その背中が重なった



頼りになる兄さんはもういない。
一人であのひとから逃げなければならない。

部屋を飛び出してきてしまったから、忍田さんに助けを求めるのはもう無理だ。……それに、忍田さんは私達の家庭がどんなものだったのか知らないはず。だから、普段怒りを露わにしない私を見て驚いていたんだ。

だから、今の状況で頼れる人は誰一人いない。
あの人は自分を被害者のように立てるのが得意だと、兄さんが言っていた。だから、頭の回転が早くない私には不利だ。

どうやって逃げる?今私は何処を走っているの?
頭が混乱していて、逃げることしか考えられない。

どうやってここまで来たんだっけ?その事すらも頭に流れてこない。
とにかくこの場から離れる事だけを考えて走っていたときだ。


「私は貴女の母親よ?貴女の考えなんて手に取るように分かるわ」

「!!!」


後ろから聞こえた声。
後ろを振り返らずとも分かる。……お母さんだ。

振り返りたくないのに、首が勝手に後ろへと動く。
どうして私が此処にいる事が分かったの……?いくら自社だからとはいえ、私の位置を割り出せるなんて、ありえるの……?

それに、私が走って逃げまわっていたにも関わらず、向こうは息切れ一つもしていない。それはつまり、私を歩いて探し出したということだ。


「今の私は、貴女をボーダーから辞めさせる救い出すことも出来るのよ?」

「そんなこと、できる訳……!!」

「出来るわ。だってこの会社はボーダーのスポンサーだもの」

「それだけで何かできる訳じゃ……!」

「それに私ね、再婚するの。それもかなり地位もお金もある人」


だから何だって言うんだ……!
お母さんの放った言葉に深いことを考えず聞き流そうとした。


「つまり、貴女を無理矢理・・・・ここから救い出せるって事」

「!!!」


その言葉で、お母さんが何を言いたいのかが分かった。
___金で私を買い取る気だ……!
私に対する執着の度に血の気が引いてく気がした。

お母さんが1歩近づく度に私の足が1歩後ろへと後退する。
そして___背中に何かが当たった。壁だ!
もう逃げ場がない……!


「さぁ、逃げ場はないわ」


こちらに手が伸びてくる。
金縛りにでもあったかのように身体が固まって動かない。


……ボーダーが大好きなのに。私、辞めさせられるんだ。
そして、一生お母さんこの人の人形になってしまうんだ。

諦めて目を閉じ、その瞬間が来るのを待った。___その時だった。


「それはできないよ」


どうしてここであの人の声が聞こえた?
そう思って目を開けると、お母さんの背後に嫌いな人……迅さんが立っていた。





2021/07/22


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