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・・・・ああ〜!!あたしはガックリとうな垂れた。・・・・忘れてたあああ・・・。
ショック。今日は仕事場で漫画の葉月タケル様に違和感を覚えたり、目の前にいるタケルと比べてしまったりで疲れきって、それどころじゃなかった。
「・・・出来なかった。漫画のあなたと現実のあなたが違うのに驚いていたら、忘れてた」
そう答えると、苦笑していた。
そしてふと気付いたようにあたしを見た。目がキラキラしてるように見えた。
・・・・この顔は、何?何か企んでる??
「俺の漫画、持ってる?」
「・・・勿論持ってるけど、どうして?」
「俺がどんなのか見てみようと思って」
ええ!?あたしは思わずお箸を止めた。
「―――――――何。見ると何かまずいのか?」
「・・・・いやあ・・・別にまずいとか、ないと思う、けど・・・。少女コミックだし・・・」
「ん?」
訳が判らない、という顔をしたから、簡単に少女コミックのなんたるかを説明した。だって自分のエッチシーンとか見たいと思うものだろうか?ところ構わずいちゃいちゃしているカップルなのだぞ、タケルと由佳は!
しどろもどろで説明しながら思わず赤面したあたしをニヤニヤしながら見て、彼は楽しそうに声を上げて笑う。
「絶対見る」
「・・・・勝手にすれば」
そうとしか言えず、あたしはご飯をかきこんだ。自分の濡れ場が見たいなんて、理解不能なんだけど・・・。
あたしが台所で後片付けをしている間、宣言通り、タケルはずーっと漫画を読んでいた。しかも食卓で。・・・他の部屋で一人で読んでくれ。
タケルの反応が知りたくて後ろが気になる。だけどあたしは振り返りたいのをぐっと我慢する。もしちらりとでも彼を見て、目でも会ったら最悪だ。きっとまたからかわれるはず。我慢よ我慢〜!
何とかお皿を片付けると、そうだ、と手を打って携帯を持った。姉に電話しなければ。もうすごく嫌だけど、さっさと片付けてしまいたい。あたしはそっと寝室へ向かった。
3コールで姉が出た。
『はいはーい?皐月ー?』
バックが騒がしい。姉は外にいるらしかった。
「今日はご馳走様。あのね、お姉ちゃんの読みは正しかったよ」
あたしが言うと、間を開けていきなり冷ややかな声が流れてきた。
『――――――まさか、バカ男が来たの?』
「うん。帰ったら、玄関先にいて驚いた」
電話の向こうで口汚くののしる声が暫く続いた。あたしはしばらく携帯を耳から離して壁のカレンダーを眺める。姉がこれほど嫌悪感をもつとは、珍しい。
『それで、あの男、何て?』
落ち着いたらしく、それでもまだ刺々しい声で姉が聞いた。
「会いたいんだって」
『嫌よ』
あたしはため息をついた。どうしてあたしを巻き込むのよ、この人達・・・。
「・・・うん、判ってる。そう言ったら、広志さんも判ってるみたいだったけど。それで、せめてとお姉ちゃん宛の手紙を置いてった」
『燃やして』
過激だわ。あたしの姉なんだろうか、本当に。血が繋がってるとは思えない。頭痛がする気がしてあたしは頭をさする。それからゆっくりと言い聞かせるように話した。
