1、オレはピンク



 1、Let me introduce to my self.




  予期せぬことが起こるからこそ、人生は面白いって思ってたんだ。











「ああ〜・・・・かったるい」

 穏やかな春の終わりだった。

 オレは年がら年中着ている迷彩のパーカーを羽織って道を歩く。肩から提げた鞄の中身はテープレコーダーと筆記用具。それと音楽。

 フードを被った頭ははみ出している所がキラキラと光を受けて煌く。

 短髪で金髪。しかも毛先はオレンジに染めている。外見は派手、中身はA軽(あかる)い、それがオレだ。

 ちゃんと紐を結んでないブーツがかぽかぽと音を立てる。

 その音を聞きながら、高級住宅街を歩いていた。


 4月の中旬。

 ガキ共の学校も始まって、昼間の町や住宅街はすいている。昼前に起き出して叔父の電話を受け、嫌々ながら歩いているところだ。

 これから仕事。

 朝ごはんも済んでなかったから、電車から降りた時に駅前のコンビニで唐揚げ棒を買って口に突っ込んだ。

 油でぎとぎとになった指を舐める。

 ああ・・・ちょっと食べたら余計に腹減ったなあ〜・・・。

 でも仕方ない。今回の仕事は報酬もデカイし、何より叔父の身代わりなのだ。どれだけ眠くても行くしかない。



 1週間前、オレの部屋にふらりと現れた叔父のハルは折角のイケメンを台無しにする汚さでドアを叩いた。

「おーい、テル〜!俺だ俺!」

 声だけで誰か判ったけど、久しぶりにテルと呼ばれてドアを開けるのを躊躇したのだ。

 この世で、オレのことをテルと呼ぶ人間はもう一人しかいない。

 そしてその一人が現れる時には、大概やっかいごとが起きるのだ。

「・・・」

 チェーンをかけたままで無言でドアを開ける。

 途端に鼻につく匂いにオレは顔を顰めた。

 くせえ!・・・何、この臭い匂いは何だ??

