を言いたいかがすぐに判るようになるから』って。

 私は今、全身全霊でヤツに意識を集中して聞いていた。

 だけど先生・・・私、あの男の言いたいことが判りません。

 まーったく、判りません。

 何とか開けっ放しの口を一度閉じて、それからゆっくりと私は言った。

「やることしなきゃ妊娠なんて出来ないでしょう!」

 ヤツは更に首を傾げた。ううう〜そのままへし折ってやりたい。

 へし折ってもいいですか、と聞いても、好きにしたらって言いそうだ。

 ヤツはうんざりした顔に、だるーい、と文字を浮かび上がらせたまま言った。

「一体誰の子供の話してんの?」

「もしもーし?」

「・・・何」

「ここにはあんたと私しかいないでしょうがっ!」

「え。―――――――俺?」


 ・・・・間が。その、間が強烈に痛い・・・。


 よろめきそうになる体をシンクでなんとか押さえて、私は呟いた。

「・・・君はバカなの?それとも煙にまく作戦とか?」

 もしかするとそのどっちもか。

 現在法律上では私の夫で、一緒に住んでもうすぐ5ヶ月になる漆原大地は真顔で聞いた。

「うーん・・・。冗談でなくて?」

「コロスゾキサマ」

「だってな〜・・・俺、責任取れないし」

 ――――――――うん?

 私は激しく両目を瞬いた。

 結婚していて、彼の扶養に入り、養って貰っている。・・・これ以上、どう責任取るつもりなのよ?

 私が驚きとショックと混乱で言葉が出ないのを見て、ヤツはのたもうた。

 声に困惑は混じってた・・・と思うけど、平然とした顔で。

「本気で言ってんの?」

 その言葉が脳内に届いた瞬間、私は、切れた。

「・・・もう、いい」

「ん?」

「もーう、いい!!あんたの子供なんかいらない!他の男捜します!!」

 ずかずか歩いて自室に入り、ドアを渾身の力でバンっ!!と閉めた。

 そのままベッドにダイブして頭から布団を被る。

 あの・・・あの・・・漆原、大地の・・・・・・・

 わなわなと震える両手を何とか押さえ込んだ。

 ばっっっかやろおおおおおおおおおおお〜!!!!!




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