対 千羽山中



「なあ、苗字がサッカー始めたきっかけは何なんだ?」


円堂さんが僕にそう尋ねた。
……なるほど、さっきの流れに乗って僕の事を聞こうって訳。


「“光のストライカー”と呼ばれているお前の始まりか。……是非とも聞きたいな」


そう言って、鬼道さんが僕の隣に座る。
別にきっかけくらいなら話してもいっか。


「……僕がサッカーを始めたきっかけは、兄さんなんだ」

「へ〜、お兄さんがいるのか!」


円堂さんの言葉に「意外?」を言って首を傾げる。


「お前の性格からして、甘えてそうな気がするな」

「そ、そんな訳ないじゃん……」


鬼道さんから目を逸らしてあははっと誤魔化そうと笑う。
ん゛ん゛っ、と咳払いし、話を続ける。


「僕は兄さんがサッカーしている姿に憧れて始めたんだ」

「お兄さん、サッカー上手いのか?」

「当たり前さ!兄さんは僕の何倍も上手なんだ!」


当然だ。
僕と言う選手を作り上げたのは紛れもなく兄さんだ。
憧れである兄さんの背中は、今でも追いつく事はできない。
それほどに僕と兄さんの実力差は大きいんだから。


「しかし、お前が“光のストライカー”と言われているのに、何故兄の名前があまり挙がっていないのは不思議だ」

「……何、調べたの?」

「悪いとは思っているが調べさせて貰った。……だが、情報が少ないんだよ」

「少ない、か。……何処まで知ってるの?」

「……お前の兄、苗字悠が、稲妻総合病院に入院している事、サッカー界から姿を消したのが、兄の影響だと言う事」

「それ、今の現状の事じゃん。……サッカー選手としての兄さんについて、調べてないの?」

「ある程度ならな。『フィールドの黒き光』と呼ばれていた、MFの選手だろ?」

「兄妹そろって“光”が着くんだ……」


僕と鬼道さんの会話を聞いて、円堂さんがボソッとそう呟いた。


「小学生部門の公式試合で注目をあび、フットボールフロンティア出場を期待された選手だったな、苗字は」

「そう言われてるらしいね」

「で?……兄の影響でサッカーを辞めた、で合っているのか?」


こちらを見ている鬼道さんに視線を向け、ゆっくり頷いた。


「……兄さん、病気なんだ」

「病気……」


僕の言葉に円堂さんが驚きが篭もった小さな声でそう言った。


「運動できないんだ。……その病気を患った所為で。完治するまで、一切運動できない」


思い出すのは、あの試合。
目の前で兄さんが倒れていく光景が流れる。


「……兄さんがいないサッカーはつまらない。だから、僕は兄さんと一緒にサッカーを迎えに行くんだ」

「そうだったのか……」


隣から円堂さんの小さな声が聞こえた。


「……兄がいないなら、サッカーはしない、か」

「僕と一緒にサッカーが出来るのは、兄さんだけだ。……僕は、兄さんがいないと強くないから」


鬼道さんにそう言うと「そんなことない!!」と円堂さんが声をあげた。


「お前のシュート、すごかったじゃないか!それに、秋葉名戸学園との試合でシュートが決まらなかった訳を、誰よりも早く気づいていた!……お前は凄い奴だよ!!」


円堂さんの言葉が頭の中で響く。


「……そんな事ない」

「え?」

「そんな事、ない……。そんな事、ないんだよ……っ」


思い出すのは、あの試合で僕を怖いものを見るような目を向けていたチームメイト。


『僕は、この場に相応しくない』


そう言った時の彼らの顔が安心した様な表情だった。
……結局は皆、兄さんを頼ってたんだ。
僕はついで。兄さんがいなければ、僕はいらなかったんだ。


「なんでだよ。お前は凄い奴…」

「僕は!兄さんがいないと強くないんだよ!!」


円堂さんの言葉を遮り、そう叫んだ。
そうだよ、僕は兄さんがいないなら、いらない存在なんだよ……!


「皆、そういう顔をしてた…っ、僕の事を怖いって目で見て、邪魔だって……!!」

「落ち着け苗字、」


触れた何かを弾く。…反射的行動だった。


「あ…っ」


弾いた手は、鬼道さんの手だった。
今自分がやった行動に、「やってしまった」と思った。


「……帰る」

「あ、おいっ!苗字!!」


後ろから聞こえる円堂さんの声を無視して、「お邪魔しました」と呟いて鬼道さんの家を出た。





2021/02/21


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