対 イプシロン
「やったね、木暮くん」
「うぇっ!?」
「お前、奴らのシュートをカットしたんだぜ?」
木暮を囲うチームメイトの元へと近付くと、皆が彼を褒めていた。当の本人はキョトンとした顔で見上げている。
「やっぱり意外性があったね」
「ああ! 結構やるもんだなぁ」
「ホントだよね! 補欠にしとくのが勿体ないよ〜」
「ってことだ! お前、すごいぜ!」
大きい目をパチパチと瞬かせたあと、木暮は笑みを見せた。
「そうさ! オレ、すごいんだ! ウッシッシ!」
「大したものだ、木暮!」
「見事だったぞー!」
木暮のチームメイトこと、漫遊寺イレブンが駆け寄ってくる。……と思った瞬間、突然漫遊寺イレブンが消えた。
正確には……
「あぁ……」
「ウッシッシッ」
穴に落ちた、だけど。
「大丈夫ですか……?」
「木暮ェーーーッ!!」
「ウッシッシッ! 遅いんだよ!! 今更オレがすごいと分かったのかーー!?」
いつの間にか遠くにいる木暮。その片腕にはちゃっかりサッカーボールがある。……ていうか、いつの間にそんな遠くに移動したんだ。逃げる気満々じゃん。
「木暮くん!!!」
「うぎっ!?」
「あなたを褒めているのに、その態度はなんなの!?」
「うわあああっ」
……何でだろう。境遇云々置いてても、春奈と木暮は相性いいかもしれないな。いろんな意味で。
でも、この繋がりは同じ境遇を持つことが条件だっただろうし、結局は必要か。
木暮と春奈のやり取りを見ながらそう思っていた時だ。
「お待ちなさい」
「監督……!」
聞こえた声。振り返ればそこには老人がいた。
漫遊寺イレブンの人によると、どうやら漫遊寺中サッカー部の監督らしい。
「漫遊寺中サッカー部の?」
「はい」
「今までどちらに?」
「この子達が我が校を守る為に如何にするか、その決断もまた修練。勝つも負けるも人生の無駄にはならぬと、何も言わずに見守っていました」
瞳子姉さんの問い掛けに、漫遊寺中サッカー部の監督はそう答えた。……人にはいろんな考えがある。この人はイプシロン襲来に対して、そんな考えを持っていたんだ。
「あなた方と共に戦った木暮とて、同じ事ですじゃ。……お嬢さん」
漫遊寺中サッカー部の監督が春奈に声を掛ける。呼ばれたことに、春奈は少しだけ驚きを見せた。
「木暮の心に貴女の言葉は、きっと響くはず。今日のお心遣い、本当にありがたいことですじゃ」
この人の言葉には同感だ。僕も春奈に救われている身だし。春奈の言葉は心の底から思っているからこそ、自分の心に響くんだ。
漫遊寺中サッカー部の監督からの言葉を聞き、春奈はどう思ったんだろう。
「監督、木暮を仲間に入れなくてもいいんですか?」
「俺も、彼奴は戦力になると思うんです」
イプシロン戦開始前の様子はどこへやら。今は木暮の実力を認めたから、みんなが木暮を歓迎する気持ちのようだ。
「彼が自分の意思で私達と行く事を望むのなら」
「賢明なご判断ですじゃ」
木暮を向かい入れるかどうかは、本人の意思に委ねられる。でも、みんなは木暮が仲間になることに反対はないようだから、あとは木暮の気持ち次第だね。
「ったく、しょーがねぇ奴だな。なぁ、吹雪よぉ? ……どうした?」
「僕、役に立たなかったな」
「んな事言ったら、俺だって……」
「なんにも出来なかったんだ!!」
突然聞こえた声に反応し、声の聞こえた方へ振り返る。そこには染岡さんと吹雪さんがいた。今の声は吹雪さん……?
「こんなんじゃダメだ……完璧にならなきゃ……!」
”完璧にならなきゃ”?
一体、どんな意味なんだろう……?
木暮の実力という明るい話題に隠れた、イプシロンに対する自分達の実力。……吹雪さんは、そのことで頭がいっぱいなのだろう。
あの時、デサームのシュートに向かって行った吹雪さんが今でも頭に残ってる。
「吹雪さん」
「名前ちゃん……」
「そんなに思い詰めないで下さい。イプシロンの実力は確かにすごかった。試合に出てない僕が言うのも難ですが」
今回の結果を糧に、次のイプシロン戦に向けて頑張りましょ?
そう声を掛ければ、吹雪さんは少しだけ笑みを見せてくれた。
「お前が加わったらイプシロンを倒せるんじゃねーか?」
「それは言い過ぎです、染岡さん。流石の僕も今回ばかりは無理かもって思っちゃいましたし」
「おぉ、お前にそう言わせるとは……」
「初見殺しって言葉があるんですけど、知ってます?」
染岡さんと話していると、イプシロン戦のあの酷い光景を少しだけ忘れられた。つい楽しくなっちゃった。
僕と染岡さんのやり取りを、吹雪さんが辛そうな表情で見ていたことに、僕は気づかなかった。
2023/7/30
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