愛する君の声が聞こえた
「名前だ、本当に…名前だ……」
よく聞けばこの声は名前の声だ。……俺がよく聞いている名前の声で間違いない。
「お前が香薫だと言う事は信じる。でも確かにお前はブラックトリガーになった。……私も実際にこの目で見たんだから」
「……俺、ちゃんとブラックトリガーになれたんだ。良かった……っ」
涙は出ない。俺の身体はもうないから、涙を流すことはできない。
…当たり前だ。姿が変わり果ててこの世に存在する事が出来たとしても、俺は死んだ人間だ。その事実は変わらない。
「香薫。お前はどんなブラックトリガーなんだ」
不意にまさっちがそう尋ねた。
「名前に記憶がないというのなら、お前が覚えているはずだ。……あの黒い雷はお前が出していたんだろう?」
「……!」
覚えがある。はっきりと覚えている。
だってあれは、敵を殲滅しようと……ん?
「なんでまさっちがその事を知っているんだ?」
「知っているも何も、私達は名前がブラックトリガーを制御出来なかった“暴走”だと認識していたんだ」
「暴走?制御、って……?」
まさっちの言っている言葉に理解が追いつかない。
……まさか、あの日俺が敵だと思って攻撃したのは___
「まさか、俺は味方を殺そうと……!」
「覚えているんだな。そこ時の事を詳しく話してくれないか」
「……名前の声がして目が覚めた。視界はぼやけててはっきりと見えないし、聴覚もあんまり機能して無くて聞き取りづらくて……何か聞こえる程度にしか聞こえなかった。……そうだな、言い表すなら寝起きって言った方がいいのかな」
「聴覚と視覚がはっきりしていなかった、か」
「ああ。だから近付いてくる影を敵だと思った。だから思わず攻撃を……!」
「……そうか。話してくれてありがとう」
背中をポンポンと叩かれる。
でも俺は落ち着くことができなかった。
「なあ、俺が攻撃してしまったのは……人、なのか?」
まさっちは黙って頷いた。
どうしよう。俺、人を、味方を殺___
「大丈夫、お前は人を殺していない。あの人達は護身用トリガーを起動してトリオン体になっていた。だから怪我1つない」
「! そっか、良かった……」
事実を知り、ホッとする。
「あの時は幸いにもお前の攻撃は当たっていなかった。もし当たっていたとしても、救護班に持たせていたトリガーは試作品のものを持たせていたから大丈夫だったと思う」
「試作品?」
「ああ。トリオン体を破壊された場合、自動的に本体を帰投地点へと転送する仕組み…『緊急脱出』が作動していたはずだ」
「ベイル、アウト……?」
聞いた事のない単語だ。
首を傾げていると、まさっちが緊急脱出について詳しく教えてくれた。
「すごい……!その鬼怒田って人に会ってみたいなぁ」
「その日が来るといいんだがな」
緊急脱出。
もしこれが早くにあれば、鬼怒田さんという人に会えていたら……みんなも、俺も___
「流石に俺の事は隠す……のか?」
「……そうだな。この話を簡単に信じてくれる様な人は多くないだろう」
そうだよな。
俺は既に死んだ人だ。そんな人間である俺が妹の見た目で『俺、香薫っていいまーす☆』…なんて言っていれば明らかに怪しい人だ。拙い。
まさっちは気を使って多くないって言ってるけど、誰も信じてくれないよ!!まさっちは信じてくれているみたいだけど!
「さて、そろそろお前について教えてくれるか?」
「……それは、ブラックトリガーの性能って意味か?」
俺がそう尋ねると、まさっちは「ああ」と言って頷いた。
2021/02/25
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