▼塑琉奈がマグノリア徘徊から帰ってきた。

出掛ける前までは綺麗だった仮装も、帰ってきた時には少しボロボロになっていて。それを見て、余程子供たちにこってり絞られたんだろうとわかる。

けれど塑琉奈の表情は至って普通で、空になった籠をぶらぶら振り回し、やり終えたと言わんばかりに、彼女自身も「楽しかったぞー」っと笑いながら俺の肩を叩いてきた。


「ラクサスも来りゃ良かったのに」

「似合わねぇことはしねぇ主義なんでな」


店番を任せていたキナナに視線を向けながら、言葉は俺の方へ投げ掛ける。それを気にせずに、先程ルーシィ達に貰ったクッキーをひとかじり。これはこれでまあまあ美味い。

そして、彼女が俺の隣から離れ、キナナの方へ向かって行く。するとふと、彼女の体から甘ったるい、所謂お菓子のような香りが鼻を掠めた。


▼「…塑琉奈」

「うおっ!?なんだよ!?」


キナナとのお話が終わったらしい塑琉奈が、仮装もそのままにエプロンを翻し纏う。そして「またお菓子作るか」っと体を伸ばす彼女に俺は歩み寄る。

するとまた、甘い甘いお菓子の香りがより一層強くなっていて。


「ちょちょちょ、なななんだよ、何もしてねぇぞ!?つか顔近い来んな鼻息荒い!!」

「うるせぇ黙ってろ」


途端に慌て、ブンブンっと首を振る動作と彼女の額から垂れた冷や汗、それを見た瞬間「(なんかあったのか)」とすぐ分かる。ていうか、わかり易過ぎだろこのメスゴリラ。

またどうせガキ共とヤンチャして遊び惚けてたとかそんな感じだろ、それくらいは気にしねぇよ。気になるのはその甘ったるい香りだけだ。


▼どこからだ?

香水とはまた違う人工的な無駄な甘ったるさ、それが塑琉奈の何処かしらから香る。それを探るため、俺はスンッと鼻を動かして彼女に近付いてみる。

おい、聞いてんのか、なんて言ってる塑琉奈を無視して彼女の首元に顔を埋めてみる。…どうやらここじゃねぇみたいだ。けどどうせだから舐めとこう。


「ぎゃっ!?舐めやがったなテメー!?」

「気のせいだ」

「嘘付けぇ!」


慌てながらも喚く彼女にしらばっくれながら、また香りの元を鼻で探ってみる。すると、首元から容易にそれは特定出来た。何よりそれは、首元から近くで強く香りを放っていたから。


▼直ぐにそこに鼻を近付けてみる。すると案の定、甘い香りがした。何だこれは?イチゴか?ならおかしいな、こいつイチゴ好きじゃねぇ筈だ。同時に大きく揺れる彼女の肩、その反応に少しだけ眉が動く。


「ひょあばっ!?」

「…ん、不味い」


何だか反応が気に食わねぇ。何に焦ってんだこいつ。

反応が気に食わねぇから原因の、イチゴの香りがする塑琉奈の頬をべろりと舐めてやった。途端、更に肩の揺れが大きくなったのが分かった。

そして舐めたイチゴの香り。舌にはイチゴの味覚は残らずに、舌に広がるは只の甘い香りとほのかな糖の味、ぬるりとした粘液だけ。なんだ、只のリップグロスか。

ん?いや待て、なんでリップグロスが塑琉奈の頬に付いてんだ?


▼「なにしてんじゃお前っ、このっ!バカゴリラーーー!!!」

「いっ!?」


そんな疑問が過ぎった瞬間、顔を真っ赤にした塑琉奈の渾身のパンチが俺の顎を見事に命中させる。その瞬間と痛みに、素直に小さな悲鳴が口から漏れた

あぶねぇな、舌噛んだらどうすんだ!?

だが、そんなこと言えることもなく、あまりの痛さに俺は顎をさする。


「おい、なんで頬にリップグロスあんだよ」

「あーあー聞こえない知りませんー!」


けれども疑問だけを彼女に問いかければ、何故か頬を赤くした塑琉奈の顔が少しだけ歪む。

それを隠すかのようにすぐ様背を向けて歩き出す彼女に、俺の顔は更にしかめていく。


「てめ、こら、言え」

「うるせぇ!誰が言うかバーカバーカ!バカゴリラー!うんこー!」

「うんこは無しだろ、うんこは!」


まるで頭から湯気が出てそうな、顔真っ赤な彼女が必死に隠すもの。それがまた気に食わなくなり、俺はそんな塑琉奈を容赦なく追い掛ける。

けれども何度追い掛けては、ガキみてぇな煽り文句で逃げていく塑琉奈に、結局俺は理由を教えてもらえなかった。



A trick of a kiss is tasted.
(接吻の悪戯)



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