その背中が重なった
「それはできないよ」
「じ、迅さん……!」
迅さんは真っ直ぐお母さんを見つめてそう言った。
その声はいつものふざけたような声ではなく、気のせいじゃなければ……少し怒っているように聞こえた。
「初めまして、名前ちゃんのお母さん。……いや、違うな」
「違う?私は正真正銘名前の母親よ!顔だって私にそっくりでしょう!?」
「まあ誰だって見れば、貴女が名前ちゃんの母親だってのは納得する。……でもね、香薫さんが言ってたんだ___貴女には名前ちゃんの親を名乗る資格はないって」
お母さんが、私の親を名乗る資格がない……?
そんなの無理だ。何を言われようと、私の母親はこの人だ。名乗る資格があるないの話では……。
「ふざけたことを言うのね。私がこの子の親じゃない?その証拠があるなら言ってみなさいよ」
「いいよ。……貴女は今、名前ちゃんの親だと名乗るために必要な親権が無い」
「な……っ!?」
親権……?
迅さんが言った言葉に首を傾げる。
お母さんはその言葉を聞いた瞬間、驚きの表情を見せた。
「どういうことかしら……?そんな届け、出してないわよ。私が名前の親だと名乗る権利はあるわ!!」
「だから言ってるでしょう?貴女は名前ちゃんの親だと名乗れないって」
「そもそも何故貴方が言えるのかしら?……そういえば、香薫に聞いたって言ったわね。その香薫はどこにいるのかしら?」
「……香薫さんは死んだ。名前ちゃんを守って」
迅さんの言葉を聞いてお母さんは一瞬静かになった。
そして、その静寂を破るかのようにお母さんはクスッと笑った。
「無様ねぇ……貴方らしいわ、香薫。女の子だったら完璧だったのにねぇ……でも、男はお人形にはなれないもの。仕方ないわ」
笑い声。
今、お母さんは兄さんを笑った。無様だと笑ったのだ。
「この……!!」
「何……ッ!?」
___気付いた時には、お母さんの綺麗な顔をはたいていた。
「……名前。貴女、誰の顔を叩いたのか分かっているのかしら?」
「貴女の顔だ……猫被り女……!!」
初めてお母さんが私に怒りの感情を向けている。
そして、私も初めて……お母さんを罵倒した。
「名前、貴女は無理矢理にでも連れて帰るわ。親の資格がない?そんなの知らないわ、だってこんなに私にそっくりな子が私の子でない訳___」
再び伸びてきたお母さんの手。
呪文の様にぶつぶつと言っているお母さんの目から逸らせず、固まっていた時だ。
「っ!?」
お母さんの手を誰かが払った。
それと同時に、後ろに引っ張られた。
「___よく頑張った、名前ちゃん」
「迅さっ、」
私の手を引っ張ったのは迅さんだった。
その光景を見たお母さんが怒りを露わにした。
「私の名前に触らないで!!部外者はさっさと何処かへ行きなさい!!!」
「お断りします」
「どうしてかしらね……全く似ていないのに、香薫を見てるみたいで嫌いよ、貴方……!!」
迅さんが私を背にして、お母さんと対面する。
怒りで普段の面影が消えたお母さんを思いだし、身体が震え出す。
「大丈夫。おれに任せて」
迅さんはこちらを振り返ったと思えば、頭をポンッと撫でて正面を向いた。
……いつの間にか、身体の震えは止まっていた。
「先程の話の続きをしましょうか。何故貴女に親権がないのか……簡単です。貴女と名前ちゃんのお父さんは離婚しているからです」
「は……?私、離婚届けなんてだしていないけど?」
「でしょうね。名前ちゃんを取り戻した後、籍を抜ける気だったんでしょうから」
「!!なんで私の考えを……?!」
きっと、迅さんは副作用でお母さんの言葉を読んだんだ。
そして、ここに現れたのも副作用で視えたからだと思う。
「離婚した後、親権は二人のお父さんに渡っている。つまり、貴女は名前ちゃんの親だと名乗れないって訳ですよ」
「……ふんっ、ならば見せて貰いましょうか?その証拠を。口だけじゃ証明にはならないわ」
お母さんは勝ち誇ったようにそう言った。
迅さんの言葉が真実であってほしいけれど、お母さんの言う通り口だけでは証明にならない。その証明が現実であるという証拠がなくちゃ、意味が無い。
……再び恐怖がわき上がってきて、無意識に迅さんの服を掴んでいた。
「___証拠ならありますよ」
「えっ……?」
後ろから聞こえた声。
「忍田さん……?!」
振り返ると、そこには書類らしきものを持った忍田さんがいた。
2021/07/23
prev next
戻る