未来日記は記せない



「……分かったよ、名前」


名前の呼ぶ声が聞こえ、俺は目覚めた。
視界に広がったのは、現在の名前の部屋だ。

身体を見れば名前の身体だ。どうやら意識だけ変わったらしい。


「さてと。名前のお願いは、悠一を励ます事だな」


何故目的が分かっているのかって?
それは名前がトリガーを起動する際の意思表示と関係している。

意思表示というのは、自分の意思、考えを相手に示すこと。ま、文字通りだな。
つまり、トリガー起動の際になぜ起動するのかという目的が俺に伝わる。

だが、それだけしか分からないため、何故悠一を励ます必要があるのか知るには、悠一の元を尋ねるしかない。
そこは不便だよなぁ。自分に文句を言うって変な構図だけどさ。


「窓から降りても大丈夫だよな」


部屋の電気のスイッチを消し、窓を開ける。
高さは……ま、壁を走れば問題ねーな。
窓枠に座り、そして壁を地面に走る。

ある程度の高さまで来たら飛び降り、着地。


「よ、っと。誰もいなかったよな……?」


こういうとき名前の副作用サイドエフェクトが便利なんだよなぁ。索敵能力ならピカイチだからな。流石俺の妹!

残念ながら俺と意識が交代している時は名前の副作用サイドエフェクトを使う事はできない。
なので辺りを警戒しながら進む。


「えっと、確か有刺鉄線が境目なんだよな」


前に悠一に聞いた内容を思い出しながらとりあえず真っ直ぐ進む。
すると有刺鉄線が見えてきた。

そこを飛び越え、近くに立ててあった看板を見る。
”立ち入り禁止 近界民ネイバー出現 警戒区域”
フムフム、じゃあここが境目で間違いないな。


「さて、まずは高いところに上って、っと」


こっから先は一般市民もいるから気をつけないと。
目撃されたら名前に悪い。


「んー……お、あった」


辺りを360度見渡すと、見覚えのある建物を発見。
トリオン体は視力が良いからな。ちょっと名前になった気分。まぁ彼奴はもっと綺麗に視界が見えているはずだけど。


「ルートは……まぁ、とりあえず行ってみればいっか」


住宅街の路地におり、如何にも普通に歩いている通行人を装う。
本当は建物の上を飛んで移動したいけど、流石にできない。今の見た目とか、そもそも人が住んでいるんだから屋根の上なんて踏めば物音を立ててしまう。


「……って、今何時だ。補導されないかな」


警察官にも気をつけよう……。
あ、ボーダー隊員です、って言えば見逃して貰えるかな?
確か防衛任務っていうシフト制のパトロールがあるんだろ?
……警戒区域外でやってるかは知らないけど。


「あと、悠一帰って来てるかなぁ」


これも前に聞いたんだけど、今も悠一は旧ボーダー本部基地に住んでいるそうだ。
ま、いなかったらいなかったで帰ればいい。



***



目的地に着いて、懐かしの玄関のインターホンを押す。
いつもなら堂々と入るんだけど、今は違うだろうし、そもそも夜中だし。
一応俺にだって常識はある。


「はーい……って、苗字先輩!?」

「こんばんは」


出てきたのはメガネを掛けた女。……誰。
どうやら名前とは面識があるようだ。

……落ち着け、俺。今の俺は悠一に会うまでは名前として振る舞うんだ。


「迅さんに用事があって来たんだけど、帰って来てるかな」

「はい。でも、寝てるかも……」

「大丈夫、叩き起こせばいいから」

「相変わらず迅さんには厳しいですね……」


やはり名前が悠一に対する扱いが雑というか……適当なのは周知の事実らしい。


「それじゃ、お邪魔します」

「え、えぇ……」


ちょっと強引だったかな。
ま、あの女とはもう会わないだろうしいっか。
玄関で靴を脱ぎ、置いてあったスリッパを拝借し階段を上る。

しかし名前のフリは簡単のようで難しい。
俺は今の名前を把握できていないから、俺がいなくなった後どう変化しているのか分からない。


俺の中で名前は、俺が死んだあの日までの名前しか分からない。
俺が死んだ後の名前がどう変わったのか知ることができないのは……寂しいな。





2022/2/13


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