1、諸行無常の理@

 2DKの小さな平屋で、一つの部屋はおじいちゃんの仏壇(おばあちゃんも入った)や、まだ整理出来てないおばあちゃんの物で溢れているので、実質寝る部屋が一つしかないから仕方がないことなのだけれど、タケルはあたしと同じ部屋で寝る。

 彼が来るのはいつもあたしが眠ってしまってからなので、無駄にドキドキしたり緊張したり動揺してバカなことをしたりすることはない。

 だけどさあ、これってやっぱり問題だよね?

 初日はやつが勝手にあたしのベッドに入っていて、起きて気付き、驚愕したんだった。

 二日目はあたしは夜中にふと起きたけれど、寝ぼけた頭では人の寝息が聞こえることにとても安心して、嬉しく眠れた。

 三日目にしてやっと男と同じ部屋、それだけでなく同じベッドに寝ているという事実に突き当たって、動揺した。

 四日目はベッドの下に布団を敷いてあげたのに、夜中目を覚ましたらベッドに入ってきていて隣で寝ていた(明け方に追い出した)。

 彼は手を出すわけでもなく、ただ一緒に寝る。人の体温でベッドの中は温まり、冷え症で靴下なしでは眠れないあたしはその温かさによく眠れるようになっていた。それは判っていた。実際有難いとすら思っていた(ちょっとだけだけど!)。でも、やっぱりこれは・・・。

 今日は諦めの境地に入っていて、家主であるあたしが譲歩する案を出してみた。

「・・・・あなたがベッドがいいなら、あたしが下で寝るけど」

 あたしはパジャマで、彼はいつもの大きなTシャツ姿。まだ漫画を持って、あたしのベッドで寝そべって読んでいた。

 夜の11時。あたしはそろそろ寝たいぞ。だからタケルに、あんたが邪魔で寝れない、と言ったつもりだった。

「どうして?」

 タケルはきょとんとした顔で聞く。

「・・・あなたは男でしょ?」

「うん」

「そして、あたしは一応嫁入り前の女なんです、これでも」

「それで?」

 ・・・・それで十分だと思うんですが、足りませんかね、説明は。

 あたしは深いため息をついた。あれでダメなら物理的に説明しよう。

「・・・・えーっと、大体このベッドは一人用なので、二人では狭いでしょ?肩とか凝らない?」

「俺は気になんねーけど」

「・・・あたしは狭いのよ。あなたは体も大きいんだし」

 するとタケルは漫画をベッドの下に置いて、いきなりあたしの両手を引っ張った。

 勿論バランスを崩したあたしは彼の胸の中へ倒れこむ。

「ううううっっひゃあああああ〜っ!??」

 反射的にジタバタと暴れたあたしを抱きしめて、寝転んだまま耳元に来た口を寄せ、タケルが笑いながら言った。

「これで、解決。狭くねーだろ」

 そ。

 ・・・そんっなわけ、あるか〜っ!!だだだだだだっ・・・・抱きしめられてるよ〜!!!

 急激に体温が上がる。あたしは全身の力を込めて離れようともがきながら、叫んだ。

「いいいい・・・いいわけないでしょ〜!!バカバカバカ!離して〜!!!」

 更にぎゅう〜っと抱きしめて、やつは耳元で楽しそうに笑う。

「あははは、お前は本当に面白いな〜」

 顔を押し付けている彼の胸が温かくて、石鹸の匂いもして、あたしはドキドキとくらくらで気を失うかと思った。いや、いっそ失いたい。失わせて神様っ!!だけど残念なことに意識がハッキリしていて、理性もバッチリ残っていた。

 無理!無理!!無理ー!!!力が強くて体を抜くことは出来ないけど、こんな状態のまま眠れるわけなどないではないか!だから必死で考えて、姉妹対決で子供の時から鍛えた技で抜け出すことにした。

 フリーの両手でタケルの横腹を思いっきりこそばしたのだ。

「うわ!」

 技が効いたのか驚いただけかは知らないが、タケルはパッと腕を解いた。あたしはダダーっと抜け出して壁際まで下がる。背中をべたっと壁につけて、荒い呼吸でヤツを睨みつけていた。

 寝転んだままで、ムスっとした顔をしてタケルがあたしを見る。

「・・・何すんだよ」

「それはこっちのセリフだー!!何するのよいきなり!」

 恐らく全身真っ赤なはずだ。肩で息をしていた。だけど空気が足りない。空気が!このままだとあたしは死んでしまうに違いない。

「いい案じゃなかった?」

「よくない!しっ・・・心臓に悪いったら・・・」

「でもあれだったら狭くないだろ?」

「せせせ狭いわよっ!窮屈で仕方ないでしょ!?」

 問題はそこじゃないぞ!そう思いながらも、あたしはただヤツの返答に噛みつく。完全なパニックを起こしていて、目の前に出されたものを見るのに必死だったのだ。

「ふん。お前、温かくていい匂いがしたし、案外抱き心地もよかったのに」

「あ、案外って・・・」

 今度こそ本当に眩暈がして、あたしはヨロヨロと床に敷いた布団の上に座り込む。

 ・・・・・何て事を〜!やめてよ〜!

