▼「(さて、)」
どうしたものか。じっと男たちを見つめながら、俺はなんだかんだで冷静に、この状況をどうしようか、と考えてみる。
手錠は…普通のやつよりでかくて、体格のいい男や魔獣でも壊せそうにない頑丈で重そうな奴だ。けど、魔力を封じ込めるものではないらしい。
さっきノート使おうとしたら、ノートの光に男たちが気付きそうになって消したから実験済みだ。
そしてその手錠は、俺にとっては壊すのは容易い、ただの鉄屑に見えた。
▼そんないつだって逃げれる状況なのに、俺は未だにそれを渋っている。
「(恐らくこいつらは人を売っている盗賊たちだ)」
なら、こいつらが俺を売る先には人身販売の業者がいるのか、それとも直接イカれた奴に売り付けるのか、そのどちらか。…なら、売られて俺が譲渡される時に両方摘発するのが一番じゃないか?
あ、でも先ず此処を脱出して評議員に知らせて隈無く調べてもらって潰してもらうのもアリかー…。うーん、悩むなぁ。
▼目が眩むのも、脳を襲う重低音も、体にある気だるさも、もう消えて今はどう脱出したらいいか、なんて呑気に考えてる自分。
そもそも手錠を壊せると確信を持った時点で、か弱いわけねぇや、と自分に呆れが出る始末。
「(…たまには、こういう思いするのも良いのかもな。)」
助けを期待してるわけでも、待ってる訳でもない。ただ漠然と、“捕らわれた女”という位置付けが自分にとって無いものだと思っていたから、この事態は新鮮だ。
自分に起きるわけないことが起きている、と内から漏れる好奇心に駆り立てられていた。
それと同時に「(最低だな)」っと自分の薄っぺらい他人事のような、ネジが緩んだ感情に嫌悪感を抱いた。
▼「どうせだし、売る前に味見しようぜ。マグノリアの女はかなりの上玉らしいし」
「はは、言うねぇ!けど胸全然ねぇぜありゃ!」
おい胸のことは良いだろ、胸のことは。なんで見ず知らずの豚みたいな油野郎にコンプレックス言われなきゃならねぇんだ、オイコラ。
「いやいや、体は相当の上玉だぞコイツも!太ももから足先まで随分むっちりしてやがるし!」
おうそうだろ、わかってんじゃねぇかお前。そうだぞ俺は安産型だぞすげぇだろ。ムッチムチナイスボディだろ。ラクサスには「もうお前は鍛えるな。筋肉削ぎ落とせ」って言われてる体だけどな!
ってそうじゃねえだろ!
▼鉄格子越しにゆらりと、男たちが体を立ち上がる。
先程まで大量の酒を飲んで上機嫌だった男たちは、酔ったせいなのだろう少し覚束ない足取りで、俺の元まで歩み寄る。
▼男たちが着実と此方に近付いていく。その度、汚ならしい不摂生な体が、下品な声や吐息、荒れた皮膚が、嫌でも目に入る。
視線をそこに置いたまま、俺は「(随分と展開が早いな)」っと、あまりにも予想外な出来事に小さく歯を軋ませた。
「(手錠を壊すなら今か…?)」
壊すのに時間は掛からない。ものの一瞬だ。それなら直ぐに倒して捕まえられる。いや待て、もうすぐコイツ、檻に入ってくるからそれを狙った方が…
ああした方がいい、こうした方がいい、と冷静に考えている内にどんどんと視界に男が入っている。
キィッと蝶番が動いたと同時、重そうな鉄格子の扉が開かれる。それに顔を上げれば、ヌッと大きな腕が俺の顔に伸びる。
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