1、花束か弁償か@



 お正月を実家で迎えた。

 戻ってきた娘が盆の帰省時よりは格段にマシになったと両親は手を叩いて喜び、母親は毎日大量のご馳走を用意した。

 心配をかけてたんだなあ〜と今更ながらに思う。だから私はハイハイと何でも頷き、笑顔を絶やさず、出されたものは全て食べることで恩返しをする。

 父と仕事の話をし、母とは友達の話をして、後は特にどこへも出かけずに家にいた。

 みかんと餅を大量に食べた。そのせい・・・いや、お陰で、夏終わりの頃より体重は5キロも増えた私だった。

 洗面所の鏡の前で、流石にこれは肉をつけすぎ・・・・?と一瞬悩む。だけどもちょっと前、平林さんに連れていかれたカフェで食欲を取り戻すまでの私がガリガリすぎたのだ、と残念なお腹の贅肉を無視することにする。

 お腹につかずに出来たらもうちょっと上に・・・と悲しく思ったけど、元々30歳過ぎで胸がピンピンでパンパンな訳がないではないか!と自分に突っ込んだ。

 いきなりそんな胸になったら新年の出社で胸の整形を疑われそうだ。そんなの嫌でしょ、私!

 うーん、しかし・・・体重分の肉は全て腕と太ももとお腹についた気がする。どうしてお尻とか胸とかにはいかないのだろうか。人体の神秘だ!

 だけど確実に離婚前の平和だった私に戻りつつあった。少なくとも外見は。顔色も良くなり、肌のくすみも取れたようだ。髪には艶が戻り、こしもでてきたような気がする。

 鏡の中で笑顔を作れば、こけた頬が作る皺の代わりに光る玉が浮かぶようにもなった。・・・顔にもお肉は付いてきた模様だ。ま、皺よりはいいよね、と自分に言い聞かせる。

 皺皺のガリガリよりは、ふっくらして柔らかそうな方が。

 あの無駄に美形の男が私にエレベーターの中でかけた呪いはガッツリ私を苦しめた。

 何と、毎晩夢に出てきた。

 黒髪ロン毛の保険営業高田篤志が。

 エンドレスに繰り返される手を握られる感触。そして親指で撫でられて熱を持った手が――――――――

 あの綺麗な微笑がぐるんぐるんと頭の中を回って、それから逃げられない苛立ちからテレビの中のイケメンに文句を言って八つ当たりした。

 それを見た母親が不思議そうに、格好いい男の人が嫌いだなんて変な子ね〜と述べていた。

 ふん、整った顔が何だってーのよ!そんなもんに惑わされてはいけないのよ私!そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、高田さんは瞼の裏で微笑むのだ。

 ・・・どんな呪いだよ・・・あの男、私を殺す気か。


 正月の実家から自分の部屋に戻ってきた1月3日、電話で陶子と話しながらカーペットの上に寝転がる。

 陶子には元夫の事務所で働いた暴行も全部話していて、もしかしたら訴えられるかもね、とまで言っていたから彼女はその心配をして電話をくれたのだった。

 だけど、話すのは専ら高田さんについてだった。

『あんたどうして逃げるのよ〜!!』

 電話の向こうで陶子がキャンキャン叫んでいる。私はちょっと携帯と耳との距離を離しながら、だらーっと答えた。

「・・・いやだって、何で私なのよ。そこが納得出来ないんだもん・・・」

『は!?そんなこと別にどうだっていいわよ!好きだって言ってくれてるんだから、ありがとうって返しなさいよ!』

 それは自分に自信がある人だけが出来るワザでしょ、と心の中で呟く。

 私がもの凄い金持ちだったり、もの凄い美人だったり、やたらといい人脈をもっているだとかなら、好かれるにも理由になるかもしれないけど・・・そんなんじゃ全然ないし。

 むしろ、人生で一番暗くて疲れている時期に出会った人なのに、何故って思うのが普通でしょ。疑心暗鬼にもなるってもんでしょ。それも相手はそれこそ恋愛相手に困らないだろう美形で金も稼げるいい男なのだ。好きになるのは私でなくていい、というか、私じゃないのが当然だろう。

 それをウダウダ話すと、電話の向こうの陶子は苛々したらしい。

『鬱陶しいのよ、あんたー!!』

 きいいいいっと叫んでいる。

『なら聞いたらいいじゃないのよ本人に!バカらしいけど、どうして私が好きなんですかって!』

 何を言っているのだこの女は。私はため息をつく。

「いや、近づきたくないから。あの人といると目立つし、じろじろ見られるのが嫌なのよ」

『楽しめっちゅーの、人の視線を!それをビタミンに変えて輝けっちゅーの!』

「・・・私は地味〜に生きたいんです」

 盛大なため息が聞こえた。何かを蹴っ飛ばしたらしい音もついでに聞こえた。

 多分、ゴミ箱が犠牲になったと思われる。

『――――――自分を好きだって言ってくれる異性を探すのに、皆がどれだけ面倒臭い行程と思いと努力をしてると思ってんの?あんた、それワガママよ!逃した魚は大きかったってなってもいいわけ?』

「・・・いいもん」

『嘘つき』

 ぴしゃりと陶子は言う。

 それが心臓に真っ直ぐ突き刺さって、一瞬呼吸が出来なくなった。

『一度は幸せな結婚を手に入れた人が、そんなこと本気で思ってるわけないでしょ。誠二を愛せたんだから、彼だって愛せるはずよ。それに多分、私の将来の年金かけてもいいけど、彼の方が誠二よりいい男っぽいし』

