対 千羽山中
「……僕、鬼道さんに呼ばれたから待ってただけなのに」
前を歩く二人に向かってそう言う。
僕の前を歩いているのは、豪炎寺さんと鬼道さんだ。
何故こうなったのかと言うと、少し前に遡る。
***
『ハーフタイム中に携帯弄るなんて、鬼道さん悪い人ー』
『前回、逃げられたからな。門限が〜、とか言いながら』
『……』
微妙に僕の真似をしてそう言い、こちらに近づいて来た鬼道さん。
『で?僕を待たせたのは何?』
『お前と話がしたい。……と、思ったんだがな』
鬼道さんが後ろを向いたので、首を傾げてその方向を見ると
『あ、豪炎寺さんだ』
鬼道さんの後ろから豪炎寺さんが現れた。
豪炎寺さんは僕を見て目を少し見開いた。
『苗字。……丁度良い。お前も来い』
『は?』
***
と言うわけで、現在二人の後ろを着いて歩いているわけである。
「この道って……、確か鉄塔広場だったっけ」
「来たことあるのか?」
「偶に行くんだ」
豪炎寺さんの言葉にそう返していると、視界に誰かが映る。
「……! 円堂さんだ」
視界に入ったのは、タイヤを装備した円堂さんだった。
木にぶら下がっていたあのタイヤ。ずっと気になってはいたが、あれ円堂さんが使ってたのか。
「……いい夕日だな」
円堂さんと鬼道さんが座っているベンチから少し離れた場所で、目の前に広がっている光景を見る。
……こうやって夕日を見たのは、いつが最後だったかな。
思い出すなぁ。……故郷の夕日を。
「何処を見ているんだ?」
「……どこだろうね」
隣に来た鬼道さんにそう返す。
……見ていたのは、少しだけ認識できるある建物……兄さんがいる場所。
「……お前の原点は、兄『苗字 悠』だったな」
「うん」
「あの日、お前は兄がいなければ強くない、と言っていたが……。その理由、教えてくれないか」
鬼道さんの方へ首を動かす。
鬼道さんの隣には円堂さん、豪炎寺さんと並んでいた。
「『怖い目で見ていた』『邪魔』だと、お前は言っていた」
「……ああ、その事ね」
鬼道さんの言っている事に、何の事なのかすぐに分かった。
「……僕がサッカーをやめたきっかけは、確かに兄さんの影響だよ。でも、兄さんが悪いんじゃない。……自分で自分を追い込んだ」
「追い込んだ?」
円堂さんの声に頷く。
「僕がサッカーをやめるきっかけとなったあの試合……。僕は相手の挑発にまんまと掛かって、抑えられなかったんだ」
「挑発?」
「うん。……兄さんをバカにされたのが許せなくて」
手すりを力いっぱい握る。
「……兄さんが倒れた後、僕パニックになっちゃって。前半戦はベンチに下げられたんだ。後半戦から出たんだけど、その時に相手選手が言ったんだ。『兄さんがいないお陰で楽に点を入れられた』って」
すれ違い様に言われたあの言葉。
心理攻撃だっていうのは分かってた。だけど、兄さんをバカにされて黙っていられなかった。
「その言葉に何かが切れた音がして。……気がついたら、試合は僕達の負けで終わってた」
僕と兄さんがいない間に、点差が大きく開いていた。
始めはそれを何とかしようと思っていたのに、相手の挑発で我を忘れて。
「……相手選手は、ほとんど怪我してた。一番酷かったのはGKだった。…それをやったのは“僕”だ」
「え……っ」
僕がそう言ったら、円堂さんが驚きの声をあげた。
「相手選手の怯えた目、チームメイトの怖いものを見るような視線。……今も忘れられない」
「それが、前にお前が言っていた『一緒にサッカーをやってくれる人がいない』と言う言葉の意味だったのか」
豪炎寺さんの言葉に僕は頷く。
……こびりついて忘れられない記憶。それが、『誰かとサッカーをする』という事に躊躇してしまう要因になっていた。
2021/02/21
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