「・・・お姉ちゃん、それくらい読んであげて」
ううーっと唸る声が、電話のむこうから響いてきた。
『皐月は優しすぎる!』
「お姉ちゃんは厳しすぎる」
また唸り声。
「・・・3年も付き合った人なんでしょうが。結婚を考えるくらいにちゃんと付き合った相手なんでしょ?それくらいの譲歩を願う権利は広志さんだって持ってると思うけど」
しばらくぶつぶつと文句を言う声が聞こえたが、姉は最後には低い声でこう言った。
『・・・仕方ないわね。悪いけど、郵送して』
「ちゃんと読んで、返事なりなんなりしてよね。ちゃんと渡したか、なんてまた来られたら迷惑だから」
あたしの言葉に、姉はやっとごめんと謝った。
電話を切って、ため息をつく。・・・・まったく、疲れるったら。やっぱり恋愛なんて面倒臭いわ・・。周りを巻き込むなっちゅーの。
さて、やるべきことをやってしまわないと。忘れてしまったら、結局また広志さんがここに来るはめになるかもしれない。
部屋を出て、タケルが置いておいてくれた封筒を取りに行った。
彼はまだ漫画を読んでいた。家にある月刊誌が彼の前に山と積まれている。
彼が今どの辺を読んでいるのかも気になったけど、まさか本人と一緒には読めないし、と封筒を手にとる。封が閉じられているかを確認して姉の住所を書き、切手を貼った。これは明日、投函っと。
台所で音がしたから覗くと、かタケルがそこで何かしている。
「あれ、もう読んだの?」
あたしの言葉に振り返る。そしてカップを持ち上げてみせた。
「休憩。コーヒー、飲むか?」
「頂きます」
おおー、ありがたーい。家事してくれる男って〜。
でもやっぱり一緒にいると緊張するから、あたしはお風呂の準備してきます、と部屋を出た。
その帰りに思いついて、寝室から姉と映っている写真を持ってきた。
「ほら、これがお姉ちゃん」
純粋に彼の反応を見てみたかった。イラストから出てきた彼にまさかの本気の恋愛感情を持たないためにも、もしも彼が元彼のような反応を示せば、と思ったのもあったけど。
お湯をカップに注いでから、タケルは写真を手に取ってじっと見た。
2年前に撮った写真で、この家の前で姉とあたしが笑ってうつっている、お気に入りの写真だった。この写真では、あたしはそんなにブサイクに見えないし、姉はキラキラと輝いていて自慢出来る。
タケルは表情を変えずにじーっと見て、写真の淵からあたしを見た。
予想した反応と違ってあたしは緊張した。思わず一歩後ろに下がる。
「・・・・なっ・・・何でしょうか・・・」
「バランスもパーツも、別に悪くない・・・」
「へ?」
彼は写真を置いて、コーヒーを作り終えるとそれを二つテーブルに置き、あたしを振り返った。
「お前の話だよ。お姉さんほどハッキリしてないけど、別に持ってるものは悪くない。なのにパッとしないのは、雰囲気と自信のなさのせいか」
「は?」
全く、いちいち鈍い反応だな、お前は・・・と言いながら近づいてきて、あたしが呆然としている間に両手で顔を挟まれた。
「うひゃあ!??」
ちっ・・・・近い!ちーかーいいいいいいい〜・・・!!
