1、消息不明?@




 3、It is open to question.



 首を突っ込むつもりは、本当はなかったんだ(・・・と思いたい)。








 二日後、オレは自伝の担当者の河野さんから呼び出されて、いつものファミリーレストランに来ていた。

 呼び出しを受けて、作りかけていた朝食兼昼食を取りやめた。タダで食えるのに自分でつくっちゃいけないでしょ。

 そんなわけで、背中とお腹がくっついちゃうぞ状態で待ち合わせに向かったのだ。

 また出版社の奢りでご飯をガツガツ食う。25歳、まだまだ育ち盛り〜。

「うん。ペースもいい感じだね。旗さんに気に入って貰えたようでよかったよ〜」

 河野さんは上機嫌で言う。これ、今日の分のゲラね〜と大きな封筒を出す。

 胃を悪くしそうなブラックコーヒーをぐいぐい飲んでいた。見てるだけで気分悪いわ。

「しかし神谷君、大丈夫だった?こういう話きくのって凄く体力いったでしょう!」

 そう言って覗き込むから竜田揚げ定食に視線を逃がした。お箸で大根おろしをかき混ぜる。

「・・・そうっすね〜、まあ、こういう話は合いの手入れなくていいっすから・・・どうにかなったというかー・・・」

 だらだら喋るけど、それにももう慣れたようで眉一つ動かさずにうんうん頷いている。

「いやあ〜、君を最初に神谷君に紹介されたときはマジで勘弁してくれって思ったけど、仕事は普通・・・というか思ったより励んでくれてるし、良かった良かった!この事件の話は旗さん公表してないから、こういっちゃなんだけど、目玉になるんだよ」

 ・・うん、それは前にも聞いたけど〜。オレは黙ってガツガツ食べる。でもそこで、あ、と思って顔を上げた。

「ねえ、前に書いてた人も、ここら辺までは行ったんでショ?」

 へ?と河野さんの動きが止まる。暫く頭の中で咀嚼したようで、その内に不機嫌な顔になった。

「・・・・ああ、まあね。いきなりふっつり消えやがって、お陰でこっちは大変だったよ。全く責任感ないよな」

 仕事だっつーの、とまたコーヒーを口に運びながらブツブツ言っている。

 でもオレの耳には単語が引っかかっていた。

「消えた?」

「は?」

「あの、前書いてた人、消えたってマジですか?」

 ふう、と息を吐き出して顔を顰める。

 東条っていうフリーのライターなんだけどね、と声を低くする。

 そして椅子にどっかりと背中を預けてぶっきらぼうに話し出した。

「そうだよ。ある日旗さんから電話が来て、約束の日だけど彼が来ないって言われたから慌てて電話したら、ちょっと今日は止めときます、だと。ふざけんなよってヤツだろ?別に理由があるわけではなさそうで、それは困るって言ったらがちゃんと切りやがった。それからはナシのつぶてだよ」

