泡沫の夢に溺れて
side.緋色
「もう少し先を歩こう」
そう言った兄さんの手に引かれ歩く事数分。
草原が広がっていた場所から一変し、人工的に作られたような場所に着いた。視線の先は石畳が続いており、果てが見えない。永遠とこの道が続いているんじゃないかって錯覚しそうになる。
「兄さん……?」
ふと兄さんが歩みを止めた。そして、後ろを歩く私を振り返った。
「ここから先へ行けばお前は目を覚ます」
「え?」
「とっくに気づいてるだろ。ここが現実世界ではないことが」
兄さんの言葉に私は黙り込む。でもそれは肯定に取られるわけで。
その通りだ。分かっていた。流石にこんな世界を現実だと思い込む年齢ではない。でも、現実であって欲しかったんだ。……兄さんがいる、この場所が。
「この先を歩けば、現実世界で眠っているお前は目を覚ます。このヘンテコな世界から脱出できる」
「……兄さんは?」
「え?」
「兄さんは一緒に来てくれないの?」
それは自然と零れた言葉だった。
ここまで一緒に来てくれたのに、どうしてこの先は一緒に来てくれないのかと。
「……俺はこの先には行けない」
「どうして?」
「ここはお前の意識が深い場所。俺が此処にいるのは、あの時お前が俺を呼んだからだ」
兄さんを呼んだ、というのはあの時……ノーマルトリガーが手元になくて、ブラックトリガーしか使えなかった時のことを言ってるのかな。
「こうして俺と会えているのは、お前がまだ生きている証拠でもあるんだよ」
こうして兄さんと対面することができているのは夢だからなのかもしれない。それでも奇跡だって思うんだ。
「また同じような事があればいつでも俺を呼んでくれ。……必ず守りきるからよ」
「……うん」
「でも、ここに来るのは勘弁な」
「どうして?」
「ここに来るってことは、お前生死をさまよってるってことだからな。兄ちゃん、肝が冷えるぞ……」
冷える肝ないけど……とボソッと言った兄さんの言葉にクスッと笑う。本当は笑うような所じゃないんだろうけど、きっと今兄さんは私を笑わせようとしてそう言ったんだと思ったんだ。
目を開けて兄さんを見上げると、笑顔が視界に入った。私の考えていた事は正解だったみたい。
「さ、お別れだ。お前を待っている人が沢山いる」
兄さんが私を抱きしめる。それに答えるように私もその背中に腕を回した。
「!」
……数分経って兄さんが離れる。だけど、私はそれを拒むように自分から抱きついた。離れていく温もりが、大好きな匂いが嫌で。
「嫌だ……行きたくない。ずっとここにいたい……っ!」
「名前……」
困ったような声が上から聞こえる。
分かってる。これは私のわがままだ。だけど、やっぱりダメなんだ。大好きな人が目の前にいる。何年も空いた空白を埋めたいって脳が訴えているんだ。
「……お前が言ったんじゃないか。俺はずっと側にいるって」
「でも、こうして話す事ができないのは……寂しいよ……!!」
私が悪い。兄さんが悪い。この話はもう完結したからもう気にしていない。だけど、兄さんと前のように話せないのはいつも感じていたことなんだ。
ブラックトリガーを起動する度に聞こえていた兄さんの声。それが今、長く、多く、沢山聞いていられる。
くだらない話でいい。何でもいい。一緒にいられることだけで心が満たされていく。だけど、それが永遠じゃないのが嫌で。
「……」
兄さんの手が私の背中に回る。また温もりを感じる。心が安心する。そう思うのに、満足感がない。
「そんなことを言ったら……離したくなくなるだろ……っ」
そう言っていた兄さんの声は私の耳に届くことなく、風がながしていった。
2022/5/6
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