▼「っ…」


腕の先の大きな手、それが広げられて両頬をむんずっと掴まれる。すると不意に葉巻の独特な、煙たい後味悪い臭いが鼻を掠めた。

先程まで遠くにあった男の顔はもう目の前。更には顔を引っ張られ、無理やり立ち上がらされる。同時に男の顔は至近距離で舌なめずり。

はぁ、と口から漏れた吐息は悪臭。手が空いてれば鼻を押さえたい程だ。


「っ…」

「げへへ、東洋人か。珍しいねぇ…」


汚い笑みを溢し、俺を舐め回すように見るソイツに、俺は口を閉じたまま目を合わせてやる。正確には睨んでるに違いない。

「いい目だ。気が強い女は好きだぜ?」っとどうやら俺の視線は男には好物のようだ。それは正しく、自分をSだと思い込んでそうな顔。

うわ…そう思うと鳥肌が立ってきやがった。世間でいうこれが『気持ち悪い』ってやつか。


▼「(潮時だな)」


ぽつり、静かに心内にそう溢す。それはもう状況把握して、結果として導いた塑琉奈の答えだった。

男によって先程までだらん、と力を入れて無かった足。それに一気に力込めて脹ら脛、太ももに血管を浮き出させる。


「ほらほら、おれと楽しいことしようぜぇ?」


彼女の視界には自分の体に触れようとする男の姿がゆっくり、ゆっくりとスローに見えていて。その瞬間、塑琉奈はスウッと静かに呼吸を落とし、目をゆらりと細める。

そして手錠に掛かった両手首を、互いに反対方向へ、軽く広げた瞬間だった。


▼「へっ…?!」

「え」


ドゴォンっと部屋に似ても似つかぬ爆音が、外部から壁を通し鉄格子ごと貫いてやってくる。

そうして、一気に立ち込める爆風と瓦礫が飛び交うその瞬間、爆風から突然出てきた何者かの手が、俺の目の前で男の顔をぐわっと鷲掴みした。


「ぎゃあああ?!」


そのまま、電気が走ったと思えば今度は大きな爆雷。それに飲まれた男の断末魔が辺りに響き渡る。

俺と仲間の一人は、それを見て口を開いて唖然とその光景を見ることしか出来ない。




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