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 あたしはそれを自分の椅子からぼーっと見ていた。

 喋ることもないまま、しばらくするとラーメンが運ばれてきた。

 魚介の醤油ラーメンという名前のそれは、湯気を勢いよくあげていて見るからに熱そうだ。

「頂きます」

 あたしが言うと、前で彼も小さく言っていた。そして二人でやっぱり無言で食べる。

 久しぶりに食べたな、ラーメンなんて。チャーシュー、かなり美味しい・・・ちょっと〜、幸せだわ、温かいラーメン!

 表面は無言だったけど、心の中では忙しく喋り、あたしはラーメンをガツガツと食べる。

 その内に指も体も全部温まり、お腹の底から熱を感じてつい笑顔になった。

「・・・おいし」

 ふと顔を上げると、知らない相手はマジマジとあたしを見ていた。・・・うおっ!何だろう・・・ちょっと、一人じゃなかったんだよあたしったら!ヤバイ・・・ニタニタと怪しい女だったよね・・・。

 喜んだ後で急激に凹んだ。だけどそれは顔に出さない努力をした。

 すると、前の男が言った。

「・・・あんた、美味しそうに食べるな」

 あたしはちょっとホッとする。ああ、良かった。変な女だなって言われたら凹むところだった。

 安心した気持ちに力を借りて、言葉を押し出した。

「だって美味しいもの。・・・あたしは真部比佐って言うんです。あんたじゃなくてさ」

 彼の低い声は心地よかった。だから実際のところ、あんたであっても構わなかった。あたしを呼んでくれるなら。

 だけど熱々のラーメンと温められた店内のお陰で、あたしは普段の自分を取り戻しつつあった。

 だからちょっと頑張ってみる気になったのだ。

 ・・・・君の、名前を教えて?

 そう願いを込めて、前に座ってラーメンを食べる男子を見る。

 彼は丼越しにちらりとあたしを見て、お箸を置いてから、ふーん、と言った。

「・・・大貫亮平、1年8組」

「え、1年?ホント?年上かと思ったー」

 あたしが身を引いて驚くと、彼はちょっと鼻に皺を寄せてふんと鳴らした。

「どうせ老けてるんだ、判ってる。あんたも1年だろ」

「真部比佐だってば。そうだよ、あたしは1年2組。・・・どうして判るの?」

 あたしの問いに彼はにやりと笑った。意地悪そうな顔をして。

「―――――幼いから」

 ムカッ!あたしは口を尖らせて、それからどうせあたしは童顔ですよ、と呟いた。

 ・・・8組かあ〜・・・。遠いな。そりゃ今まで会わないはずだよ。移動教室でも全然関係ないクラスだったわけか。


 いつの間にかラーメンはなくなっていた。そして、体も温まっていた。

 言い合いをしたことで気分も解れたあたし達は、どうせだからとドリンクバーの注文をしなおし、それぞれが飲み物を取りに行って、改めて向かい合う。

「ふわわ、どうして解いたの」

 大貫亮平と名乗った彼がまた聞く。あたしはホットのカフェオレ両手で包んで持ち、今朝の転んだことを詳しく話した。

「コンっと石に引っかかっちゃって。久しぶりに転んだよー」

「・・・痛いよな、冬に擦り傷作ると」

「そうそう、皮も突っ張っちゃってるしねえ」

「で、手袋にも穴が?」

「そう、泥で汚れちゃったし、もう仕方ないと思って」

 一口飲んで喉を湿らす。入れた砂糖が甘くて、舌の上で広がった。

「・・・ちょっと毛糸が出てたの。それをみたら、むずむずと」

「引っ張りたくなった?」

「うん」

「それは何か判るな」

 でも、と彼は続ける。

「勿体ないかな、と思って。綺麗な色だったから」

 あたしはカッと顔が熱くなった。・・・うわあ〜、褒められちゃった・・・。どうしましょ、照れる!・・・うん?いやでも、別にあたしを褒めたんじゃないか。ちょっと動揺しすぎでしょ、あたしったら!

