兄さんの秘密



あの後公平も加わって模擬戦を行った。
残念ながら緑川君は気分じゃない、と言って帰ってしまったけれど。


「もうこんな時間かー」

「名前さんとの模擬戦は時間が溶ける溶ける」

「それ、褒め言葉?」


時刻はいつの間にか夕方。
ずっとブース内にいたから時間の流れが分からない。時計を見る事でようやく時刻が夕方であることに気づいた。


「あ、そういやおれ今日防衛任務だった……」

「ありゃ。じゃあ公平はここまでだね」

「ちぇー。もっとやりたかったなぁ」


駄々をこねている公平だが、向こうの予定がないときはほぼ模擬戦をしているから、そこまで悔やまれるようなことではないと思う。
基本ボーダーにいるから、公平が誘ってくれればいつでも相手するのにね。

名残惜しそうにこちらに手を振る公平を米屋君と共に見送る。


「じゃあ私達はどうしよっか。続きやる?」

「良いんすか!?」

「うん。じゃあ何回やる?」

「それはもう10本っしょ!」

「やっぱりか。じゃあやろっか」


再びブースへ向かうため米屋君と分れようとした時だ。


「やーっぱりここにいた。おーい、名前ちゃーん」


後ろから私を呼ぶ声。
後ろを振り返れば、ぼんち揚げを持った迅さんがこちらに向かって歩いていた。


「そうだった。迅さんに予約されてたんだった」

「米屋君、言い方」

「ごめんなー。どうしても外せないんだ。悪いな」

「ちぇー」


ちょっと残念そうな米屋君だが、迅さんの方が先だったのを知っていたからか納得してくれた。


「デートッスか?」

「だったら嬉しいんだけど、違うんだな〜」


デートという単語にビクッと反応してしまったが、2人ともこちらを見てなかったのでバレてないだろう。
冷静になれ、デートじゃないって言ってるんだからまともな用事だと思う。


「そんじゃ、行こっか名前ちゃん」

「はい。またやろうね、模擬戦」

「次はもっと勝ちます!」

「楽しみにしてるよ」


米屋君と別れて、私は迅さんの後ろを歩く。
……そう言えば。


「あの、三雲君達は?」

「先に帰ったよ。ボスの車で」

「林藤さんもいたんですね。何かの会議だったんですか?」

「まあその内忍田さんから聞くとは思うけど、先に教えとくよ」


迅さんが歩みを止めた。
それにつられるように私も足を止めた。


「近々、近界民ネイバーによる大規模侵攻が始まる」


迅さんから告げられた言葉に、先程までやっていた模擬戦の気分が抜け落ちた。
近界民ネイバーが絶対にここに来ない、なんて事はあり得ない。毎日のように現れる近界民ネイバーが証拠だ。

近界民ネイバー……トリオン兵がこちらに送られてきていると言う事は、ここを狙っている国がいるって事。
そして、侵攻の為の準備を行っているという事でもある。


「……4年半ぶりですかね」

「そうだね」


4年半。
それはボーダーが世間に知れ渡った日でもあり……兄さんがブラックトリガーになってしまった日でもある。
私にとってはある意味節目かもしれない。

昔の私からどれだけ強くなれたか。
S級隊員という周りとは違う立ち位置の自分が、その名に相応しい強さになっているか知るチャンスな気がする。


「……戦える?」

「舐めないでくれませんか。……もうあの時の弱い私じゃありません」


今日のように沢山の人と模擬戦して、何度も勝利している。
こんな私でも、師匠として何人か指南している。
それって、昔の私より強くなっている証拠だと思うんだ。


「名前ちゃんは昔から強いよ」

「お世辞ならいりません」

「違うのになぁ」


迅さんには視えているだろうか。
大規模侵攻の時の私が。


「あの、大規模侵攻で私はどうなるんですか」

「うん?」

「視えているんでしょう?」

「……あぁ。そのことね」


ずっとこちらに背を向けていた迅さんがこちらを振り返る。
蒼色の瞳が私を捉えた。


「危険だと思ったらすぐに知らせること。それくらいかな」

「……そうですか」

「仮に人型近界民ネイバーが現れたとしても、名前ちゃんはトリオン兵処理に回されると思うよ」

「まあ兄さんの存在もありますし、あまり目立ったことはできないでしょうね」

「そう言う事。さ、行こっか」

「そう言えば今どこに向かってるんですか?」

「玉狛」


ブラックトリガーの力は強大だ。
だから前線で戦うより最後の砦よろしく、防衛に任されると思っている。

……でも、迅さんの言葉に違和感しか感じなかった。
だっていつもなら視えた未来の内容を割と詳しく話してくれるのに、今告げられた内容は曖昧だった。

大したことはない、って意味だったのかもしれないけど……何故か私はその部分が気になってしかたなかった。





2022/2/25


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