 27歳独身の女、いい男が、自分好みの外見をした妙齢の男が目の前にいてそんなことを言われたら、あたしでよければどうぞ、なんていいたくなる。いっそのことこれは夢だと言い聞かせて身を投げ出してみるか!?

 あたしは自分の頬を両手で叩いた。

 バカじゃないの、もう〜!

 深呼吸、深呼吸。ゆっくり吸って〜、はい、吐く〜。もう一度だ深呼吸!ダメダメ、いくら人間としてここにいるとは言っても、彼は漫画の世界の住人なんだぞ!それにそれに、由佳ちゃんがいるじゃないか!浮気はダメ、浮気は。

「いい。いいです。あたしがやっぱり下で寝ます!あなたはどうぞベッドを御使用下さい!」

 あたしは両手を前に出してきっぱりとそう宣言し、何とか部屋を出た。

 冷たい水でも飲んで頭を冷やさねば。

 ああ〜・・・危ない危ない。何か、大人の男性というというよりは6歳児と一緒にいる感じだ。もしくは、犬。擦り寄ってくるところなんか、すんごい犬だよね、考えたら。

 引っ付いて寝るなんて、もう万が一を考えてしまって出来そうにないぞ。

 彼が手を出さなくてもあたしが出してしまうかもしれない。ほら・・・寝ぼけたりして。あたしとて乏しいとはいえ全く経験がないわけじゃないし、いつかそうなってしまうかもしれない。だってあの引き締まった体はどーんと目の前にあるのだ。

 ついさっき抱きしめられた腕の強さを思い出して、冷蔵庫に頭を突っ込みそうになった。

 ミネラルウォーターを出して、コップも使わずに一気に飲む。冷たい水が体を通り抜け、あたしはやっと普通の呼吸に戻る。

 あの男にはこの世界の常識とか通じなさげ。嫁入り前の〜とか言った時には本気できょとんとした顔をしていたし。・・・ちょっと待って、大体、一体どこまでの知識があるんだろう。漫画のタケル様とは違うキャラであることはもうよく判ったけど。

 あたしはコップをシンクに置いて、指を折って数えてみる。

 ご飯を作れるし、他の家事もする。髪を切るのは天才的に上手だったし、とにかく全ての行動が早い。普通のことは大体どころか、かなり知ってるんだよね・・・。あたしをからかって遊ぶこともするし、買い物だって一人でやってきたわけで。

 ううーん・・・具体的には、彼の存在って何なんだろう・・・。当たり前だけど、戸籍もないしな・・・。

 だからやつは、仕事とかには着けない、と考えて、ハッとした。そうだよね、仕事にはいけない。ってかそもそも存在してない人間のはずなのよ。だけどそんな相手と恋なんて、おばあちゃんたら一体何を―――――

 頭の中を何かがかすった。

 あたしはつい呼吸を止めて、その正体を探る。何かがひっかかってる。何か、が。おばあちゃんが言った、何か。

 ・・・おばあちゃん、何て言ってた?

 あたしは一点を見詰めて集中する。

 思い出せ、おばあちゃんの言葉。病院のベッド、点滴の音、白いしわくちゃのおばあちゃんの顔。あたしの左手を握って、そして・・・・。

 力を使うと言って、素敵な恋をしろとかなんとか言って、それから―――――

 あたしはシンクにもたれて、台所の窓から見える庭の椿の影を見詰めた。

 記憶を探る。

 おばあちゃん、は。

 あの時―――――――――


 わたしの力が消えるまでは、守られるはずだから


 そう、言った。

 わたしの力が消えるまで――――――それって、いつのことなんだろう。とにかく、それを越えたら、あのタケルは、消えてしまう?

 あたしは寝室へつながるドアを見た。

 きっとタケルはまたベッドに寝転んで、漫画を読んでいるのだろう。

 その彼は。

 当然だけど、いつか、消えてしまう――――――――





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