▼「おかえりー」

帰れば、いつ居たんだろうか、塑琉奈がお出迎え。まあいつものことだから気にしない。上着を脱げば慣れた手付きでそれを受け取り、パタパタと俺の後を付いてくる。

「ご飯もう食べただろ?」

「おう」

ソファーに腰掛け、一息。上着を片付けてきただろう塑琉奈は、今度はコーヒーを淹れ始める。俺はその背を見やり、まるで新妻みてぇ…っとそう思った。


▼そもそもコイツのせいで色々と麻痺してんのか、定義が判らなくなってきてやがる。「好き」だから恋人でそういう事するもんじゃねぇのかっとか普通なら言うだろうが、俺と塑琉奈の間に先ずそんな概念がない。

それが一番に楽で、一番にネックだ。


「でね、あれがな良い場所にあって…」

「ん…、お、う」


色々と話し込んでる最中、結構疲れてたらしい俺は、強烈な睡魔に襲われる。耳に入る塑琉奈の言葉一つ一つが心地よい。朧気に返事をしながらも、そのまま眠気が押し寄せてきて、つい瞼が落ちた。



▼「…、あー…」

本能のままに睡眠を貪り、目が覚めた瞬間、俺はダルくて声を上げる。

やっちまった…、塑琉奈より先に寝ちまうなんて、自分でも許せねぇ。

「塑琉奈…?」

時計を見ればもう深夜の0時過ぎ。流石に帰っちまったか…なんて思えば、つい寂しく感じてしまう。

「あー、くそ…っ」

新妻ならいてくれるもんなんだけどな、なんて一人ごちる。 俺は寝ている間に掛けられていただろう布団を捲り、起き上がった。


▼「(…いやいや、おかしいだろ)」

欠伸をしてから、自分でもおかしいこと言ってやがるっと我に返り、寝惚けてんのかっと自分の頭を叩く。

でも結局、彼女が帰ってしまった、と思う度に名残惜しい自分がいて。ああ、だから新妻とか口走ってんだななんて一人納得した。


▼するとふと、バスルームから物音が。俺がそれを聞いた瞬間、ぴょこんっと黒い髪が扉から顔を覗かせた。

「あ、起きた?」

「…なんだお前、帰ったんじゃねぇのか?」

「ううん、ギルドの始末書ずっと書いてた」

ふわふわっと湯気を纏わせ、スッキリしてる塑琉奈。それに、なんだっと肩から力が抜ける。


「なんだよ、帰った方が良かったか??」

「こっち来い」

「ん?」


彼女を手招きし、それに従う塑琉奈。よいしょっと俺の前まで来てから、俺はその体を手繰り寄せる。

「…どうせ帰る気ねぇだろ」

「あ、バレた!?」

抵抗もせずに、俺の肩に顎を乗せて、えへへっと笑う塑琉奈に釣られて頬が緩む。


▼そうだな、もしお前が帰るって言ってたら、俺からきっと「帰らないでくれ」っと引き止めていただろうな。


「(言う必要なくて良かったぜ)」


だって言ったら絶対コイツは俺をからかってくるだろ。こっちは本気で言ってるのによ。


「分かれよ馬鹿女」

「なんで馬鹿言ったテメー!?」



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