 ・・・年金賭けやがった、この子。おバカさんだわ。検証しようがないのに。

 言葉が出ずに受話器を握ったままで黙り込んでしまった。

 誠二を愛せたんだから――――――――・・・

『美香?聞いてる?』

 陶子の声にうんと返す。それからだら〜っと口を開いた。

「・・・だって・・・」

『うん?』

「また愛して、また捨てられたらどうするの?」

 口に出してから自分でハッとした。

 やだ。――――――私ったら・・・そんなことを。

 今度は陶子が電話の向こうで黙る。コチコチと時計の音が部屋の中で響く。

 ああ、どうしよう・・・そんなこと言うつもりはなかったのに。陶子は私を心配してまた辛い思いをしてしまうだろう。やだやだ、早く大丈夫って言わなきゃ――――・・・

 だけど私が言葉を出すより先に、彼女が話し出した。

『失敗したら、また次に行くのよ、美香』

「―――――――」

『そうやって長い人生を過ごして行くの。誰だってそうしてやってきたし、やって行くのよ。あんただけじゃない』

 陶子は決意を感じさせる声で話す。さっきまでのおふざけモードは完全に消えていた。

『一回失敗したからって次に怯えてたら、あんたの人生じゃなくなるじゃない。それこそ誠二のせいにして、自分を守ってるだけよ』

 ぐさっと来た。

 思わず胸を押さえてうずくまる。・・・いったあああ〜・・・!今の・・・痛かったです、陶子さーん!!

 上手く呼吸が出来ずに、電話を持ったままでのたうち回る。それを知ってか陶子はしばらく待ってくれたようだ。

「・・・ええと・・・うん、まあそうかも知れないけど・・・」

 何とかそう言うと、彼女はよし、と叫んだ。

『まずそこを認めるところからよ!今のあんたは怯えてるの。それは仕方ないかもしれないけど、いつまでもそのままだと人生が楽しくないし、それを打開出来る素晴らしい機会が来てるのよ!それを認めなさい』

 素晴らしい・・かどうかは知らないが、確かに誠二を過去として忘れ去ると決心した私にはチャンスであるのは間違いない。

 だけど、せめて・・・。

 せめて彼が普通の男なら良かったのにね。こればかりはどうしようもないけど。高田さんだって別に自分で選択して整った外見に生まれたわけではないだろうし。31歳で彼女なしなんて、過去に女に苦労して避けてるのかもしれないわけで・・・。おお!

 天啓が降って来たかのようだった。

 そうかもそうかも!彼がまだ独り身なのは、女で苦労してきたからかも!もしくは・・・

 電話をほったらかしで勝手に色々想像を始める。

 近くで結婚が破綻した平林さんを見ていたから、とか。いやいや、もしかして、平林さんの妻に惚れてたとか!!うわーお!それだってことだってあるよね、そりゃ、近くにいた人なんだったら!

『ちょっと美香ー!?どこ行った〜!?』

 向こうで陶子が叫んでいる。私はハッとして、床に落としてしまってた携帯を拾った。

「あ、はいはいごめんよ」

 慌てて謝ったけど、頭はまださっきまでの考えに捉われていた。

 高田さんはどうして今、独身なんだろう――――――――・・・



 翌日、初出勤日。保険会社でも今日は大体挨拶程度で、営業活動をする人は少ない。

 行くべき場所も仕事始めでまだ動いてないからだ。会社によったら仕事始めがまだまだ先の所もある。

 なので、営業部自体がのんびりとした雰囲気で、皆が冬休みのお土産を配りまくっている。

 私も実家の近くで買ったお菓子を各テーブルに置き、やれやれと一息ついたところだった。

 パソコン開けてもお客様からのメールもなかったし、今日はもう昼で帰れるな。明日からの動きの予定を立てないと。もう既に2月戦が始まっているのだ。1月分は12月中に何とかスタートを切れてるけど、それだってノルマの完達ではない。

 去年の11月戦が散々で搾られたから、この2月戦は怒られない程度には成績を収めたかった。

 もうあの部長叱責はごめんだわ〜!恐ろしかった。次やられたら仕事に対する愛情が萎えそうだ。

 見込み客の書き出しは明日やらなければならないらしい。だから今日中に当たる場所を決めて、新年の挨拶の順番も決めて――――――

 考えながら、コーヒーを淹れに給湯室へ向かう。

 この大きなビルの18階を占めているうちの会社は、第1,2営業部と事務室と会議室が2つ、給湯室とお客様面会室がある。男女別のトイレと給湯室、それに喫煙室も。

 その喫煙室から急に出てきた人影に、考え事をしながら歩いていた私はもろにぶつかった。

「わっ!」

「きゃあ!」

 正面衝突してお互いによろめき、そのまま私は廊下の壁に背中をぶつける。そしてその拍子に、右目に入れたカラーコンタクトが外れて落ちてしまった。

「・・・あ!」

 カラコンが―――――と言おうとした刹那、何かが潰れる音がした。パキって不吉な音が。

 ―――――あ。

 タイミング悪く歩いてきた人物に、そのカラーコンタクトは踏まれてしまったらしい。

 その足元だけを見ていた。

「尾崎さん、ごめんね大丈夫!?」

 私とぶつかった相手は同じ第1営業部の広谷さん。私より年上で入社時期が近い人で、確かに彼女は喫煙者だった。ふんわりとタバコの香りがする。




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