私を待ってくれた人達



「! 名前さんっ」

「秀次! いらっしゃい」


2月2日
私の意識が戻ってから4日が経過した。

病室のドアが開いたと思い顔を上げると、そこに立っていたのは秀次だった。いつも整っている髪はボサボサで、目の下には隈が出来ていた。


「どうしたの、秀次。髪ボサボサだよ? 隈も酷い……」

「そんなことはどうでもいいです。……良かった……ッ」


ベッドの近くに設置されたままの丸椅子へ秀次は座ると、力が抜けたように項垂れた。私を見た時の秀次の顔は、普段の彼を知る人からすれば新鮮に感じるような表情だった。それだけ心配されてしまっていたのだろう。


「秀次」

「?」

「おいで」


私の呼びかけに首を傾げながらも秀次は椅子から立ち近くに移動してきた。ベッドの端に座るよう手をポンポンと叩くと、秀次は素直にそこへ座った。それを確認した私は、近くに置いていた櫛を手に持った。そしてそれで秀次の髪を梳かす。


「え、名前さん?」


やっぱり男の子の髪は短いから、櫛だけでは簡単に整ったりしないか……。でも気休めというか少しはマシになってほしい。
私の行動に秀次はあたふたしながらもされるがままでいる。


「……うん。少しは良くなったかな」

「……?」


ある程度梳かしたらいつも通りの秀次の髪型へ戻った。……うん、秀次はこっちのほうが秀次らしい。髪がサラサラだからね。髪を指で梳かすように触っていると、秀次の耳が赤いことに気づく。


「あ、ごめん。嫌だった?」

「いえ、その……大丈夫です」

「ほんと? 嫌なら嫌っていいんだよ?」

「嫌じゃありません」

「よかった。はい、鏡見て。ボサボサが直ったよ」

「ありがとう、ございます」


少しそっぽを向きながらも、秀次はこちらにお礼の言葉をくれた。別にお礼を言われるようなことしてないけどなぁ。やってることはただのお節介である。


「……こうして話すのはあの日以来、かな」


あの日……遊真君のブラックトリガーを巡って起きたボーダー内の争い。その争いに私は玉狛派として加勢。城戸さん派の部隊と敵対し、勝利した。
その日のことはよく覚えている。……秀次の驚いた顔を。

今まで敵視に近いものを向けていた秀次は、あの人の過去を知って何を思ったのだろうか。やはり、一人にするべきではなかっただろうか。


「あの後いろいろ考えました。ですが、やっぱり近界民ネイバーが敵であること以外考えられません」

「……そうだね」

「ですが、別の視点から考えることも必要だと言う事に気づきました」

「!」


秀次の姿を見たのは、あの日以来なので1ヶ月はとうに経過しているだろう。その間に秀次の中で何か変わったんだろう。


「……嫌いなものを少しでも受け入れようとする姿勢、羨ましいな」


私は嫌いなもの……あの女についてはいつまでも引きずるだろう。そして、いつまでも怖がり続けると思う。……そういう所、全然変われていない。


「そんなことありません。それに、名前さんも一緒ですよ」

「え?」

「嫌い、とまではいきませんが、できないことを努力で補って形にしようとする姿、尊敬します」

「……あ、ありがとう」


自分ではそう思ってなかったけど、周りからはそのように見えてるのか。というより秀次がナチュラルに褒めてくるから照れる。


「俺、名前さんが戦闘した近界民ネイバーと交戦しました」

「そうなの?」

「はい。ワープと動物の弾を使ってくるブラックトリガー使いです」


ワープのトリガー使いは覚えている。というより、ブラックトリガーだったんだ……。動物の弾のブラックトリガーは知らないな……兄さんが相手した近界民ネイバーなのかな。


「大丈夫だった?」

「問題ありません。大打撃を食らわせたので」

「す、すごい!」

「……とは言っても、風刃のお陰であるところもありますが」

「え、風刃!?」


突然出てきた風刃というワードに大声を出してしまう。……あ、若干チクって痛みが走った。


「はい。あの人の指示というより、予知で……って感じですが。でも、返上しました」

「どうして?」

「風刃の性能は確かにすごいです。ですが、一人で扱うより状況に合わせて使い手を分けた方がいいと思いました。普通のブラックトリガーと違い、多くの適合者がいる風刃だからこそ」


どういう経緯で風刃を使う事になったのかは教えて貰えなかったけど、秀次はS級隊員になったわけではないようだ。それに、使った本人だからそのような意見が出たに違いない。S級が増えなかったことにちょっと残念さがあるけれど、秀次の提案はいいものだと思う。

そもそも秀次は部隊に所属している。というより、その部隊の隊長だ。そしてA級である。秀次をS級隊員にしてしまったら今の隊は解散になるかもしれない。A級を解散させるなんてリスクが高すぎるもの。


「……あの、いつ退院するか決まってますか」

「そうそう。さっき正式に決まったんだけど、5日に退院するよ」


今日の検査で予定だった退院日が確定になった。普通の生活に関して問題ないだろうと判断されたからである。


「よかった……。無理はしないで下さいね」

「その言葉はそっくりそのまま返そうかな」

「……」


自覚があるのか、秀次はプイッとそっぽを向いた。まあ、こうして私に会いに来るくらいだから、時間ができてるんだろう。


「……名前さんがいなくなるんじゃって考えたら」


秀次の顔が歪む。その表情は悲しさを表していた。その表情に私はある可能性が浮かんだ。……というより、恐らく合ってる。


「……お姉さんと重ねたでしょ」

「!!」


やっぱり。
秀次はボーダー本部基地が創設される前に起きた侵攻で、お姉さんを亡くしている。こうして秀次と関わっている以上、彼に私は身近な人として認識されている……と思いたい。
その対象である人がいなくなったら……秀次は当時の事を思い出してしまうだろう。


「もう……。今回は油断してこんなことになっちゃったけど、次はこんな風にはならないよ。一度体験した事は次起こさないようにしないといけないからね」


ノーマルトリガーであれば、緊急脱出ベイルアウトがあるから今回のようなヘマをしたとしても死ぬ事はない。ブラックトリガーは……ちょっと一旦置いておこう。

でも、私は死ぬわけにはいかない。……兄さんを置いて逝くことはできない。そして、あの人も。


「……俺、入隊したころより強くなりました」

「うん。秀次の強さはよく分かってるよ」

「だから、名前さんを守れます」

「……うん?」

「もしブラックトリガーを使って、今回のようなことが起きたら……俺を頼って下さい」


秀次は今回の事をかなり気にしているらしい。そもそもこんな大規模な侵攻なんて頻繁に起きない……と言いたいけど、分からないのが現状。


「ありがとう、秀次。でも、そんなにブラックトリガーは使わないだろうから、私より他のことに専念して欲しいな」

「……でも、また今回のように名前さんが怪我したら……」

「しない、しないから!?」


薄らと涙を溜めた秀次を落ち着かせようと頑張ったけど……ダメだった。この後、忍田さんが来るまで秀次をなだめていた。その光景を見た忍田さんは苦笑いを浮べていたらしい……。





2022/5/9


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