対 世宇子中



「……いた」


スタジアムへと足を踏み入れると、フィールドの中心に立っている人物が一人いた。
僕の声に反応したのか、ゆっくりとこちらを振り返った。


「……貴女でしたか」

「やあ。……アフロディさん」


何処か暗い声。……きっと、負けを知らなかったのだろう。
最初にこの人と会話を交わした時とは全く声音が違うのだから。


「……ドーピングしていたんだってね。雷門のマネージャーから聞いたよ」

「………」

「その様子だと分かっていたようだね」


顔を下げるアフロディさん。……神のアクアの事を知っているようだ。


「……貴女に近付けると思った」

「……近付ける?」

「初めて貴方のプレーする姿を見て、衝撃が走った。……貴方という選手に、魅了されたんだ」


アフロディさんの思わぬ言葉に驚く。


「貴方の必殺技に……、特に“シャイニングエンジェル”に憧れた。同じ技でなくていい、近い技を作り出して近づきたかった。……一つでも良い、貴方と共通する何かが欲しかった……!だけど、道のりはそう簡単ではなかった」


……この人は、僕に影響された人なんだ。
秋葉名戸学園との試合で豪炎寺さんが話していた、僕のプレーに感化された人の一人なのだろう。


「当たり前だろう?君が憧れたその必殺技は、僕と僕の兄で生み出した最高傑作なんだから。簡単に真似されてたまるか、ってね」


“シャイニングエンジェル”は、僕と兄さんが編み出した最強の必殺技。
僕達の息があえば合うほどその威力は増す。


「でも、アフロディさんは僕の“シャイニングエンジェル”に似た必殺技を見事に得た。……すごいよ、努力が実ったのさ」


アフロディさんの言葉を聞いて、この人が僕に似た必殺技を使っていた理由を知って、悪用していたわけじゃないと分かった。
憧れから編み出された必殺技なんだ、と知ってしまったら責める事ができなくなっちゃうじゃない。


「神のアクアで生み出された必殺技とは思わないのですか……?」

「んー、確かにそうかも知れない。だけど、君の言葉を聞いてると自分の力で編み出したようにしか聞こえないんだよね」


「なんでだろうね?」と微笑みかけると、アフロディさんは困ったような表情で僕を見つめた。


「だからと言って、神のアクアに手を出したのは頂けない」

「……」

「もし、このことが世間に知れ渡ったら……。どうなっちゃうんだろうね?」

「分かっています。……神のアクアへ最初に手を伸ばしたのは僕だ。僕が、悪いんだ……」


アフロディさんの瞳から、一滴の涙が零れた。


「……分かっているだけ、良いんじゃないかな」

「え?」

「自分の選択が間違っていた。それを分かっているだけでも、一歩前進したんじゃないかな」


アフロディさんに一歩近づく。……分かってはいたけど、結構身長高い。
首をあげ、アフロディさんと目を合わせる。


「中には、自分の過ちを認めない人もいる。……だから、アフロディさんは自分の行いが間違いだったと分かっているから。……貴方は強い人だよ」

「強いのは貴女の方だ」

「強くないよ。試合に負けたら落ち込むし、思い通りにいかなかったらすぐに心折れちゃうし」


自分の過ちを受け止めるって難しい事だと思うんだ。
だから、アフロディさんは強い人だよ。……僕も見習わないとな。


「負けた感想はどうだった?」

「貴女を魅了する事ができなかった」

「あ、いや…そうじゃなくて……。悔しかったか悔しくなかったか、って聞きたいの」

「くや、しい……?」


アフロディさんは不思議そうな表情を浮かべて、自分の胸に手を当てた。
段々と歪んでいくアフロディさんの表情。その表情は、悔しいと言っている様に見えた。
潤んだ瞳と視線が合う。


「その表情だと……。悔しかったんだね」

「はい。……悔しいとは、こんなにも苦しいのですね」


アフロディさんの頬に、再び一滴の雫が流れた。


「総帥は言っていました。敗北に意味はない、と」

「そんなことないよ。負けることで学ぶことはいくらでもある」


勝つより、負けることによって学ぶことの方が多いと思う。
自分の課題点を見つける事ができるしね。

僕が初めて『負け』と言うものを知ったのは、世界大会の予選だった。
15歳以下なら参加可、と言うことで当時小学5年生の僕は日本代表として出場していた。
最初はその高さにくじけたけど、兄さんの言葉で立ち直る事ができた。


「色んな事を体験して、勝ったり負けたりして……今の僕がある」

「貴女は敗北とは無縁なのでは?」

「……あの試合を知っていて言ってるの?」

「あの試合?」

「僕がサッカーを辞めようと考えた試合だよ。あの日、雷門中に来たときに言ってた内容は、その試合の事を知っていたからではないのかい?」

「いえ。……総帥から頂いたビデオだったので、どの試合だったのかまでは……」


アフロディさんの様子を見るからに、本当にどの試合の事なのか知らないらしい。
……そんなことよりも、先程から気になっていた事がある。


「……さっきから思ってたんだけど、別に敬語使わなくても良いんだよ?」

「いいえ。貴女は僕にとって憧れですから。……敬う対象に敬語を使って当然です」

「僕が気にするんだってば……。それに、僕は貴方より年下だよ?」


僕の言葉にアフロディさんは目をパチパチとまばたきした。
そして、驚いたような表情を浮かべた。


「と、年下……!?」

「うん」

「同じ年齢だと思ってました……」


どうやら同い年と思っていたらしい。


「僕が小学生部門の大会に初めて出場したのが小学三年生。で、日本代表として世界大会の予選に初めて出場したのが、五年生の時だよ」

「……じゃ、じゃあ、その。……空白の一年間、一体何を……?」

「……サッカーから身を引いてた。だけど、近々フィールドへ正式に戻ってくるよ」


アフロディさんの顔に向かって指を指す。


「その時はフィールドで会えることを楽しみにしているよ」

「!……はい、勿論です」


アフロディさんが僕に向かって微笑む。
その微笑みは、今までの中でとても綺麗な笑みだった。





2021/02/21


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