ブラックトリガー争奪戦



「嵐山さん。近界民ネイバーを庇ったことを、いずれ後悔する時が来るぞ」


嵐山さんにそう話しかけたのは、怖い顔をした秀次だった。


「あんた達は分かってないんだ……家族や友人を殺された人間でなければ、近界民ネイバーの本当の危険さは理解できない! 近界民ネイバーを甘く見ている迅は、いつか必ず痛い目を見る! そして、その時にはもう手遅れだ」


……秀次は知らないんだ。
迅さんは近界民ネイバーに対して危険を何も感じていない気楽な人間だと思い込んでいるんだ。

……違うんだよ。


「甘く見ているって事はないだろう。迅だって近界民ネイバーに母親を殺されてるぞ」

「!?」

「5年前には師匠の最上さんも亡くなっている。親しい人を失う辛さはよく分かってるはずだ」


迅さんも近界民ネイバーに大切な人を殺されている。
……私と同じなんだ。

だけど、私とは全く一緒というわけではない。


近界民ネイバーの危険さも、大事な人を失う辛さも分かった上で、迅には迅の考えがあるんだと俺は思うぞ」


迅さんは近界民ネイバーにもいろんな人がいるから、最初から敵と決めつけない。……兄さんと同じ考えの人だ。

対する私は……秀次の考えと近い。
初めは兄さんと同じ考えを持っていたけれど、兄さんが近界民ネイバーに殺されてからは……近界民ネイバーはやっぱり敵だと思い込んでいる。倒すべき悪だと思ってしまった。

でも、迅さんに空閑君の事を聞いて……考えが揺れてしまった。
分かってるんだ。近界民ネイバーというのは私達と同じ人間であり、それぞれの人生があることも。
考え方や育ち方などが違うだけで、同じ人間であることを。


「……名前さん。貴女はは知っていたんですか」

「……まぁ、長い付き合いだし」

「なのにあの人に味方したんですか。貴方は分かっているはずだ、近界民ネイバーの恐ろしさを! 大切な人を失った辛さも、苦しみも!!」


そうだ。
この場で秀次の心情をより理解できるのは……似た境遇を持った私だけだ。

だから秀次の心の内は痛い程分かっている。


「……前にも言ったように、私は何も出来なかった自分が憎い」

「少なからず近界民ネイバーに憎しみがあるはずだろ……!!」

「そうだね。秀次の言う通り、心の何処かで近界民ネイバーを憎んでいる……それは認めるよ。だけど、私は近界民ネイバーにも良い人がいると強く信じていた人の考えを否定したくない」


『確かに敵だけどさ、でも話せば分かってくれるヤツもいるよ。ま、俺はただ思いっきりやり合える相手なら誰でも大歓迎だけどさ!』


兄さんは戦う事を恐れるどころか楽しむ人だった。
その心は兄さんの強さを構成する1つでもあったと思う。

敵国の強い相手には真っ先に突っ込んでいく事は珍しくなかった。よく忍田さんを困らせていたしね。


『でも、やっぱり怖いよ』

『相手も同じ人間だ。ただ暮らす世界が違うだけでさ。だから話せば分かるヤツもいるよ』

『……兄さんはコミュ力があるから仲良くなれるんだよ』

『名前。何事も自分から動かなきゃ何も始まらない。止まってるだけで誰かが解決してくれるのを待つのは時間の無駄だ。とりあえず1歩踏み出してみろ、何かが見えるかもしれないぜ?』


兄さんは近界民ネイバーを完全な『悪』と決めつけなかった。
まずは自分で見極め、悪か悪ではないかを判断する。そんな人だった。


「秀次の考えは否定しない。だけど……ごめん」

「……っ!」


ドンッと音が響く。
秀次が近くの外灯を殴りつけた音だった。

きっとどうすることも出来ない思いを、どこへぶつければいい感情をぶつけたんだろう。
上辺だけで理解しても秀次は救われない。……私では秀次の気持ちを一緒に背負ってあげる事ができない。


「秀次……っ!?」

「……1人にしてください」


伸ばした手は空を掴み、触れる事はできなかった。
秀次はこちらに背を向けてこの場を去ってしまった。


「……名前さん」

「公平……」


掛けられた声を振り返れば、そこには換装を解いた公平がいた。


「帰りましょ」

「……うん」


さっきまでの光景を見ていて、あえて触れないでいてくれる優しい後輩に感謝しながら、一緒に帰路を辿った。



***



公平にボーダーまで送って貰い、もう遅いから早く帰るように言って別れた後、私は自室に戻ってベッドに転んでいた。


「……これで、本当に良かったのかな」


副作用サイドエフェクトを酷使したからかなり疲れたはずなのに……全然寝付けない。


「かっこつけちゃって……後輩思いなのは貴方もじゃないですか」


私の事を後輩ホイホイとか言ってからかい、『名前ちゃんは後輩思いだね〜、羨ましいな〜』とか言ってたけど……風刃を手放す代わりに空閑君をボーダーに入隊させるなんて、貴方の方がよっぽど後輩思いだよ。

私は後輩のために兄さんを渡すことはできない。
結局は自分が可愛いくて傷付きたくない人間なんだ。


「……ねぇ、兄さん」


耳に付けていたブラックトリガーを外し、掌に乗せる。


「迅さん、きっと泣いてるよ。本当は最上さんを渡したくなかったはずなのに、それでも争いを止めるために手放した。だから……絶対泣いてる」


いつもなら迅さんの事でこんなに悩まないのに。
最近の私は……いや、あの日から私は迅さんに関する事が耳に入るとずっとこんな感じなんだ。

迅さんのことばかり考えてしまう。
……本当、どうしちゃったんだろう。


「……兄さん。私、迅さんになんて声かけたら良いか分からないよ。今回の事全部知ってるけど、最終的に来てほしくなった結果になっちゃって……。どうしたらいいんだろう。そうは思ってるのに、放っておけないの」


今迅さんを1人にするのは違う気がした。
でも、私がいって何かできるのかと言えば、何かできる気はしない。


「だから……私の代わりに迅さんを励ましてあげて、”兄さん”」


私がそう呟くと同時に意識が遠のく。

……大丈夫。
姿さえ変わらなければ私と兄さんが入れ替わっていることは誰も気づかない。


お願い、兄さん。




「……分かったよ、名前」


部屋に小さく響いた声は、名前の声であるはずなのに名前が喋っているように聞こえなかった。
ゆっくりと開かれたその瞳は、緋色ではなく碧色だった。



ブラックトリガー争奪戦 END





2022/2/13


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