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 結局その後ハルから電話が来て、母親の予定が合わないからと二日後になった。

「・・・明日、旗ん家行くんだけど・・・」

 オレの呟きをハルは聞き逃さなかった。

『それがどうした。仕事だろ、行けよ』

「・・・」

『テル?何悩んでるんだ〜?』

「・・・何でもないっす」

 そういうと、突然電話が切れた。あん?と確かめるとバッテリー切れ。ちぇ、こんなタイミングで。

 あー、しくった。この感じだと、ハルはオレに会いに来そうだ・・・。昔からケジメはちゃんとつける男だった。あんな会話の終わり方をハルが許すはずがない。ちゃらんぽらんで女はとっかえひっかえだったけど、相手に恨まれる別れ方はしてないようだったし。

 絶対、くるよな。

 明るい初夏の日差しの下で、おもーいため息をつく。

 うんざりしたけど仕方ないから本屋は諦めて部屋に戻ることにした。

 取り敢えず、ケータイを救ってやらねーと。


 部屋で漫画を読みながらごろごろしていると、チャイムが勢いよくなる。これまた丁寧に3・3・7拍子で鳴らすのはハルに決まってる。

「うっせーよ!」

 怒鳴りながらドアを開けると、キラリと青い髪が光った。

「・・・あれ?」

 目の前に立つのは頬を膨らませたシンディーだった。

 黒いチビTを着て腹を出し、ぴったりしたブルージーンズを履いている。足元は8センチくらいのヒールサンダルで、ただでさえデカイのに更に高くなって、上からオレを見下ろしていた。

「シン」

「ピンク、あたしに怒鳴るなんてよくやるねえ」

 不機嫌な声でサングラスを押し上げて睨みつけた。・・・何だよ、この上から目線。邪魔。

「だってあの鳴らし方はハルのだもんよ。オマエ、何でここにいるの」

「暇だから遊びにきた」

 ・・・・あっそ。オレは疲れて指をエレベーターへ向けて見せる。

「オレは忙しいから。じゃーねー」

 ガン!と結構な音がして、ドアが大きく軋む。シンディーが蹴っ飛ばしたみたいだった。

 揺れたドアに頭をぶつけてうう〜っと唸るオレを遥か高みから見下ろして、暴力女が言う。

「あら、失礼。あたしの長い足の置き場がなくってね」

「・・・バカ女」

「ああ!?」

 両手を腰にあてて唸る。モデルを務めるだけあって、その迫力というかオーラが半端ない。可哀想なオレ〜。何だってこんな目に・・・。

「ドア壊れたらどうしてくれんだよ。ここ賃貸だから!」

 オレの小さな抗議にも鼻で笑う。

「ドアくらいダースでもミリオンでも用意してあげるわよ。ピンク、あたしを舐めてんの?」

 お前だけは頼まれても舐めたくない。心の中でそう呟いた。こんな怖い女、絶対やだ。例えばまな板の上に全裸のシンが乗っていても、絶対食指は動かない―――――――と、思いたい。

 ちょっと自信のない自分に気付いて情けなくなった。

 中途半端なドアを大きく蹴飛ばして開けて、シンはずかずかと入り込む。

「相変わらず小さい部屋ね。寝室が一つしかない家なんて信じられない」

 ぐるりと見回して嫌そうに言う。

「ベッドルームは3つはないと。バスルームも勿論人数分必要だし、とにかくこの部屋、暗いわ」

 嫌なら出てってくれたまへ。これだからお嬢は嫌いだよ。オレは打った頭を抑えながらだら〜っと口を開く。

「・・・住めば都って知ってるかーい?」

「知らない」

「when in Rome, do as the Romans do 」

「それは知ってる。だけど日本人が皆こんなちっさい部屋に住んでるんじゃないでしょーが!」

「・・・普通のアジア人は、シンみたいにでかくないんだよ」

「ああ!?」

 全くうるさい女だ。一体どうしてこんなことに?

