大規模侵攻後編

side.碧色



「……チッ、不完全燃焼だ」


ゲートの奥に逃げた男と、そのゲートの奥に佇んでいた女。
きっと向こうは戦略を立てるのが上手い。俺が完全な状態の時に出てこなかったのが証拠だ。

完全な状態だったならばあの女も男も倒せた。これは強がりではない。それに、戦いは勝つことが一番であるのは間違いないが、その『勝つ』という内容は様々だ。敵を倒す事が必ずしも勝つことに繋がるわけではない。戦争というのはそういうものだ。


それに、俺が戦った相手について報告する事で、後に戦うであろう味方をサポートできる。戦いって言うのは情報戦でもある。

俺は先程の近界民ネイバーとの戦闘について報告すべく、右耳に付いている通信機を起動しようとした。



「___あ、れ?」



ない。
さっき起動した際にはあったはずの通信機が……ない。
二度目に起動した時はあったっけ。いや、そんなの気にする余裕がなかった。近界民ネイバーの女に対する殺意でいっぱいだったから、付いてなかったことに気がつかなかった。

……まさか、落とした?
くそ、どこで落としたんだ。近界民ネイバーに夢中で落としたことに気がつかなかった……!

それに、冷静に考えれば名前がこんな目に遭っているというのに、連絡が一切来ないのは可笑しい。向こうだって名前がまずい状態であるのは把握しているはず。


……名前を助ける事と、近界民ネイバーの女を殺す事で頭が凝り固まっていて、周りの事が見えてなかった。

俺の悪い所だ。
何かに夢中になると視野が狭くなる。
だからあの時、名前へ迫っていたトリオン兵に気づくのが遅くなって、トリオン体を犠牲にして……最終的には生身も失った。それしか名前を守る方法がなかった。



「……あー、考えるな。今はこの状況をどうするか考えねーと」



あの時敵は俺がまだ戦えると認識して引いたが、正直に言うと向こうが引いてくれなかったら俺はやられていた。
向こうに俺の迫真の演技……ではなかったけど、強気な態度がまだ戦えると捉えられたのだ。褒めよう、自分を。

これからは残ったトリオンを保ちつつ、基地に向かいたいけど……戦争で本拠地を叩かない敵は、まずいない。
だから、敵が集まっている可能性がある。今の状態で基地に向かうのはまずいか?


なら、落とした通信機を探すか?
俺の攻撃で破壊しまくったこの場所に落ちているとすれば、果てしない時間が掛かる。その間に向こうが追撃してこないとは言い切れない。

それに、ここで落とした確証もない。同じ場所にずっと留まるというのは戦場においてデメリットだ。本当なら生存報告したい所だけど、デメリットの方がでかい。向こうが完全に引いたとは思えないし、どこから俺を監視しているのかも分からねぇ。場所を移動するのが得策か。


「……まぁ、逃げるにしろこの足をどうにかしねーと」


あの鳥だか魚だかトカゲだが出してくる男のブラックトリガー、いいなぁ……。トリオン体を修復するなんてトリガー戦において反則だろ。

俺の周りにはキューブが散乱している。このキューブを吸収して回復していたって事は、このキューブはトリオンなのか?
そうでなきゃ、トリオン体が回復できたことに説明がつかねぇ。


「……そうだ」


俺にもできねーかな、トリオン体の修復。
なんせ俺は貯蔵したトリオンを使うブラックトリガー。生前の俺の姿を象ったトリオン体も、名前から貰ったトリオンで作った。技を繰り出す以外でも一応使える。なんたって変幻自在であるのが俺の特色だからな。自分の思い浮かべたことができる、それが俺というブラックトリガーだ。


「……物は試しだ」


やったことがないから、上手くいくとは思っていない。だから完全回復は望まねぇ。移動できる状態まで回復できればそれでいい。

俺は貯蔵されているトリオンを右足に集中させる。
イメージは、俺の姿のトリオン体を作った時と同じように、名前の身体を思い描いて……


「……!」


ぐにゃぐにゃになった右足に稲妻が走る。
しばらくすると、元通りとは言えないが右足が回復した。その場で動かして見ると、少しぎこちないが動くことは確認できた。

その調子で左足の修復も試みる。右足の時と同じ感覚で行うと、左足も回復することができた。


座り込んでいた身体を起こし、しばらく立ってみる。……うん、特にふらつきはないな。なら今度は歩いてみるか。……やっぱり少し違和感あるけど、問題はなさそうだ。

しかし、トリオン体を回復させるって方法を敵からヒントを貰うなんて嫌な話だな。でも、敵から学ぶ事もあるのが現実なんだよなぁ。現に今そうだったし。


「……本部に行かねーなら、どこかに身を隠すしかないな。敵の目から隠れたいし」


そう話を纏めるなら、誰かに俺を見つけて貰う必要がある。
……だが、俺の周辺に味方がいる可能性は限りなく0に近い。何故なら俺が初めに起動した際、沢村さんが他の隊員がいない場所を指示してくれていたからだ。なので、俺の周りに他の隊員がいる可能性は低い。

……くそ、ここで俺という存在が枷になるなんて。ごめんな、名前。どこまでも面倒な兄ちゃんで。
それでも、お前の命を繋ぎ止める事だけは必ず果たしてみせる。


そのためには俺だけではなく、もう1人の力が必要だ。俺……名前を見つけてくれる存在が。
……お前なら気づいてるだろ、名前の危機を。



『香薫さん』



俺の脳裏に浮かんだのは、見慣れた青年。
今では印象が変わってしまったけど、それはきっと今までの自分を隠す為。本来の彼奴は割と臆病で、責任感が強い。それは自分に未来を視る力があるから。その力の貴重さを理解した頃にはあんな感じになってたな。
……名前が彼奴に苦手意識を抱き始めたのもそれくらいの時期じゃなかったかな。

そんな彼奴でも変わってないなと思う事が1つだけある。
それは名前に対する感情だ。初めて会った時からそれだけずっと変わらない。……けど、いつまで経っても想いを告げないのはじれったいよなぁ。


ま、それは来た時に言えば良い。
だってお前は、名前の事には敏感だもんな。俺の存在が邪魔しているとはいえ、きっとお前の副作用サイドエフェクトが教えてくれているはずだ。

名前は今すぐにでも治療を施さないと命を落とす可能性が高い。俺に残されたトリオンは、新型を1体相手にしたら状況が悪くなるってくらいの量かな。さっきトリオン体を修復した際に割と持ってかれた。他人事の様に言ったけど、それをやると言ったのも、修復をしたのも俺なんだよなぁ……。


「お前が来るまで耐えてみせる」


以前、彼奴には俺の性能を全て話した。今でも彼奴が俺の能力を覚えていることに賭ける。

俺ができる事を精一杯果たしてみせる。
必ず名前を守り切ってみせる……だから。



「___早く迎えに来てくれよ、王子様悠一



戦場で大切な存在を優先することは許されない。だからこっちを優先的にとは言わない。だから、お前のやるべきことを全て終わらせた後に迎えに来てくれよ。
それまで俺、頑張るからさ。

俺は自分がその場にいたという”証拠”を散らしながら場所を移動した。



___間もなく、戦いが終焉を迎える





2022/4/23


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