未来視通す者にも選択肢を

side.迅悠一




「着いたよ、香薫さん」

「ごくろーさん、悠一。お陰で何とか持ちこたえられたよ」


目の前にはボーダーの隠し通路入り口がある。
こちらは警戒区域外にある秘密経路と違い、トリガーによる認証は必要ない。まあ、設置されている場所が警戒区域内にあることと、一般市民が絶対にたどり付けない位置に設けられているからだと思う。

おれは隠し通路へ入り、長い廊下を走る。
しばらくすると、医療班が視界に入った。向こうはおれに気づくと声を掛けてきた。


「お待ちしていました!」

「事情は本部長から聞いています!」


この人達は忍田さんが配置させ医療班で間違いないようだ。
さて、医療班とはいえ香薫さんについては話していないだろうから……。


『香薫さん。事情はおれから説明するよ』

『おう、助かる』


内部通信で香薫さんに名前ちゃんの状態は自分から説明すると伝えた。まあ忍田さんからある程度聞いているはずだから分かっているとは思うけど。


「苗字隊員は危険な状態です。治療室まではトリオン体で移動させてください」

「了解です」

「名前ちゃん」


おれが名前ちゃんこと香薫さんに声をかけると、向こうはこくりと小さく頷いた。
どうやら香薫さんは名前ちゃんの演技に徹しているらしい。流石兄、名前ちゃんのものまねが上手い。名前ちゃんの姿の場合、香薫さんか否か見分ける違いを知らなかったら、間違いなくおれは名前ちゃんだって言うと思う。……いまだに間違えているのが現状だけど。


『悠一』

『……何?』


ベッドへ横たえさせていると、香薫さんが話しかけてきた。
何だろうと思いつつ、香薫さんの言葉を待つ。


『……俺さ、いつも名前を悲しませてばっかりで、あんまり良い思いをさせてやれなかった。肝心な時にいつも守れなくてさ、彼奴を酷い目に遭わせてばかりだ』


きっと香薫さんは自分の所為で名前ちゃんが狙われたと思っているんだろう。確か香薫さんと交戦したという動物の弾を繰り出すブラックトリガーを使う近界民ネイバーが、ブラックトリガーを扱う実力と能力を評価していたと言っていた。


『そんなことないよ。……名前ちゃんは香薫さんに感謝してるよ。だからあんなにも香薫さんのことが大好きなんじゃない』

『そうだといいな。……あのな、悠一』

『うん?』

『俺、今日初めてまさっちに反抗したんだ』


香薫さんの言葉におれは目を見開いた。
だって香薫さんは忍田さんの事を信頼してて、喧嘩しているところなんて一度も見た事なかったから。


『でも、お陰で学んだことがある』

『学んだこと?』

『そ。……俺がこうしてブラックトリガーになって、自我が残っていたのは……新たな力を持って生まれ変わったからって思ったんだ。この力で名前を守る為に……大切な人を守る為に生まれ変わったんだって』

『生まれ、変わる……』

『だってさ、ブラックトリガーになって死んだはずなのに、今の俺生きてるみたいな感じじゃんか。だから生まれ変わったって表現したんだ』


名前ちゃんの顔を見たら、碧色の瞳と視線が合った。
その表情ははかなげに微笑んでいて、今にも消えてしまいそうに感じだ。だけど、その表情は嬉しそうにも見えたんだ。



『なぁ、俺___今度は守れたかな』



どこか泣いているような震えた声が聞こえた。
……そんなこと、聞くまでもないよ。


『香薫さんはいつも名前ちゃんを守ってるよ。羨ましいくらいに』

『……そっか』


名前ちゃんの身体から手を離す。
それと同時に、名前ちゃんの手がおれの顔に触れた。



「……ありがとう」


その声は、先程まで会話していた香薫さんの声と違い、おれが知っている名前ちゃんの声で告げられた。
それは香薫さんの言葉なのか、名前ちゃんの言葉なのか。閉じられた瞳は今、何色なんだろうか。

それが分かる前にゆっくりとおれの顔から手が離れていく。
それを合図に医療班が名前ちゃんを連れて廊下を走っていった。

おれは運ばれていく名前ちゃんの姿が見えなくなるまでずっとその場に佇んだ。



「……おれ、考えてみるよ」



香薫さんに言われたことについて。……名前ちゃんについて。



未来視通す者にも選択肢を END





2022/4/24


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