 オレがうんざりして壁にもたれていたら、更にうるさいのがやってきた。

 またチャイムが3・3・7拍子でなる。

 シンがパッと嬉しそうな顔をした。

 思わず尻尾と耳が出てないか確かめてしまったオレだ。

「テルー?居ないのか・・・って、開いてるじゃないか―――――――おわっ!!」

 シンに抱きつかれたハルの叫び声が聞こえる。

 しばらくハルに抱きついてキスをしようと頑張るシンと、それを懸命に避けようと頑張るハルの攻防戦の音を聞いていた。

「テルー!!助けてくれー!!」

「・・・やだ。つーか、どっか他でやってくれ」

「ハル〜!ちゅーしよ、ちゅー。挨拶だよこんなの」

「日本では違うんだあああ〜!!」

 やかましい。オレは足を伸ばしてドアを閉める。するとコンマ1秒で折角閉めたドアがまた蹴り開けられた。

「閉めるなよ!ピンク!」

 ・・・・黙ってハルを襲っとけよ。大体オレとハルでこんなに扱いが違うのは何でだ?いや、間違ってもこの女には襲われたくはないが。

 何とかシンを引き離したハルがヤレヤレと言いながら入ってくる。

「あー、驚いた・・・。心臓に悪いわ、マジで」

「もう諦めて結婚してやれよ〜。キャンキャンうるさいからさ〜」

 オレの他人発言にハルはデコピンで反撃する。

「そんなこと聞きにきたんじゃねーの。テル、ちゃんと話せ。一体どういうことなんだ?それとシンディ、部屋に入る時は靴は脱ぎなさい」

 ハルに命じられてシンはいそいそとヒールサンダルを脱いでいる。まるで忠犬だな〜。

 オレはベッドに転がって横向きになり、そのままだらだらと話した。

「・・・オレ、あの旗ってオッサン何か苦手」

 ハルがあぐらをかいて座り、先を促す。一年に一回あるかないかの真剣な顔をしていた。

 前にこんな顔をしたのは、オレが高校卒業後の進路を話した時だったな。

「何か言われたわけでもされたわけでもねーけど・・・何か・・・作った親切、みたいな・・・。たま〜にだけど、変な顔するし・・・」

「変な顔?」

 仮にもアイドル出身捕まえて、お前、とハルは呆れた声を出す。

 うまく言えない。だけど、ざわざわするような目で見てくるときがある。観察されているような、試されているような―――――――――

「・・・で、まあ、今、亡くなった奥さんの話をしているとこなんだけど・・・腑に落ちない。色々と。態度とか、言葉とかが。それで前の人、ここら辺までは話も進んでたって河野さんに聞いたから、ちょっと会ってみたいな、と思って・・・」

 オレの印象が正しいのかどうかを聞きたかった。東条という前のライターも感じたのか?それでライターを降りたのか?一体何があった?

 ハルは黙って聞いていた。大きな口元にオレのボールペンを押し付けている。何かを考えるときの癖で、斜め上を見ていた。

 それをシンがうっとりと眺めている。部屋の中にはシンのつけている香水の香り。部屋の中が一気に華やいだようだった。

 美形が二人、並んでいるのはゴージャスな光景だ。ただし、バックはオレの部屋の小さくて雑然とした台所だけど。

「・・・仕事を放り出すってほどではないんだな」

「まーね、今のところは。でも気持ち悪いってだけ」

「ふーん」

 唸って考えている。ハルが取り残されたオレを大事に思っているのは十分に判ってる。いつだってこうやって難しいことは二人で考えてきたんだよな。

 母親が亡くなった時も。その後処理も。警察の人や周りの大人に聞いて。あの夜は二人で一緒の毛布に包まって寝た。

 取り残されたのは、オレたちも同じ。

 旗と同じ、身内はいない。


「よし」

 ハルがぱっと顔を上げた。伸びた前髪を鬱陶しそうに払って、オレをじっとみる。

「お前、次はいつが仕事だ?」

「ん?明日。そう言ったでショ」

「それはキャンセルしろ。感染力の強い病気にでもなったっていっとけ。それで、明後日、東条の家に行こう。俺も行く。東条が何か残してるかもな」

 え。

 オレはベッドから起き上がった。

「案内だけじゃなくて?ハル、仕事は?」

 ハルは端整な口元をにやりと歪めて笑った。

「馬が当たったんだ。だから休業中〜」

 マジで。オレへのお零れは!?手の平を差し出すと、意味は判ったみたいで叩かれた。

 ギャンブルに行ってる暇があるなら出版社に顔だせよ、オッサン!と突っ込むべきだった、と後で気がついた。

「いつでも言ってくれれば養うのに〜」

 シンがハルにまた抱きつこうと頑張る。それをひょいとかわして、ハルが苦笑した。

「俺は自由がいいんだよ、シンディー。君ははやく似合いの男を見つけなさい」

「ハルがお似合いなの!ハルならパパの会社も継げるよ〜!」

「継ぐのは出来るだろうけど、一年で潰す自信もあるぞ」

「ハル〜!!」

 ぶーぶーと盛大にシンがブーイングをかます中、オレは仕方ないかと頷いた。

「・・・判った、明日はキャンセルする。今日河野さんに電話入れとくよ」

 うん、とハルが頷いて、ちらりとオレを見る。

 あ?何だ? その目の意味が判らなくて首を捻ると、言葉になって返って来た。

「気をつけろ。感ってのは、大概当たるもんだからな」

「・・・」

「変なヤツだ、と感じる何かがあるなら、旗ってヤツは変な人間なんだ。幽霊より怖いのは生きてる人間だぜ、気をつけろよ」

「おっけ〜」

「それに」

 ハルが切れ長の垂れ目を細める。厳しい顔つきで呟いた。

「東条が消えたってのは、やっぱりおかしい。旗が関係あるかもしれないなら調べないとダメだ」


 一番怖いのは、生きてる人間・・・。

 その言葉を頭の中で繰り替えしながら、オレはゆっくりと頷いた。




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