「おーい、テル!何でチェーンなんだよ、早く開けて、入れてくれ」

「・・・ヤダ。ハルなんでそんなに汚えの?」

 髪はボサボサ。髭面で、悪臭。

 5つしか年齢の離れていない叔父のハルは、顔の前で両手を合わせて懇願した。

「早くいれてくれ〜!それでそれで、風呂にも入らせてくれ〜!!」

「・・・」

「それで飯を食わせてくれて、着替えもくれ〜!!」

「・・・ヤダ。どっか行け」

「そうだ、歯ブラシも新しいの出してくれ〜!」

「さらりとお願い増えてるぞー。さっさと消えろ」

「テルくーん!!」

 バカみたいな押し問答を暫くした後、育ててやったのは誰だと思ってるんだ、と言うから、保育園と学校と冷凍食品だよ!と返すと今度はうな垂れた。

「・・・・判った、仕事を回してやる」

 オレはドアに肩を預けてハルを見る。タダじゃないっつーなら考えてもいい。

「報酬は?」

「かなりいい」

 しばらく考えたけど、取り敢えず優しいオレはドアを開けてやった。

 あまりにも汚いヤツを、風呂には浸かるな、シャワーだけにしろ!と命令してユニットバスに閉じ込める。

 テル〜歯ブラシも〜、とのんびりした声が聞こえて包丁を投げ入れそうになった。

 ここ最近仕事がなかったから、実のところ貯金が尽きかけていたのだ。現実問題仕事の話は有難い。

 15分くらいで叔父はシャワーから出てきた。

 さっぱりした叔父は、いきなりイケメン度合いが増す。長めの黒髪二重の大きな瞳、大きな口、ひょうきんな雰囲気の中にやたらと色気がある表情をする。

 髭もそって歯も磨いた今は、女達が喜びそうな爽やかなくせにエロい顔でいつものように笑った。

 大柄だけどすらりとした体、上半身裸でタオルを被ってるけど、その腹筋はちゃんと割れている。

 あれだけ不規則な生活している癖に、どういうことだよ、オレは口の中でぶちぶち言った。

「オレのとこなんかじゃなくどっか女のとこ行けよ。モテなくなったのか、ハル?」

 オレの服を投げつけながら聞く。やつが着ていた服は腐りかけていたからゴミ袋に突っ込んだのだ。

「いやあ、それが出来たらいいんだけど。無理なんだよ、俺今ストーカーから逃げてるところだからさあ〜」

 あはははと笑ってタオルで頭を拭く叔父を呆れて見上げた。

「ストーカーだ?」

「そうそう。飲んで店出たら、枕持って待ってたんだよ。で、包丁まで出して追いかけてくるからさ、逃げ回ってて、暫く公園で寝てたんだよね」

 何だよそれ。寝てたんだよね、じゃねえっつーの。

「・・・それって恨まれてるんじゃねーの。好きとかではなく」

「いやいや、だって、結婚してよ!って叫びながら追いかけてきたんだぜ。そんなイカレタ女連れて他の可愛い子のところ行けるかよ。その子に何かあったら申し訳ないだろ」

 ・・・オレはいいんだな。そう思って憮然とした。

 それがこの世でたった一人の身内にすることか!

 オレのシャツを着て、これ小さいな、と言うムカつく男を見上げる。その怒りのこもる視線に気付いたらしく、叔父はにやりと笑って言った。

「怒るなよ、神谷広輝君。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」

「本名をフルネームで呼ぶなっつーの!」

 イライラと叫ぶと、叔父は頬を指で掻いて空中を見上げる。

「ああ?あー、そうだったな、お前変なあだ名あったんだっけ。・・・ええと、何だっけ。オレンジ?」

「・・・ピンク」

「それだそれ。おかしなあだ名だよなあ。テル、何であれ本名は大事にしろよ、折角俺とお揃いなんだからさ」

 ―――――だから嫌なんだよ。それは言わずにおいたけど。


 俺の名前は神谷広輝。ヒロテル、という名前を、オレの母親は自分の弟と並べて呼ぶのに便利だからという理由でテルと呼んでいた。

 ハルとテル。いつでもそう並べて呼んで、弟と息子を育てていた。既に両親は交通事故で亡く、15歳も年の離れた弟と自分の息子の面倒を一人でみていた。

 自分の父親に関しては知らない。話を聞いたことがないし、母も話そうとしなかったからだ。

 兄妹もいなかったけど、この賑やかな叔父が兄みたいなものだったから、寂しいと思ったことはなかった。

 育てるのは一人だったけど、両親の交通事故の慰謝料と生命保険が降りたのでお金には苦労しなかったのが救いだろうか。3人でいつでも楽しくじゃれていたという記憶しかない。

 その母親が中学生の時に道を歩いていてヤクザの抗争に巻き込まれて事故死してからは、オレはこの5つ離れた叔父の春喬(ハルタカ)と一緒に生活していたのだ。

 同じく金には困らなかった。母が使わずに遺してくれてた祖父母の財産と、祖父母と同じく母の生命保険も降りてきたからだ。

 そんなわけで男二人になって、喧嘩しながら生きて来た。

 イケメンでちゃらんぽらんな叔父が連れてくる歴代彼女の手料理で育ち盛りを過ごし、高校卒業すると同時に一人暮らしを始めた。

 友達が多い。

 叔父もたまーに思い出したように尋ねてくる。

 だから気楽に一人で生きている。


 オレのあだ名はピンクと言う。

 小学校の頃、英語を教わり始めたガキ共は何でもかんでも英語に翻訳して使いたがった。

 おはようをハローといい、臆病者をチキンと呼んで囃す。

 その時、皆からテルと呼ばれている神谷はつまり、電話だよな、と盛り上がったのだ。そして当時まだ町に一台だけあった公衆電話がピンク色のダイヤル式電話だったので、それ以来ピンクと呼ばれるようになった。

 小学生らしい、実にバカバカしい発想だけど、周囲はよく似合ってるという。

 お前はピンクだよ。軽くて明るくてへらへらしてて、ドライ。そんなことを言って。

 一度でも接客業なんかにはついたことがないから、オレの頭は万年虹色だ。知り合いの美容師の実験台にされているので、パーマやカラーリングはタダだけど指定は出来ない。やつの好きなように3ヶ月に1度変えられる。

 今は金髪に毛先がオレンジだった。

 ほとんど屋内にいるから肌も白く、生まれつき瞳が茶色なのでハーフかなんかかとよく間違えられる。

 だけど存在も曖昧な父親も日本人だったらしいからそれはないんだけど。

 ともかく、身長は175センチ、童顔で金髪の色白の男。左耳に二つのピアス。あだ名はピンク。

 これが、オレだ。



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