あたしは目を見開いて、間近にある綺麗な顔を見詰める。あ、やっぱりちゃんと人間だ、毛穴もあるし、生えかけの眉毛もあるんだ、なんてどうでもいいことが頭を駆け巡った。どくんどくんと心臓が大きな音をたてる。頭に血が上って、くらくらと眩暈までした。
「―――――――眉毛を少し細めにいじって・・・お前、ちゃんと化粧水とかつけてる?」
両手で顔を挟んだままじっくりじっくりとあたしを眺め言うのに、勿論あたしはついていけない。
体中熱くして、固まっていた。
「・・・・ああああ・・・あの・・はははは離れてくれない?」
ってか今すぐ離れろっ!!心の中で強烈に呪いをかける。彼の手が触れている顔の大半がまるで火事みたいになってるはずだ。
ふん、とタケルは皮肉な笑顔を浮かべてあたしから手を離す。
「男に全く免疫がないのか?何緊張してるんだ」
「ほっ・・ほっといてよ!」
「マジで、男と付き合ったことある?」
「関係ないでしょ〜!」
あたしはくらくらと回る頭を抑えながら、何とか言い返す。免疫とか関係ないでしょ!その顔でいきなり近づくなっちゅーの!ああ〜!!心臓が凄い早さでバクバクいっている。あたし、今晩死ぬのかも・・・。
よろよろとテーブルに近づいて何とか座り、震える手でコーヒーを持った。
予想してたのと違った。タケルは姉に全く興味を示さなかった。写真でみてたのは、あたし。そして、そして―――――――
どうやら、ヤツは、本気であたしを改良しようとしてるらしい。眉毛とか男性から指摘されるとは思わなかった。
熱いコーヒーが喉を流れていく。それだけが原因じゃない、体の熱さだった。
・・・・あたしを、ちゃんと見て褒めてくれたんだ。
淡々と事実だけを言ったって感じが嬉しかった。お世辞じゃないと思えた。あたしはそんなに酷くないって。もしかしたら、あたしもお姉ちゃんみたいに綺麗な女になれるかも、だなんて、生まれて初めて思えた。
・・・・嬉しい。
ドキドキを抑えてひたすらコーヒーを飲んでいた。正直味は判らず、顔も上げられなかった。
おばあちゃんが、言っていた言葉が頭の中で繰り返される。
「素敵な恋は人生の宝物よ」って、言ってた。恋は、人生の宝物。目の前には素敵で魅力的な男性が座っている。現実の男に興味を失ったあたしの為に、おばあちゃんは最後の魔法を使うことにして・・・。
そして、彼を人間にしてくれた―――――――――――
だけど、漫画の中のパーフェクトな美形である葉月タケル様じゃなくて、このタケルが・・・。意地悪でせっかちでずばずば物を言うけれど基本的には親切な、このタケルが。
あたし、好き、なのかも。
だから今日仕事中に違和感があったのかも。こっちのタケルに慣れ始めていて、漫画のタケル様に魅力を感じなかったのかも。
このタケルが・・・気に入ったのかも。
漫画を片手にコーヒーを飲む。盗み見る、その姿もやっぱり格好いい。
うわ〜・・・・。おばあちゃんたら、何てことを・・・。あたしはまた体温が上昇するのを感じた。
ふと、彼が顔を上げた。目ばばっちりと会って、あたしは慌てて漫画を指差す。
「ど、どこ読んでるの?」
タケルは、ああ、と言って漫画をくるりとこちらに向けた。
漫画の中では見開きで、まさしくヒロインの由佳がヒーローであるタケルに抱かれているところだった。
・・・・汗、飛び散るような熱い熱い挿入シーン・・・・。
ぶっと思わずコーヒーを噴出して、ごほごほと咳き込む。
あたしの反応を見て、彼はそれは楽しそうに爆笑した。
「期待通りの反応だよな〜っ!全くお前は楽しいよ!」
・・・・畜生。この男を好きになんてなったら、絶対あたしはもたない・・。
あたしは涙が滲んだ目で爆笑する男を睨みつける。きっとまた真っ赤になってるんだろう。不意打ちだわ、もう!!
「・・・変態!自分のベッドシーンみて何が楽しいの〜」
悔しさに歯噛みするあたしが文句を言うと、笑ったままで答えが返って来た。
「だから、これは俺じゃねぇって」
そしてまた漫画を自分の方へ向けてじっくりと読み、ちらりとあたしを見た。
「それとも俺達も、これ、したほうがいい?」
想像した。
あたしはコーヒーをそのままにして、お風呂に入ると言い捨ててダッシュで逃げ出した。
きつくドアを閉めた浴室まで、タケルの笑い声が追いかけてくる。
・・・・くっそ〜!!!からかわれて逃げ出すなんて、どうよ!・・・ここはあたしの家なのに〜・・・。
「・・・も、もう・・・あの男・・・なんてことを〜!」
でももう、キャパオーバーっす・・・。
あまりの恥かしさに血が上って、お風呂の中で沈むかと思った。
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