 ごちゃごちゃと頭の中で忙しく一人で言い訳をして、落ち着こうとカフェオレを飲む。

 でもやっぱり嬉しい。綺麗な色・・・そうでしょ、って自慢したかった。

「配色を褒められると嬉しいな。作ったかいがあったというもので」

 あたしがそう言うと、へえ、と聞こえた。この顔はちょっと驚いてる?

「・・・自分で編むの。器用なんだな。そうか、自分で作ったものなら躊躇せずに解けるよな」

 ・・・あたしは不器用に見えるらしい。ちょっと凹む。

 彼もすっかり温まったらしく、椅子にもたれてリラックスしているようだった。その姿は、やはりあたしと同じ高校生なんだなと突然認識した。

 スッキリ頭で納得したというか。今まではやはり正体の判らない憧れやら不思議を感じて年上だろうと思っていた男子だったのが、あたしと同じなんだと思えたというか。

 何だかいきなり親近感を覚えて、あたしはぽろりと言葉を零す。

「大貫君、手袋編もうか?」

「え?」

 言ってからハッとして、あたしは慌ててカップを置いて両手をぶんぶんと振った。

「いや、あの!す、素手でしょう、今日も!あたしは暇だし、だから・・・」

 やたらとジタバタするあたしをちょっと面白そうに見ていたけど、言葉に詰まったあたしが黙るとこう聞いた。

「・・・作ってくれるって、ミトンを?」

「え?いやいや、それは可愛いすぎるでしょ。ちゃんと5本指のついたやつだよ」

 ミトン嵌めたいのか、君は?思わず見詰めて、それから想像してしまった。無防備になったあたしはケラケラと笑う。彼も前で苦笑している。自分で想像したらしい。

「5本指のなら、良かった。ありがとう」

「え?―――――貰ってくれるの?」

 笑いを止めて聞くと、彼は前で首を傾げた。

「・・・作ってくれるんでしょ?」

 あたしはじんわりと嬉しくなって、うんうんと頷く。

「手袋する習慣はないんだけど・・・実際こんなに寒いと助かる」

「うん、作るよー!ええっと、何色がいい?」

 あたしは笑顔で聞く。うわーい、何か、いきなり接点が出来た〜!嬉しいぞう!

 毛糸、買いに行かなきゃ。

 予定を頭の中で組み立てながらニヤニヤしてしまう口元をカップで隠した。

「何でもいいけど。――――――ピンクとかでなければ」

 追伸がついたのが面白かった。

 あたしは不思議な言葉で存在感を産んだ彼と温かい場所で温かいものを飲みながらお喋りをしている。

 それがとても不思議だった。

 だけど、彼の隣の椅子の上に置かれた鞄の上にはさっきあたしが解いた毛糸達。あたしのミトンの片手分。

 汚れて破けてしまったそれらが何かキラキラして見える。

 また、出会わせてくれたんだ。

 そしてこの人の為に手袋を編めることになってしまった!

 素敵過ぎる。


 これも全部――――――――――


 嬉しくて細めた瞳で、彼の鞄の上の緑と黄色の毛糸を見る。


 ・・・あなた達のおかげ。


 カフェオレは冷めてしまった。それだけ長い間、店に居てお喋りをした。

 店を出る頃には雪は止んでいて、道路は濡れて昼間の太陽でキラリと輝く。見える全部が反射して眩しく、目を細めた。

 あたしの携帯には彼の電話番号とメールアドレス。

 彼の携帯にもあたしの電話番号とメールアドレス。

 まだよく判らない人だけど、話す言葉や声が好き。もっと聞いていたいと何度も話しかけた。

 今日は家に帰って、彼の手袋のデザインを考えよう。

 冷たい空気に混じって消える白い息。

 下校時に何だか寂しかった気持ちはどこかへ行ってしまっていた。


 じゃあ、また。そう言って駅で別れた彼の後姿を視界から消えるまで見送った。

 ・・・また。

 次の約束を彷彿させる嬉しい言葉だ。

 名前を何度も教えたのに、彼は最後まであたしを「あんた」とか「ふわわの人」って呼んでいた。

 くふふと笑う。

 膝が痛いのは忘れていた。

 鞄を振って歩き出す。


 彼の手袋は――――――――――――


 ・・・濃い緑から濃紺へのグラデーションにしようっと。






「手のひらのふわわ」終わり。

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