 まあこっちももう用無しなんだけどさっ!と吐き捨てるように続ける。

 思い出してムカついたらしい。畜生、東条め、と口元を歪める。折角機嫌が良かったのに、余計なことをしてしまったとうんざりした。

 しまった〜、まだデザート頼んでないのにな・・・。オレは恨めしそうにデザートメニューを横目で見る。

 定食だけでは勿論足りない。誰かに奢ってもらえるときの楽しみなのに〜。

 でもこの機嫌で頼むと「自分で払え」って言われそう・・・。

 パチン、と閃いた。

 あ、そうだ。これ言っとこ。

「次もまだ話したことない話をするって言ってましたよ、あのオッサン」

「旗さん」

 無意識に訂正を入れてから、河野さんはパッと喜色を浮かべた。

「あ、そう?やった、よほど君とは馬があうんだなあ〜。いや、有難いわ。ちょっと大変だろうけど、頑張ってよね、神谷君!」

「うす。デザート、いいっすか?」

「うん、食べて食べて〜」

 机の下で地味〜にピースサインを繰り出しておいた。やった、作戦成功だ。

「気持ちいいくらいよく食べるよね。どれにするの?」

 河野さんが覗き込むから、メニューを指差した。

「ジャイアントパフェ」

「・・・・・・あっそ」

 店員を呼ぶボタンを押しながら、これ以上前のライターの東条って男のことは河野さんには聞けないな、と思っていた。

 だけど、胸のところが気持ち悪い。

 うーん・・・・。

 ケーキもアイスもプリンものっている上にポッキーやらなんやらが色々刺さった巨大なパフェを、河野さんの「うげ〜」と言う声をBGMにして完食した。

 凄いパフェだ。考えた人に尊敬の念を送っとこ〜。こんな、何でもありな取り敢えずのっけとけパフェ、バカしか思いつかないに違いない。

 それを食べるオレもバカってことだよね。ひゃっひゃっひゃ〜。


「じゃあ宜しくね、またメール待ってるからね」

 河野さんはそう言って手を振りながら大股に歩いて行った。

 オレはパーカーのポケットに両手を突っ込んで突っ立ったままそれを見送ると、ズボンのポケットからケータイを出した。

 さっきかすかにバイブが振動したのを感じていた。

 3・3・7拍子のこのふざけた震え方は―――――――――アイツだ。オレのひょうきんな叔父は、人の携帯の着信を自分好みに変えるのだ。

 リダイヤルで歩きながら電話をかける。

 午後3時の街は誇りっぽくて、初夏の太陽の日差しに目を細める。

 耳元でハルの声がした。

『―――――――テルか?』

「うん、電話くれたよな」

 かっぽかっぽかっぽ・・・ちゃんと履いてないブーツが音を立てる。駅前のファッションビルに入っている本屋を目指して歩いていた。

 週間漫画を買わなくては。優先順位は高いのだ。

『今大丈夫か?外?』

「ダイジョーブ・・・・。あれ、何か判った?」

 用件は他に思いつかない。この前オレが頼んだ、前のライターについての情報に違いない。

 迷彩パーカーではすでに暑くて、中はタンクトップ一枚だけども汗をかいていた。

 自分の髪の毛が光を反射してキラキラ光る。それをショーウィンドウ越しに見ていると、ハルの声が耳の中で響いた。

『テル君可愛くなーい。まずは時候の挨拶だろうがよ。素敵でハンサムで気が利いて何でも出来る俺様に挨拶は〜?』

 おえ。つい路上で吐く真似をする。野郎が猫撫で声を出すなってーの。気持ち悪〜い。

「・・・財産を全部オレに遺すと書いてから死ね」

『うふ、テル君ったら照れちゃって!可愛い〜』

「・・・・」

 ああ、神様。いるならいますぐこの男に鉄槌を下してください・・・。眩暈がしてウィンドーに背中を預ける。

『テルくーん?』

「シンディに、ハルが結婚してもいいって言ってたぞって言ってやる」

『・・・・ふざけるのはこれまでにしよう。それにしてもオマエ年々可愛くなくなるな、マジで』

「やかましい」

 イライラと噛み付くと、電話の向こうでため息が聞こえ、それからハルの珍しく改まった声がした。

『あいつ、消息不明だ』

「・・・・は?」

 しょうそくふめい?一発で漢字に変換できなくて、取り敢えず頭の中で文字を転がす。

 ・・・不明。消息が、不明。つまり雲隠れ、かい??東条って人?

「え、消えたの、文字通りに?」

『そう、本人に電話しても携帯が応答しないし、まあ資料だけあればいいならと思って実家に電話したんだよ。あいつの実家で泊まらせてもらったことがあったから、電話番号知ってた』

 こいつはマジでいたるところにやっかい掛けてんだな〜・・・。母親が生きていたらスリッパで弟の頭を殴るに違いない。

 呆れてうんざりしながら聞いた。

「それで?」

『そしたら母親が出て、あの子は失踪してしまって警察にも届けを出してるんです、と言った』

「―――――――」

 ・・・そりゃあ本格的、だね・・・。

『驚いたけど、取り敢えずテルが資料がどうのって言ってたから、それを見に行ってもいいかは聞いておいたぞ。何がどこにあるか判らないから勝手にみてくれていいって言ってたけど、どうする?』

「・・・ああ。えーっと・・・」

 急には言葉が出ない。大体資料云々は嘘なのだ。本人に会って、旗の印象を聞きたかっただけで・・・。でも本人は消えてしまったらしい。

 うっそー。マジで、どうしよ、それ。

 無言で考えていたら、おーい、とハルの声が聞こえる。

『テルー?』

「あ、悪い」

 ふう、とため息をついた。だけどとにかく原稿があるならそれを見せてもらって、参考にさせてもらおうかな、と思ったんだった。

「今日、いいかな?」

『聞いてみるわ。親御さんが鍵あけてくれるらしいから、俺も同伴するよ。また後で折り返す』

「ん」

 切れた電話を見下ろす。バッテリーが残り少なくなっていた。

 ・・・消えた?一体、どうして?



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