対 千羽山中
「……試合はいつ始まるんだろ」
そう口に出すも、状況は変わらない。
今日は雷門中対千羽山中の試合だと言うのに、選手が一向にフィールドに入らない。……このまま欠場する気か?
「……?携帯が鳴ってる」
パーカーのポケットに入れていた携帯が震えている事に気付く。
僕は席を立ち、人があまりいなさそうな場所に移動しながら携帯に表示されていた通話開始ボタンを押す。
「はい、僕だよ」
『名前!貴女何しているの!?』
「……いや、急に何だよ。春奈」
『何処で何しているの、って言ってるの!』
「観客席にいるけど。……てか、試合開始前に電話かけていいの?」
電話をしてきたのは春奈だった。
僕は会場の声を遮断するために、携帯を当てていない片方の耳を手で塞ぐ。
『監督の言う、もう一人来るっていうのは、貴女でしょ?!』
「もう一人?」
春奈の言葉で全てを察する。
……ああ、あの人を待っているのか。思わず笑ってしまう。
「ああ、その事か。それ、僕の事じゃないよ」
『え?じゃあ誰なのよ』
「雷門中が良く知っているはずさ。……特に、春奈。君が一番」
『えっ、どういう事』
と、春奈の声が聞こえたがそのまま通話を切る。
そして、その場から会場を見下ろし、選手が入場してくる場所を見つめる。
「……約束通り、こうして見に来たんだから、雷門を勝利に導いてあげなよ?……天才ゲームメイカーの鬼道さん?」
僕がそう言葉を出すと、会場から声があがった。……来たね。
「わざわざ僕にメッセージを送ってくるくらいだ。……果たして見せなよ、その執念を」
携帯の電源を落とし、座っていた場所に足を進めた。
電源を落とす前に見た画面には、
“千羽山中の試合、絶対に見に来てくれ”
鬼道さんから送られてきた、たった一言のメッセージが表示された個人チャットだった。
2021/02/21
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