大規模侵攻・後編
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三門市上空を覆う厚い雲が晴れ、茜色の夕日が姿を現した。それと同時に三門市中にアラートが鳴り響く。
そのアラートは戦争……攻めてきた近界民が撤退した事を意味していた。
現在、被害報告や隊員の生存確認、残ったトリオン兵の討伐が行われていた。
「……苗字隊員はどうなっている」
「……15分前まで反応がありました。ですが、その位置はあの時苗字隊員から通信が入った場所から変わっていません」
城戸の問いに沢村が答えた。
A級、B級、C級隊員の生存確認が行われる中、名前の生存確認も行われていた。しかし、彼女がいたと思われる場所は、他の隊員が近くにいないため誰も状況を把握できていなかった。
「それに、今反応がないということは……」
「……考えたくはないが、殺されたか捕まったかの二択が妥当だな」
沢村が詰まらせた言葉の続きを鬼怒田が口にした。彼の発言はこの状況では最も考えられる状況だった。
「それだと、あのブラックトリガーの反応はどうなるんですか? トリオン体に換装しているのだとすれば、生きている可能性も捕まっていない可能性もありえますよ。香薫という少年はそれは相当な実力の持ち主なのですから」
「……香薫の実力は本物だ。しかし、私がいなかった間に他の近界民が各地に現れたと報告を貰っている。あの時名前が言っていた”黒い角”が本当なら、香薫はブラックトリガー使いと戦っている」
根付の問いに忍田が答えた。
忍田は名前のブラックトリガー……香薫について全て一任されている。そのため、この場にいる誰よりも名前のブラックトリガーについて詳しかった。
「名前が二度ブラックトリガーを起動したと言う事は、香薫は名前に残ったトリオンで動いていたはず。ブラックトリガー使いと戦うとなればその状態の香薫では勝てない」
「どうしてです?」
「単純な話だ。相手は万全な状態で且つ、自らの能力を明かしていない。しかし香薫の場合、トリオン兵を倒す姿を見られていたはず。であれば、手数を知られていて、そして残り少ないトリオンの中戦うことになる。トリガーを使うとなればトリオンは必須……いくら実力があろうとも、デメリットを抱えながら戦って無傷である可能性は低い」
忍田の回答は最もだった。
いくら強いと呼ばれた少年でも、本来の力を発揮出来ない状態であれば不利であるのは間違いないわけで。
忍田自身もそんな事を考えたくなかった。自分が認めていた少年の負ける姿を。
名前に関する話が作戦室で繰り広げられている中、とある通信が入った。
『城戸さん、敵戦力の追加はもうないよ。東部と南部には救護班を向かわせても大丈夫だ』
玉狛支部所属のA級隊員、迅悠一だ。
副作用で今後の状況を把握し、本部に連絡をいれたようだ。
「……迅。この結果はお前の予知の中ではどの辺りの出来だ?」
『最高から最高から2、3番目くらいでしょう。A級B級が捕まるパターンも、民間人が死にまくるパターンもあった。……皆、本当良くやったよ』
「なるほど、分かった。ご苦労」
城戸は迅との会話を終わらせると席を立ち、作戦室を後にした。
彼が退出した後も、迅は本部との通信を繋げていた。
『忍田さん。……視えたんだけど、名前ちゃんは』
「……行方が分かっていない状況だ。分かっているのは、最後に位置を確認した場所と、ブラックトリガーを起動した事だけだ」
『! ……ブラックトリガーを。と言う事は、今香薫さんなのか』
ボーダー隊員の中で名前のブラックトリガーの秘密を知るのは、迅のみだ。風間隊に見つかるという事故があったが、そちらは除く。
「ああ。香薫の姿の可能性があるから、下手に他の隊員に指示が出せず後回しになっていた。……そうだ、迅」
『うん?』
「香薫の存在を知っている君に頼みたい。……名前を、香薫を探してくれないか」
『勿論だよ。……おれにやらせて』
忍田の依頼に迅は迷わず頷いた。
迅は忍田に頼まれなかったら自分にさせてほしいと頼むつもりでいた。
「ありがとう、助かるよ。……今からお前にある情報を送る。沢村くん、名前の情報を迅に」
「はい」
忍田の指示に沢村は迅の元へとある情報を送った。
その情報は名前が二度目にブラックトリガーを起動した位置と、最後に確認できた位置の情報だ。
『……ありがとう、忍田さん。必ず名前ちゃんを探して連れて帰る。すぐに医務室へ運べるように準備をお願い』
「了解だ。……頼むぞ、迅」
本部と迅の会話はそれを最後に終了し、通信が切断された。
大規模侵攻・後編 END
2022/4/23
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