対 イプシロン





ようやく体調も落ち着いたので、少し身体を動かしたかったのもあって軽くボールに触れていた。今日は朝、木暮の相手をしたくらいしかボール蹴ってないしね。

それに、毎日蹴らないと感覚が鈍るし。
……実のところ、誰にも了承を得てないし報告もしないでやってるんだけどね。でもまあ、許してくれるでしょ、うん!


「……ふぅ、ちょっと休憩。あ、ドリンク作ってくれば良かったなぁ」


そう思いながら、近くのベンチに座る。持ってきていたタオルで汗を拭く。


「……」


静かな空間で考えていた事は、勿論今日の試合……体調を崩してしまったために見る事しかできなかった、雷門とイプシロンの試合だ。
あの時思った事は本心だ。……きっと僕も、みんなと同じようにボロボロにされるだろう。

薄々感じてはいたけど、余裕を出していられないだろう。手加減しているつもりはないけど、あの技……僕自身が使うことを禁止したあの必殺技を使う事も視野に入れた方がいいのかもしれない。


でも、まだ僕はこの技を使う覚悟ができていない。
……まだ、”あの試合”を乗り越えられていないから、使う事に怯えてしまう。

自分の実力を過信しているわけではないけど、自信を持っていなくちゃパフォーマンスが落ちてしまう。
けど、いつまでも逃げるわけにはいかない。いつか必ず向き合わなければならない時が来る。

……分かってるけど、その覚悟が固まる気配は正直見えない。
照美さんは、あの必殺技に憧れを持っているみたいだけど、そんなキラキラしたものではない。……いや、キラキラしていたものを、僕が汚してしまった、が正解だ。


「……”シャイニングエンジェル”、”ザ・ブラスト”」


僕が光と呼ばれる理由に、この技達は親密に絡んで来る。というより、別名で天使と呼ばれるのは”シャイニングエンジェル”が影響している。

元はとある必殺シュートの片割れであった技。真価を発揮するのは、その片割れである必殺シュートと同時に打つこと。


……あの試合を乗り越えない限り、二度とあの高揚感は感じられない。そもそも、乗り越えられたとしても、あの人が……兄さんがいなきゃ、意味がない。



「……ん?」



ふと、顔を上げると誰かがいるような気がした。暗い場所に人影が見える気がする。
夜目が効かないから、気のせいだとものすごく恥ずかしい思いをするんだけど……でも、


「だ、誰かいるの?」


誰かいるなら返事をして欲しい。
だって、もし幽霊だったら怖いじゃんか……!


「ヒッ……!」


僕の問い掛けに反応してなのか、人影が動いた。
な、なんで返事してくれないの!?
黙って近付かないでよぉ……!


「ね、ねぇ……返事くらいしてくれたっていいじゃ……」


ないか。
そう言葉を続けようとした。



「久しぶりだね、名前ちゃん」

「え……」


ベンチの近くに設置された外灯の光により、近づいて来た人影の正体が分かった。
……低くて知らない声だけど、顔に見覚えがあった。だって、あの頃の面影がはっきりしているんだもん……!



「覚えてるかな。俺だよ___ヒロトだよ」

「ヒロ、くん……?」

「うん」



僕の問い掛けに頷いた、目の前の男の子……ヒロ君に僕は思いっきり抱きついた。


「会いたかった、ヒロ君……っ!」

「うん、俺も名前ちゃんに会いたかった」


背中に回る暖かいもの。それはヒロ君の腕だと、すぐに分かった。
その温もりが懐かしくて、目元が熱くなる。


「泣いてるの?」

「ご、ごめっ……止まらな、くてぇ……っ」

「無理に止めないで。ほら、目を擦っちゃダメだよ」


服が濡れることは気にしなくて良いから。
そう言って更に抱きしめてくれたヒロ君は、僕が泣き止むまでずっと背中を優しく撫でてくれた。





2023/8/17


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